アーサー王伝説-Chronicle of Arthur

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映画「キング・アーサー」を楽しもう。


2004年 夏、アーサー王伝説を題材にした映画――「キング・アーサー」が公開された。
よくあるロマンティックなアーサー王伝説、ではなく、ある程度、歴史に忠実に描こうとしたことが斬新だったが、それにしては人物名が英語だったり後世の付けたし設定を採用してたり、まるきり新しく物語を作り直す、というには力不足が目だった。
また、そもそも「King」という名称からして当時のブリテン人は使ってない。(kingは英語。英語は、アーサー王の属するブリトン人の「敵」だったサクソン人の言葉)

タイトル負けの部分もあったのか、映画ファンからはイマイチの声も上がった。

ただし、アーサー王映画としてではなく、アーサー王が生きて「いた」とされる5世紀末から6世紀の、ブリテン島の歴史を描く映画としてみるならば大変面白い。あまり馴染みがない時代かもしれないが、映画を楽しむために少し解説を付け加えてみる。

アーサー王伝説についての詳細は、「アーサー王伝説とは?」のページをドウゾ。


●映画の時代に騎士はいない。

一般に想像される騎士(ナイト)とは、階級の高い裕福なものでしょうが、もともと騎士というのは、自警団や、その自警団にやとわれた傭兵でした。映画の中の時代、洗練された作法も宮廷も存在しません。
その、「戦い専門の人たち」が領地を自分で管理するようになり、権力を得て、騎士階級というものを形成していくのは、ローマ帝国が瓦解したあとの時代です。映画は、ローマが滅びようとしている時代の物語ですから、美しく、優雅で、高貴な立場の騎士は、あと500年くらいしないと登場しません。
ガテン系の戦闘職、それが映画の中に登場する「騎士」たちの正体です。


●ローマが東西に分裂した時代の物語

映画内でも少し語られていますが、映画の舞台となっている時代は、ローマ帝国が繁栄の過渡期を過ぎ、東西に分裂した後の時代
です。

冒頭で流れる年代は西暦415年。
その百年ほど前の319年、皇帝テオドシウスによって異教が全面的に禁止され、ローマはキリスト教国になっています。ローマの属州だったブリテン島も、つまりアーサーも、キリスト教化されていたはずです。

395年、テオドシウスの息子たちによって、ローマは東西に分裂。
東ローマは、ギリシア、エジプト南部(アレクサンドリア)、イェルサレムなどを含むオリエント世界で、分裂後も1000年ほど続きますが、イタリア、フランス、ポルトガル、スペインなどを含む西ローマは、分裂後、急速にその力を失い、476年には終焉を迎えます。
はっきりと語られてたかは覚えていませんが、主人公アーサーが属していたのは西ローマだったはずです。

●西ローマが撤退した理由

かつて西ローマだったドイツやフランスが、現在、ゲルマン系の人たちの住む国になっていることからも分かるように、分裂後の西は、ゲルマンの各氏族から攻撃を受け、土地を奪われていきます。

ちなみにもゲルマン人というのは多数の部族をまとめた呼称で、実際は単一の文化を持つまとまった人々ではありません。アーサーのいるブリテン島を侵略しようとしているサクソン人も、ローマの都に攻め込んだ西ゴート族も、その後やってくるヴァンダル人も、まとめて言えば「ゲルマン人」です。

映画の中で、ローマは、ランスロットの故郷を蹂躙し、その一族を配下に組み込んだと語られます。
実際ローマは、多数の民族や土地を次々と傘下におさめていった強大な国でした。ですが繁栄はいつまでも続くはずがなく、映画の時代には、弱体化し、新たな脅威(北方からやってきたゲルマン民族)にさらされるに至っています。

本国が危ないのだから、もはや、新たな領土を拡大している時ではありません。侵略しても利益の薄そうなブリテン島からも撤退して、戦力を本国に集結させざるを得ない、というのが映画の中の時代。
そして、アーサーは、このローマに雇われている傭兵部隊の頭という設定になっていて、ローマが撤退したあとも、ブリテン島に留まってブリトン人たちを守った…というのがストーリーの流れです。

●アーサーの「敵」とは?

後世のロマンス化されたアーーサ王伝説では、なんでだかアーサー王がローマと戦ってたりするのですが、まあそれは架空の物語だからしょうがないねということで。
5世紀末から6世紀ごろのブリテン島には、ローマ人とともに暮らしていたケルト人、いわゆるブリトン人の他に、「ピクト人」―映画内で「ウォード」と呼ばれている民や、アイルランドから移住していた人々、海を越えてやってきたゲルマン系の人々などがいて、ブリトン人の土地を脅かしていたとされます。

ピクトというのは、体を「ペイント」していることから呼ばれた名前で、一族の起源は不明。自ら称した名前でもありません。
映画評論雑誌などでは「ピクト人は現地民」と、まるでブリトン人は土着じゃないよみたいな書き方をされてましたが、どうなのよソレ。

ピクト人はケルト人ではなかったかもしれないし、もしかするとケルトの傍系だったのかもしれない。いつの段階からブリテン島に住むようになったかも分からないので、土着民という言い方はちょっとおかしかったりします。

現在ピクト人は「どこかへ」消えてしまっています。滅びたのか、ケルト系の人々と混じってしまったのかは謎。


映画内にはアイリッシュ・ケルトやアングル人は出てきませんが、サクソン人が出てきます。ブリトン人にとって、ピクト人はゲルマン系の人々より厄介だったようで、最初、ピクト人撃退のためにサクソン人を雇うんですね。で、最初は成功するのですが、結局サクソン人もブリトン人の土地がほしいので敵になってしまい、最終的にサクソン人とも戦う羽目になります。

現在のブリテン島の大半が、サクソン人の国になっていることからして分かるように、歴史的な勝者はサクソン人です。アーサーの属するブリトン人は、歴史からすれば敗者。ケルト系の人々は、スコットランドとウェールズ(それぞれ島の端っこ)においやられてしまっています。


●人物紹介
※映画の「設定」としての紹介です。他のアーサー王伝説および歴史的な視点からしたアーサー王伝説とは異なります。


アーサー(映画内でのローマ名/アルトーリウス)

"伝説の救世主"というのは、あくまで「ブリテン島に伝わる伝説の英雄」としてのアーサー。
映画の中のアーサーは救世主ではなく、「有名な英雄」というもの。既に現地では無敗の猛者として伝説になりつつあるが、スクリーンに登場するのは、まだ「伝説となる前の」アーサーである。

5世紀のブリテン島には、ローマの退役軍人やローマから帰化した人々が多く暮らしている。アーサーの父はそんなローマ人の一人。母は現地人の女性である。しかし、父は戦死。母は、ローマ人を憎む現地民の襲撃に巻き込まれ、殺されてしまう。

この映画の中で、アーサーの持つ剣「エクスカリバー」は、聖剣ではない。父の遺品として、父の墓に突き刺さっていたもので、幼いアーサーが母を救うために引き抜いたのだ。
マーリンによって語られる内容からするに、この剣はブリテンの島で、現地民の手によって作られたもののようだ。おそらく、アーサーの母から父へ渡されたものだろう。


ランスロット

ローマに併合された騎馬民族・サルマート人の若者。最強の騎士というのはマロリーの「アーサー王の死」での設定で、この映画では「アーサーの右腕、第一の親友」と言うのが正確なところ。
「オレと語らずに神と語るのか!」とか、「親友として言う、行かないでくれ!」とか、随所にちりばめられたアーサーらぶなセリフに胸がトキューン…Σはっ、違、そんな映画では(汗

グウィネヴィアに一目ぼれするが、親友アーサーがグウィネヴィアと通じ合っていることも分かっていて(なんせアーサーラヴですからねっ☆)、自分の気持ちに揺れ動く様がいじらしい…。

オープニングの旅立ちでは、10歳そこそこの少年。
お父さんか族長と思われる男性が、傭兵となるため旅立つ幼いランスロットの乗っている馬を指して、「死せる戦士の魂は馬となる、この馬はお前を守るだろう」と、いった内容のことを言ってますが、このセリフはエンディングで思い出すと、ちょっとホロリと来る。
ランスロットに始まりランスロットに終わる、それがこの映画のもうひとつの見所。


ボース

マロリー版ではけっこう大人しいイメージがあるけど、この映画のボースは冒頭からカッ飛ばした「好漢」。3人の妻と11人の子供がいる、という設定らしいが、登場する妻は一人だけ。あとの妻とは別れたのか(笑)
戦場で雄たけびを上げて暴れまわったり、僧侶を捕まえて「祈り方が悪いぞ」とバカにしたり、やりたい放題と思いきや、酒場で子供をあやすマイホームパパっぷりを見せ付ける。そして仲間思い。仲間のひとりダゴネットが敵の矢を受けて倒れたときに、「ダゴネットぉぉぉ!」とシャウトしながら突っ込んでいく様は、他の仲間もビビるほど。
喜怒哀楽に富んでいて、かなり愛くるしい方です。


トリスタン

鷹と語る孤高な男。冷徹無比なので仲間うちでの評判はよくないという設定らしいが、映画を一回観た限りでは、誰がトリスタンを嫌いなのかは、よく分からなかった…。
トリスタン・イズー物語では損な役まわりだし苦労症だしホレ薬に呪われちゃってる可愛そうな人ですが、映画の中ではクールな偵察役。と、いうよりも微妙に影が薄いかもしれない、寡黙キャラだし(笑
ローマとの契約から開放される日を夢見て戦い続けた彼が、空を舞う鷹を見て感じたものは、何だったのか。
最高潮の戦場で、トリスタンが見上げた先の青空の映像が…


ガウェイン

ライオンにしか見えません。ライオンヘアーです。(笑)
戦いダイスキ。言動からして、たぶん女もダイスキ。ボースとはかなり気が合いそう。
マイペースキャラで、自分の思うとおりに生きてる感じがする。エンディング後も、幸せに生きただろうことが予想される人物。
扱いがわりとぞんざい。過去とかないの? アーサーとのからみ少ないよ! 何故!


ガラハッド

マロリー版ではラーンスロットの息子になっていて、聖杯探求に出る高潔な人物ですが、そもそも聖杯探求の伝説がアーサー王伝説と合体する前の時代を映画化したものなので、映画のガラハッドは単にランスロットの同族という設定。
故郷に戻る日を夢見ているらしい…ですが、すんまへん、映画では影が薄くて、そこまで読み取れませんでした^^;
エンディングに、いたっけ…?


ダゴネット

マロリー版アーサーに出てくる…「はず」? の人物。確か道化師でしたっけ…。いたかどうか記憶に無いくらいマイナー人物…
敢えてこの人を出した理由は分からないが、映画の中でのインパクトは、ばっちり。
怪力の巨漢でありながら、弱いものをいつくしむ優しさに溢れている。助け出した少年・ルーカンを胸に抱いて眠っているシーンからは、戦場での雄雄しい戦いが想像できない。
無謀とも言うべき勇気で、仲間たちを窮地から救う。口でしゃべらないけど横顔で語るよー。かっこいいよー!


グウィネヴィア

ピクト人の女性。どっかの雑誌のレビューに「現地民の姫」と書かれていたような気がするが、彼女のピクト人の中での地位が高いか低いかは、映画の中には見えてこない。姫なんて階級は無さそうだしね。
異教徒のため、狂信的なローマ人のオッサンに捕まって改宗のための拷問を受けていたところをアーサーに助けられた。他の仲間が拷問のすえ殺されているのに、彼女とルーカンだけ何とか生きていたのは、オッサンの奥さん(わりと常識人)が、こっそり生かしていたかららしい。

アーサーは、グウィネヴィアの歌声に亡き母を思い出す。また、グウィネヴィアは、命の恩人であり、語らいのうちにその心を知ったアーサーにターゲット・ロックオン! 師匠が殺され、ローマがすでに自分の理想と懸け離れた国になりつつあると知って揺れ動くアーサーを、母の血であるブリテンの土着民に引き寄せていく。
…その意味では「運命の女性」だが、「王妃」とは言いがたい。


ルーカン

映画の中で、拷問を受けているところをアーサーに助け出される少年。グウィネヴィアの同族。
何の意味があるの? その後どうなるの? …実はルーカンとは、アーサーの忠実な「執事」として登場する人物なのだ。
伝説をなぞるなら、その後、成長したルーカンは、命の恩人であるアーサーに仕えることとなるだろう。


マーリン

闇の魔術師というのは、広く知れたマロリー版でのイメージであり、映画の中のマーリンは冷静沈着な長老策士。
ピクト人たちの指揮者であり、おそらく族長のような立場である。
まとまりに欠け、戦略など知らない現地の戦士たちを一つに束ね、自分たちの土地を奪おうとするローマ人、サクソン人に対向しようとしているが、彼は老いすぎ、人々を従える魅力に欠いている。そこで、若く、強く、名も知れ渡る人物…アーサーに近づき、彼に流れる自分たちの同族の血を思い出すよう促すのだ。

ちなみに、映画の中で彼は魔法はまったく使ってません。
パンフレットには、アーサーがグウィネヴィアに誘い出されるシーンがマーリンの魔術で作り出された幻影と書かれてるんですが、アーサーが自分で見た幻影だというほうが、よっぽど説得力あります。そのシーンがマーリンの力だったとしても、それ以外のシーンでは一切、魔法的なことは無いですからねぇ…。

もしもマーリンが歴史的に実在した人物だったとしたら、現地民の信頼を集めるシャーマンだったという説がいちばん、しっくり来る。ということで、この映画はそういう設定になってるみたいです。

ちなみに映画のエンディングで、アーサーとグウィネヴィアの婚礼がストーンサークル内で行われているシーンがあるのですが、これは最後の最後にやらかしてしまったシーンです…。

ストーンヘンジのような石のサークルは、葬礼と関係しているもので、円は命の循環を表すと考えられてます。婚礼の儀式に使ったとは思えない。それに巨石建造物を作ったのは、ブリトン人でもピクト人でもないのですよ。ミレシアの息子たちに追いやられたトゥアハ・デ・ダナーン、今は地下世界に住み妖精となってしまった女神ダナの息子たち―― つまりケルト人が大陸から移住してくる以前にブリテン島に住んでいた先住民の作ったものなんです。

ケルトっぽいし映像的にカッコいいから出しちゃったのかもしれないけど、ちょっと、なあ。



日本語版・公式サイト〜主にツッコミ用。重いです。
英語版・公式サイト〜日本語版よりまともな紹介してますが、やっぱし重い。



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