goði (複数形 goðar)
hfðgi または fyrirmað とも。地域の有力者のことで、「ゴジ」というカタカナ表記で定着している。
アルシング体制下で定数の決められた指導者で、最初は島が東西南北に分割され、それぞれ3つの地区に分けられた上で、各地区に3名ずつおかれた。965年の改正では人口の多い北区が3分割から4分割に変更されたため全体で13地区となり39名。1004年の第五法廷導入で48名まで増えた。
「ゴジ」の名はguð(英語のgodに相当)に由来し、元々は司祭という意味である。古い時代のサガでは、首領が神殿を持ち、供養を行っていたという描写がある。神託や、神への豊穣・勝利祈願が社会の重要事項だつた時代も存在したはずで、この宗教上の集まり、結束が集会(シング)の原型であると言われている。
アイスランドはノルウェーからの移民が住み着いた場所のため、ゴジ制自体は彼らの故郷ノルウェーから持ちこまれたのである。
しかし100%移民の国ということで、土地との結びつきはゆるやかであり、その権力はいかに多数のシングメンを抱えるかに依存した。そのため、時代が進むにつれ勢力の小さな首領は次第に消え、一人で複数の首領権を持つ者が現れ始めた。他の地区の首領を実質的な配下に置いた「大首領」が存在する時代もあった。
アイスランド全土を長期間支配するには至らなかったが、最終的に、強大な権力を持つ首領同士の争いがもとでアイスランドの共和制は終焉を迎え、ノルウェーの傘下に下ることになる。
参考:「サガ選集」東海大学出版会
「サガとエッダの世界」教養文庫
「アイスランド・サガ 血讐の記号論」東海大学出版会