中世騎士文学/エーレク―Êrec

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エーレク<Êrec>


ir ander wort was wê owê. daz hâr si vaste ûz brach,
an ir lîbe sî sich rach nâch wîplîchem site: wan hie rechent sî sich mite.

口を開けば嗚呼と言い、悲しいと言うことのみ。
己が髪を掴みて引きむしり、我が身に罰を加うる、これが女の慣わしなり。(5758-5761)


「エーレク」は、ハルトマンの、叙事詩としては最初の作品で、クレチアン・ド・トロワの同名の詩を元にして書かれた、夫婦愛と騎士の名誉との矛盾をテーマにした作品だ。
主人公エーレクはラック王(「アーサー王の死」によれば、最初アーサーに抵抗する11人の王の一人)の息子。
なお、この作品は冒頭と第4629行の後に欠落があるため、欠損部分は元になったクレティアンの作品等から推測してあらすじを付け足してある。


+ あらすじ+

主人公である若きエーレクは、アルトゥース王の開催した「白鹿を射止めた者は、好きな乙女を選んで接吻していいよ」という、ちょっとセクハラっぽいイベントに参加しようと、アルトゥースの奥方とともに森へ向かう。
しかし森の中で出会ったのは、このアルトゥースのイベントとは別のイベントに向かうらしい、武装を整えた見知らぬ騎士と、美しい貴婦人。あれは一体誰? 知りたく思った王妃は、侍女をつかわし騎士の名を伺わせようとするが、騎士の従者である小人にムチで打たれ、逃げ帰ってきてしまう。
目の前で侍女が打たれたことに腹をたてたエーレクが騎士に抗議に向かうが、狩りのために武装など整えずに来ていたため、無礼な小人にムチでひどく打たれ、近づくことが出来ない。王妃たちの目の前でぶざまな醜態をさらしてしまったことを恥じ、また誇りを傷つけられたエーレクは、「必ずあの騎士の身元をつきとめ、復讐せずにはいられない。神のお恵みがあれば三日のうちに戻ることが出来るでしょう」と言い残し、王妃の反対を振り切って去っていく。

さて、騎士の跡を追ったエーレクがたどり着いたのは、イーマーイーン公が宴催す町。そこでは毎年、ハイタカ(高貴な乙女の象徴である鳥)をかけた騎士たちの決闘が行われ、勝者となった騎士が、つれの貴婦人にハイタカを捧げるというイベントが行われていた。さきほどの騎士も、そのイベントに参加するつもりで恋人とともにやって来たらしい。
しかしエーレクには武装が無い。武器も防具もなしでは、試合に参加出来ない。(というか、そもそもカップルイベントなので恋人がいない参加できないような^^;)

途方に暮れるエーレクは、一夜の宿を求めて町はずれの古びた屋敷に入り込む。しかしそこは、無人ではない。コラルス老人と、その妻であるイーマーイーン公の姉君・カルスィネフィーテ、美しい娘エーニーテが住んでいる。わけあって貧しい暮らしに貶められた、高貴な人々だ。
彼らの暖かなもてなしを受け、また老人が大切に保管していた、騎士の誇りとも呼べる武器防具を借り受けて、エーレクは騎士との果し合いへ望まんとする。

エーレクは年若く、騎士としての経験は浅い。これが初陣に近かったが、エーニーテの愛と、かつて自分の受けた屈辱への怒りによって、強豪イーデルス(それが彼をムチ打った小人の主人の名前)を打ち破り、見事ハイタカを手に入れる。
かくて彼はエーニーテとハイタカを手にアルトゥースの宮廷へ戻り、幸せな結婚をするのであった。

(ちなみにアルトゥース主催のイベントのほうは、アルトゥース自身が白鹿を仕留めてしまっていたという。
連れ帰ったばかりの美女エーニーテは、「いちばん美人だから余に接吻させろ」と、衆人の前でアルトゥースにチューされる。
…王様、ちょっとエロオヤジ入ってます。)

結婚後、エーレクは父のもとへ帰り、デストレガーレスの国を継ぐ。
だが、エーレクは美しい妻との愛欲におぼれ、国を統治することを忘れた。騎士としての誇りを忘れ、昼間からだらだらと、妻のもとで軟弱バカップルのように振舞う人になってしまうのである。国を治めることを忘れた為政者に悪い噂が立つのは当たり前のこと、妻エーニーテは密かに胸を悩ますこととなった。

ある時エーニーテは、夫エーレクが眠っているものと思い、衆人の噂を口にしてしまう。「私のせいで夫の名誉が傷つけられるとは…」と。しかしエーレクは目覚めていた。 
妻のせいで自分が貶められた=妻が浮気しているのだと勝手に憤った彼は、即座に旅支度を整えると、馬を引き立て、エーニーテに厳しく言いつける。彼女は常に自分の前をゆき、決して振り返って自分に話しかけてはならない、話しかければ殺すとまで。なんとも不条理な言い分だ。
(ちなみに、「パルチヴァール」では、エシューテ夫人が夫オリルスに同様の仕打ちをうけているシーンがあるが、こちらではエシューテがエーレクの妹となっているところに、繋がりが見られる。)
旅の途中、二人は何度も危険な目に合う。殺すと脅されているにもかかわらず、妻エーニーテは自らを省みず夫に警告し、苦難を逃れさせる。しかしエーレクは、命を救われるそのたびに、妻をキツくなじるのであった。

さて旅は続く。
途中、立ち寄った城下町にて、美しいエーニーテは城主に見初められる。是非とも彼女を我が物に、と、邪な思いに取り付かれる城主。そっとエーニーテに近づき、我がものとなれ、さもなくば力づくで奪うと迫る。
城主にはたくさんの部下がいる。夫一人では太刀打ち出来ないと恐れたエーニーテは、とっさの機転で嘘をつく。それは、自分は力づくで奪われ辱めを受ける身ゆえ、本当は夫を愛していないのだ、というもの。もし自分を手に入れたいなら夜中に急襲するがよい、というのだ。
これを聞き喜んだ城主は、その場は何もせず引き上げてゆく。しかしエーニーテの心は、言葉とは裏腹に夫に向けられている。城主が去るや、エーニーテはすぐさまエーレクに、夜中までに逃げ出すべしと忠告する。

無事に逃げおおせたのち、エーレクは、見知らぬ騎士からの挑戦を受けた。この騎士は実はアイルランド王ギフレイスで、今までに一度も負けたことのない男である。
戦いは激しく、エーレクはひどい傷を負って倒れる。エーニーテは「私が代わって差し上げたら」と叫ぶが、エーレクは「そなたがわしに代わって死ねば、わしは命以上のものを失うであろう」と返す。だったらもっと素直になれよとツッコみたいところだが、なおもエーレクは意地を張って、エーニーテに冷たく接し続けるのであった。

傷を負ったまま、二人はさらに旅を続ける。
あるときエーレクたちは、アルトゥース王の一行と出会う。武装しているエーレクが誰なのか分からないケイイーン(ケイ卿のこと)は、エーレクに襲い掛かって返り討ちに遭う。しかし馬を奪われそうになったケイイーンは、「その馬はヴァルヴァーンに借りたものなので持ってかないで〜」と、言い出す。(※ヴァルヴァーンとは、ガウェインの異名。この物語で、ガウェインはガーヴェインとヴァルヴァーンの名で呼ばれる)

エーレクは名を名乗らずに立ち去るが、ケイイーンの報告を聞いた人々は、すぐにエーレクだろうと気づいた。さっそくガーヴェインはエーレクを迎えに発つ。(ガーヴェインはかつて宮廷試合の際、結婚直後のエーレクとともに陣を構え、戦ったこともある仲だ。)
しかし今のエーレクは、目的の無い旅路を急ぐ身。ガーヴェインの言葉にも耳を貸さず、立ち去ろうとする。

なんとかエーレクを引き止めたいガーヴェインは一計を案じ、隠れているケイイーンにそっと耳打ちをする。アルトゥース王の天幕を、これからエーレクが向かおうとしている場所に展開させよ、と。
準備が整うまで、ガーヴェインはひたからエーレクとの話を伸ばし続けた。
そして、いい加減、引き止められなくなったエーレクが森を出た時には、森の出口はアルトゥース王の幕営地のド真ん中。どのテントが誰のものかは、一目で分かるくらい、知り合いに取り囲まれているのである。
ガーヴェイン、ナイス策略。

言い訳をつけて逃げることが不可能な状況にあって、エーレクは仕方なくアルトゥース王に挨拶に行く。アルトゥースの姉、フェイムルガーンの残した魔法の薬によってギフレイスに受けた傷も全快し、新たな旅立ちにそなえるのだった。(※ヴォルフラムの「パルチヴァール」にも、妖精の女性名ファームルガーンが登場する)

次なる冒険は、巨人との戦いだった。
エーレクは巨人に捕らわれていた騎士、カドクを助けるため巨人と戦い、からくも勝利するも、瀕死の重症を負い昏睡状態に陥る。エーレクが死んだと思い込んだエーニーテは半狂乱になって自害しようとしたが、たまたま通りかかった伯爵オリングレスに止められる。
伯は一目でエーニーテの美しさが気に入り、エーレクを棺おけに載せると、抵抗するエーニーテをムリヤリ連れ帰って婚礼の宴を開いてしう。
しかし、エーレクはまだ、死んではいない。エーニーテもまた、夫が死んだものと思い込んでいるが、彼こそ最初にして最後の夫と固く心に決め、オリングレスを拒み続ける。
エーニーテの悲しむ叫びが響き渡り、その声が耳に届いたとき、エーレクは奇跡的に死の淵からひきもどされる。妻の危機を知ったエーレクは、壁にかかっていた剣を掴むなり、怒りに燃えて宴に殴り込みをかけ、オリングレスを斬り殺した。
死んでいた人間が生き返ったと大騒ぎの中、エーレクは妻を連れて無事に城を脱出する。

城の近くには森があり、三つの国が接している。一つはアルトゥース王の国、一つは、かつて戦い、今は友となってギフレイスの国。そしてもう一つが、今いるオリングレスの国である。
エーレクがオリングレスの国で騒動を起こしたことを知ったギフレイスは、すぐさま軍を整え助けに向かう。二人は途中で出会い、再会を喜び合う。

***このあと、エーレクとエーニーテは、アルトゥース王の宮廷へと向かう。途中、手土産を手に入れるための冒険があるが、物語の大きなテーマからは外れるものなので、ひとまずおいておく。***

旅の中で、妻の自分への思いが真実であることを知り、疑いを持った自分の未熟さを克服したエーレクは、人間的に成長を遂げた。かくて、幾多の困難を乗り越えた二人は、まことの永遠の愛を確かめ合う。
いまやエーレクは己のあやまちを知り、エーニーテとともに国に戻り、良き王としてその名を知られることとなるのである。

めでたし、めでたし。


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 この物語のポイント

お互いのことを思っているのに、うまくかみあわない若い夫婦のすれ違いと和解を描いた平日2時ごろの奥様劇場
ただ愛を確かめ合うだけなのに、こんなに苦労するのだ。オリングレス含め、途中に登場して美しいエーニーテを口説こうとする人々は、ことごとくかませ犬。どんな状況にあっても健気に夫を助け、いささかも他の男に気を奪われないエーニーテの姿は、まさしく貞節の鏡。
本当はエーニーテを深く愛していながら、愛する相手を信じ切れなかったエーレクが成長し、真実の愛にたどり着く成長物語と言えよう。

単にバカップルだという見方も出来なく無いが。


あらすじ元テキスト:「ハルトマン作品集」郁文堂(平尾浩三訳)




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