中世騎士文学/トリスタン―Tristan

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トリスタン物語<Tristan>


もともとケルトの伝承だったトリスタン物語は、フランスで人気を博す。
中でも、「フランス語で書かれた」最古の作品とされるのが、この、ベルールによる「トリスタン物語」。
ベルールとは作中に記された作者の名前だが、記述の矛盾や文章の雰囲気の違いから、
前半と後半で作者が違うという説も有力。


 ベルールの物語は、トリスタンの幼少時代の話などは失われ、既にマルク王の妃となったイズーと、マルク王の甥であるトリスタンの悲劇的な恋と隠れた逢瀬のシーンのみが残されている。

 始まりは、イズーとトリスタンの仲を怪しむマルク王が、占い師の小人フサロンの助言で木に隠れ、二人の逢引きを盗み見るシーンから。
 甥を怪しみ、追放しようとするマルク王。絶対絶命の危機を前にして相談しようと夜の庭で密会する二人だったが、池に落ちる影で、マルク王の隠れていることにいち早く気づき、これを好機ととらえる。かくて二人は恋人同士であることを隠し、互いによそよそしく、単なる親戚同士として振舞う。トリスタンは、自分は国を出るつもりだから金子をしたくして欲しいとイズーに頼むが、イズーは涙ながらにそれを断る、といった芝居だ。

 その様子を見てマルク王はまんまと騙され、二人は潔白で、フサロンこそ嘘をついたのだと思う。小人は逃げ出し、王はイズーとトリスタンに対して抱いていた敵意を手放す。

 だが、疑いが晴れるとすぐに、恋人たちは再び逢瀬を重ね始めた。
 王の重鎮である三人(前半では名は語られない。後半に登場する名前では、グドイーヌ、ガヌロン、ドノアロン)は、そのことを知り、トリスタンを追放せよ、と王を責め立てる。再び小人フサロンが呼び出され、一計が案じられた。すなわち、トリスタンには、カーライルにいるアーサー王のところへ使いに行くよう言いつける。遠くへ旅立たねばならないとなれば、トリスタンはイズーのもとに忍んで来て別れを告げるはず。と。
 王妃の寝台のまわりには暗がりの中に小麦粉がまかれ、足跡を残すよう仕組まれた。トリスタンはそのことに気づいてはいたものの、どうしても恋人に会わずにはいられない。そこで、足跡をつけないよう、小麦粉のまかれた部分をを飛び越えて寝台に着地するのだが、衝撃で前日の狩りで負った足の傷から出血し、床にも寝台にも、点々と血を落としてしまう。

 現場を押さえようと押しかけてきた三人の重鎮は、それを見て、証拠は掴んだとばかり、トリスタンとイズーを縛り上げる。マルク王は恥をかかされたと怒り狂い、裁判もなしに二人を火あぶりにしてしまおうとする。領地ランティアンの人々は、二人に下される刑を知って悲しむ。

 だが二人は生き延びる。処刑場に向かう途中、礼拝堂の前を通りかかったトリスタンは、死ぬ前に祈りを捧げたい、と言って一人で礼拝堂に入り、礼拝堂裏の崖から飛び降りて逃走する。(そのトリスタンを、主人の剣と馬を奪って追いかけて来ていた、忠実な従騎士ゴヴェルナルが助ける)
 一方のイズーは、(トリスタンと特に親しい間である)ディナンの領主ディナスのとりなしにも関わらず、火刑に処されようとしていた。
 そこへやってくる、ライ病の人々。ライ病は当時恐れられていた病気で、患者たちは町から離れた場所に隔離されていた。病人たちの言うに、火刑にするくらいなら、王妃を自分たちのなぐさみものにしたい。残忍なマルク王は泣き叫ぶイズーを、彼らに与えてしまう。
 ライ病をわずらう人々の群れは、イズーを自分たちのねぐらに連れ去ろうとするが、途中、トリスタンの待ち伏せに合い、追い払われる。
 かくしてイズーは再びトリスタンとめぐり合い、二人+ゴヴェルナルの逃避行が始まる。

 余談だが、二人をはかりごとにかけた小人・フサロンは、マルク王の耳がロバの耳であることを三人の重鎮たちにバラしてしまったために王の怒りを買い、首をちょん斬られてしまう。ちなみにマルク王の耳がロバ耳になった原因は、フサロンのまじないの失敗だったという。
 「王様の耳は、ロバの耳」。言わないほうが無難である…。

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 トリスタンたちは、モロワの森に隠れ住んでいる。ある時、森に住む聖者オグランから、自分たちに莫大な懸賞金がかけられていることを知り、怯える二人。だが、決して分かれることは出来なかった。
 トリスタンを見つけようとする人々は、彼の飼っていた猟犬、ユダンを放ち、主人の跡を追わせようとする。ユダンは森の中で主人を見つけるが、喜びのあまり大声で吼え、危うく場所がばれてしまいそうになる。
 彼は、ユダンが吼えないよう、苦心して仕込みなおし、狩りの友とする。さらに、森の中にいるうちに「必中の弓」も考案して、暮らしに役立てる。

 こうして日々が過ぎていったが、ある日、ゴヴェルナルのいない二人だけの時、居場所が森番の男にばれてしまう。トリスタンもイズーも熟睡していて、それに気づかない。
 男はマルク王のもとへ走り、二人の居場所を告げてしまう。王は怒りに燃え、たった一人で森へ赴く。
 しかしそこで見たものは、行儀よく眠る二人の姿、その間には抜き身の剣が横たえてある。イズーはマルク王との結婚の証である指輪を嵌めたままでいた。
 マルク王は思う、やはり二人は潔白なのだと。(コロコロと、よく変わる王様だよアンタ)
 そして刃こぼれしたトリスタンの剣を自分の剣と置き換え、イズーの指輪を自分の指輪と取替えて、そっと去っていく。目覚めた二人は王に居場所がばれてしまったと知って、びっくりだ。実際は勝手に感動した王が賞金を取り下げていたのだが、王はすぐさま軍勢を率いて自分たちを殺しに戻ってくると思い、慌てて逃げ出す。(この場合、トリスタンたちの予想のほうが妥当です…)

 モロワの森を逃げ出した彼らは、ウェールズへ移り、媚薬の効果<三年>の切れるまで、転々とする。


 さて、狂おしい恋に陥れる媚薬の効果は、きっかり三年で切れた。効果の切れた瞬間、トリスタンは、己の身と、己のせいで不幸にしてしまったイズーの身を嘆き始める。恋の魔法が切れ、もはや心を縛るものはないのだから、イズーに辛い流浪の旅をさせる理由は無い。マルク王のもとに返して、当然あるべき王妃としての暮らしをさせてやりたい、と思い始める。
 イズーもまた、自分の境遇と、費やしてしまった若さを悲しんでいた。
 二人はマルク王のもとに戻ることを願い、かつて世話になったモロワの森の聖者オグランに仲介を頼む。トリスタンからの書簡を見て、マルク王はイズーを再び王妃として迎え入れようと思う。だが、再びマルク王に仕えたいと願うトリスタンの思いだけは、決して聞き入れられることがない。

 別れ際、トリスタンはイズーに愛犬ユダンを委ね、イズーは自分の指輪をトリスタンに渡す。彼女は言う。指輪はトリスタンからの便りを受け取るためのもの。その指輪とともに来る使者以外、海の向こうからのどんな便りも信じない、と。
 トリスタンは、ディナスにイズーを守ってくれるよう頼み、海の向こうへ去っていく「フリ」をした。
 しかし実際は、森番の小屋の地下に隠れ、イズーの忠実な家臣であるペリニスから、王妃の様子を伝え聞いていたのだった…。
 <媚薬の効果は切れた、といいながら、結局、トリスタンはいまだイズーに心残りがあるのだった>


 さて、王妃を糾弾し足り無い三人の重鎮たちは、どうにかしてイズーを陥れたいと画策し、神の前でイズーの身の証を立てねば納得しないと言い始める。そこでイズーは、その証はアーサー王とその気高き家臣たちの目の前で立てさせていただきたい、という。
 二週間の期日が設けられ、その間に国中の人々が集まる。イズーはペリニスを通してトリスタンに連絡をとり、当日の段取りを決める。

 イズーが神に申し開きをする場所は、ブランシュ・ランドと定められていた。そこは泥ゆるい沼地で、貴人たちの馬車はぬかるみに踏み込んで、みなドロドロになってしまう。人々がにぎやかに集まる中、トリスタンは、ライ病患者のふりをして紛れ込んでいるが、誰も彼に気づかない。
 アーサー王やマルク王より遅れて到着したイズーは、みなの目の前で公然と、泥沼を渡れないから馬になって欲しいと、ライ病患者に化けたトリスタンに頼む。トリスタンはイズーを背負い、泥沼を渡る。だが誰も、彼に気づいた様子はない。

 裁判が始まり、イズーは聖遺物の前でいささかも臆することなく、夫マルク王と、泥を渡してくれたライ病の男のほかに、自分の足の間に入った男はいない、と宣誓する。もちろん、ライ病の男の正体はトリスタンなので、嘘を言ったわけではない。
 これでイズーの潔白は証明され、マルク王は完全に王妃を信頼するようになる。

 だが、王妃を疎んじる三人の重鎮たちは、まだ諦めていない。密告者から、トリスタンとイズーとがディナスの館にいることを聞き知るや、逢引現場を押さえようと夜を忍んで行く。だが、その途中でトリスタンに見つかり、殺されてしまう。

 …物語は、そのうちの一人、ゴドイーヌがトリスタンの矢で射抜かれるシーンで途切れている。そこより先は残されていない。



あらすじ元テキスト:フランス中世文学集1 信仰と愛と/新倉俊一 訳




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