中世騎士文学/トリスタン―Tristan

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トリスタン物語<Tristan>


「マイスター」の称号を持つ人物、ゴッドフリート・フォン・シュトラウスブルグによるトリスタン作品。
トマ版を元にして書かれた。作中の年代は1210年ごろとされている。



 物語は、主人公の両親の物語から始まる。
 名は「悲愁のトリスタン」。父はパルメニエの王リヴァリーンといい、母はクルネワルの王マルケ(マルク王のこと)の妹、ブランシェフルールだった。
 両親の出会いと、彼の誕生には、次のような経緯がある。
 リヴァリーンは自分の主君筋にあたるモルガーンとの戦に勝利して和睦をなしたあと、自分の領地を家老のルーアルに任せ、マルケ王の宮廷に滞在していた。
 そこで、ブランシェフルールと出会い、恋仲となるのだが、しかし、幸せは長くは続かない。
 ルーアルに任せてきた自分の国が、モルガーンによって侵略されてしまい、リヴァリーンは急遽、本国へ。ブランシェフルールも密かに宮廷を脱出してあとを追うが、不幸にも、この戦いでリヴァリーンは討死。それを知ったブランシェフルールは、悲しみのあまり、子供を産み落とすとすぐに死んでしまう。
 つまりトリスタンは、生まれながらにして二親の無い子供だったのだ。

 主君に忠誠を誓うルーアルとその妻は、トリスタンを自分たちの子として引き取り、七歳の時に賢人のもとに預けて教育を受けさせようとする。しかし、その美貌ゆえ十四のときに人攫いにさらわれてしまい(!)行方不明に。
 ルーアルは必死でトリスタンの行方を捜索するが、発見できずじまい。しかも散財して、落ちぶれてしまう。

 一方、トリスタンを誘拐した商人はというと、海上で激しい暴風雨に会い、神の怒りをおそれてトリスタンを捨てて逃げ出してしまう。ひとり置き去りにされたトリスタンは何とか生きてはいたが、見知らぬ土地でたった一人、猟師の子として貧しく暮らすことになる。
 だが、普通の子供でないことは確か。
 育ての親である猟師はトリスタンにただならぬものを感じ、彼をマルケ王の宮廷へ連れて行く。マルケ王は、それが妹の息子とは知らず、宮廷において、優遇してやった。トリスタンは、いつしか宮廷の寵愛を一身に集める身となっていた。

 そのうち、トリスタンを探して各地を放浪していたルーアルがようやく城へたどり着く。家臣との涙の再会。かくてトリスタンが自分の甥であったことを知ったマルケ王は、自身が独身であったこともあり、彼を正式な自分の世継ぎとして迎えることを宣言するのだった。


 ここまでは、言ってみれば前座。真のトリスタン物語は、ここから始まる。

 この話のマルケ王は、イルラントの王にしてグルムーンの義弟、となっており、グルムーンの使者であるモーロルトによって、重い税金の取立てにあっていた。納税を拒むためには、モーロルトと試合をして倒さなければならない。さっそく叔父のために一肌脱ぐトリスタン。
 トリスタンはグルムーンと戦い、頭上に一撃を加えて倒すが、その一撃はあまりに強すぎて、刀の先が敵の頭蓋に収まったまま、取れなくなってしまう。(そのために、彼の刀は欠けたままになってしまう。)
 一方で、トリスタンも、敵の刃によって傷を負っていた。その傷は普通の傷ではないため、モーロルトの姉である、イルラントの王妃・イゾルデでなくては癒せない。(※傷を癒すため、妖精的な女性の助力を頼むのは、ケルトによくあるモチーフ)
 かくしてトリスタンは、タントリスと非常にわかりやすい偽名を名乗り、楽師に身を変えて、敵国へと乗り込むのである。

 話に曰く、トリスタンは、音楽にも秀でた、竪琴のよく似合う美青年だったという…。
 王妃イゾルデは、彼が同じ名前を持つ娘・王女イゾルデに音楽の教養をつけることを条件に、傷を癒してくれる。トリスタンはイゾルデの家庭教師をつとめたあと、本国に帰還する。

 だが、このときマルケ王の宮廷には、トリスタンが世継ぎとなることを好まぬ一派がいた。 
 独身の王を結婚させ、嫡子が生まれれば、そちらが世継ぎとなる。かくして、王妃にはイルラント王の娘、イゾルデを迎えることとなった。のみならず、その求婚の使者にはトリスタンが差し向けられるのである。
 先方で死んで来い、と、いわんばかりの処遇。
 トリスタンは断ることが出来ず、再度危険を冒してイルラントへ旅立つ。しかも、ふつうに宮廷に行けばいいものを、途中で竜と戦ったりなんかして、ひどい傷を負うのである。(騎士はそういう生き物ですから…。)

 竜を倒した者は、王女と結婚できる、というのは、物語のお約束だ。
 しかし、竜を倒したトリスタンは、戦いの激しさから気を失って倒れている。そこでよこしまな心を起こしたひとりの男が、竜の頭を切り取って、宮廷に持ち込み、王女と結婚しようとする。
 だが、トリスタンは、倒れる前にその竜の頭から舌を切り取っていた。いざ結婚! となったとき、トリスタンが現れて、その竜の首に舌はあるか? と、問いかける。頭を開けてみると、確かに舌が無い。そこでトリスタンは懐から竜の舌を取り出す。男が本当に竜を倒した人なら、その竜に舌が無いのを知っているはずだ、しかし知らないのだから嘘つきだ、というカラクリだ。
 かくて男の悪巧みは暴露され、トリスタンが竜退治の名誉を得る。また、イゾルデは、トリスタンを好ましく思い、ひそかに愛するようになるのである。

 だが悲劇は、そのあとに起こった。
 城に招き入れられたトリスタンが入浴している間に、イゾルデは、トリスタンの剣が欠けているのを発見してしまう。
 その欠けた部分は、叔父モーロルトの頭に食い込んでいた、致命傷のかけらと同じ形。ひそかに好意を抱いていた彼が叔父の殺害者であることを知ったイゾルデの胸に、憎しみが沸き起こる。
 愛と憎しみとなんたら。
 剣の欠けたのくらい直しとけよ、というツッコミは入れてはいけないのか。

 正体が知れたトリスタンは、正直にこの国へ来た目的を話す。そして、竜を退治したかわり王女を妻として貰い受けたい、ただしそれは自分の妻としてではなく、叔父の妻としてだ、と申し出る。これは受け入れられたが、イゾルデは納得していない。
 娘が幸せな結婚生活を送れないのは困る、と、王妃イゾルデは一計を案ずる。すなわち、魔法のホレ薬を作り、輿入れの品として持たせるのだ。互いにその薬を飲めば、たちまちに分かちがたい情愛が燃え上がり、愛していようといまいと、まことの夫婦となれるはず。


 その薬こそ、トリスタンとイゾルデの運命を狂わせる魔の薬となった。
 国へ帰る途中の船の中で起こったことは、有名なので、もうご存知のかたも多いと思う。
 その媚薬を、侍女ブランゲーネがぶどう酒と間違えてトリスタンに飲ませてしまったのだから…。

 かくてイゾルデはマルケ王の妃でありながら、わかちがたい情熱にてトリスタンとの逢引を続けることになる。

 なお、ゴッドフリートは書き上げる前に命が尽きてしまったらしく、この物語は途中で終わっている。


あらすじ元テキスト:「ドイツ中世叙事詩研究」郁文堂 ほか




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