中世騎士文学

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マリー・ド・フランス

Marie de France


 フランス文学史上に、初めて登場する女性。
 作中で「私はフランス生まれのマリ」と名乗っていることから、マリー(マリ)・ド・フランス。それ以外の具体的な出自は不明。名前が示すとおり、女流作家のようである。おそらくイギリスに移住し、ロンドンのプランタジュネット王家に仕えたのだろうとされる。(※といっても、プランタジュネット王家はフランスの西半分とイングランドを併せて成立しているので、実質はフランス系の王家)

 作品は「短詩(レー)」と呼ばれる形式で、元は口承であったものを書き記した、短い物語だ。韻を踏んでおり、書いたものといっても実際は口に出して読むための物語だったろうと考えられている。
 物語のもとになったのは、ブリトン人の「歌謡(レー)」。12世紀半ば、ウェールズ南部では、記憶するに相応しいような物語を、竪琴の調べにあわせ歌い伝える習慣があったという。そのような、語り継がれる旋律を持った物語が「レー(lai)」と、呼ばれた。

 彼女自身、作品のひとつ「ギジュマール」の最後に、こう語る。

 「皆さまお聞きのこの物語から
  ギジュマールのレーは作られたが
  竪琴やロッタで弾き語られ、
  その調べは耳に心地よく響く。」

マリーが聞いた「レー」がケルトの言葉であったかどうかは不明だが、少なくとも、彼女の書き残したものはケルトの伝承らしい物語に違いない。彼女の果たした役まわりは、イギリスの宮廷で「レー」を聞き、故郷フランスの言葉にリライトしたというものであったと思われる。

マリーは12のレーを書き残したが、各作品は、「十二の恋の物語」(月島辰雄/岩波文庫)に載っている。
以下、その12作品のリスト。☆がついているのが、アーサー王伝説に直接関係のある物語。

<マリ・ド・フランスの作品リスト>

・ギジュマール

優れた騎士でありながら、誰にも恋をすることのなかった男・ギジュマールは、鹿狩りで深い傷を負い、鹿から、「お前に恋焦がれる女性しか傷を癒せない」という宣告を受ける。死を覚悟し海に出た彼は不思議な船に誘われ、海の向こうで城に幽閉された奥方に助けられる。かくて奥方とギジュマールは激しい恋に陥り、一度は別れ別れになるものの、やがて再会し幸せを手に入れる。

・エキタン

家臣の妻に恋した王・エキタンは、家臣に隠れ、その妻と逢瀬を重ねる。奥方は夫の暗殺を企て、煮立った風呂に夫を入れようとするが企みがバレ、エキタンも奥方も煮立った風呂の中で死んでしまう。

・とねりこ

"双子は姦通の罪を意味すると思われた"…中世の俗信を元にした物語で、双子の女の子を出産した騎士の奥方が、人に噂されることを恐れ片方を修道院に捨てさせることから始まる。捨てられた子はとねりこと名づけられ、美しく成長し騎士と恋に落ちる。人々は騎士に正式な妻を迎えさせようとするが、その候補として上がったのが、とねりこと双子の姉妹の、はしばみだった。婚礼の日、二人が姉妹であったことが発覚し、騎士とはとねりこが結婚する。また、はしばみも、別の人に嫁いで、ともに幸せになるのだった。

・狼男

ある領主に、美しい奥方がいた。領主はたびたび留守にしたが、実は狼男で、留守の間は野獣になっていたのだ。それを知った奥方は夫が人に戻れないよう仕組み、かねてから言い寄っていた別の騎士と結婚する。野獣となった領主は狩りにやってきた王に忠誠を示して宮廷にゆき、憎い騎士とかつての妻を襲う。恐れた妻の告白から領主への不義が発覚し、領主は人の姿に戻ることが出来る。追放された元の妻と領主は他国で沢山の子を成すが、子らにはすべて、狼男の呪いがかかっていたという。

☆ランヴァル

アーサー王の宮廷に仕えながら、席順的には末席の青年ランヴァルは、不思議な姫君を恋人とする。彼女からの制約は唯一つ、自分の存在を決して他言しないこと。しかし王の開いた宴で、王妃に言い寄られた彼は、うっかり自分の恋人のほうが王妃より美しいと漏らしてしまう。王妃は怒り狂い、ランヴァルは嘘つきと告発する。ランヴァルは己の言葉の正しさを証明せねばならないが、他言してはならないという制約を破ったたため恋人は現れない。裁判にかけられたランヴァルだったが、その彼を救いに、人々の前に美しい姫君が姿を現す。彼女はランヴァルを助け出し、ともに、アヴァロンへと去ってゆくのだった。

・二人の恋人

娘を溺愛するあまり、求婚者に無理難題を課す王がいた。その難題とは、姫を抱いたまま、一度もおろさずに山の頂まで登れというもの。姫君には思う若者がいたが、並の人では到底試練を越えられない。そこで若者は姫の助けで霊薬を手に入れ、求婚の試練に挑むのだが、あまりに急いたため薬を飲まず、頂につくや否や息絶えてしまう。姫も嘆きのあまり恋人とともに死に、悲しむ人々は、二人を山の頂に葬ることにしたという。

・ヨネック

嫉妬深い老人の領主が美しい奥方を娶るが、他人の目に触れさせないため七年も塔に閉じ込める。奥方は己の身を嘆きつつ日々を過ごすが、ある日、一羽の鷹が窓辺に降り立ち、立派な騎士の姿をとる。騎士は奥方と密かに逢瀬を重ねるが、やがて恋が発覚し、騎士は領主の罠にかかって命を落とす。奥方は騎士の遺言と剣を守りつつ子を産む。その息子ヨネックが成長した時、奥方は騎士の墓の前で真実を明かし、剣を渡して息絶える。ヨネックは偽りの父をその場で殺し、真実の父の跡を継いで立派な領主になったという。

・夜鳴き鶯

夜鳴き鶯とは、ナイチンゲールのこと。隣同士に館を構える二人の騎士、片方は妻帯者だが片方は一人もの。片方の騎士の妻はもう一人の騎士と窓越しに逢瀬を重ねるが、嫉妬深い夫は彼女をいぶかしむ。妻が、窓辺に立つのは夜鳴き鶯の声を聞くためと言ったので、夫は鳥もちで夜鳴き鶯を捕らえ、殺してしまう。妻はもう会えなくなったことの証に、死んだ小鳥を隣の騎士に届けるのだった。

・ミロン

裕福な領主の娘と密かに恋に落ちた騎士がいた。娘はひそかに騎士の子を生み、いつか成長して戻ってきてくれることを願う。しかし間もなく娘は別に領主のもとに嫁がされてしまい、騎士とは離れ離れ。それでも二人は白鳥に文を託して逢瀬を重ねる。やがて二人の息子ミロンは成長し、父親と再会して両親のことを知る。ミロンは父と母とをめでたく夫婦として、幸せに暮らしたという。

・不幸な男

大層美しく、多くの騎士から求婚される貴婦人がいた。彼女は同時に四人の騎士を恋人とし、誰も一番とは決めかねた。ある時、騎乗の模擬試合があり、四人は貴婦人に良いところを見せようと華々しく戦うが、あまりに頑張りすぎて四人のうち三人が死に、一人は重傷を負う。最後に生き残った一人が不幸を嘆いたことから、この歌のタイトルが決まったのだという。

☆すいかずら

トリスタン・イズー物語の一片。マルク王に追放されたトリスタンは、イズー王妃を恋焦がれ、コーンウォールの森に、はしばみの枝に刻んだメッセージを残す。わたしたちは、はしばみの木にからむすいかずらの如く、ともに離れては生きられない。

・エリデュック

優れた騎士エリデュックは、王と仲たがいしたことから妻を置いて他国に奉仕することとなる。その国で彼は王女と恋に落ちるが、常に妻のことが頭を離れない。やがて帰国するも、彼の心は既に妻から離れている。再び他国へと赴いたエリデュックは王女を連れて帰国しようとするが、不義のためか海が荒れ、王女は死んだように意識を失う。その王女を救ったのは、夫と別れ、修道院に入ることを決意していたエリデュックの妻だった。離婚したことでエリュディックは王女と結婚することが出来たのだった。


…以上、12篇のうち、ハッピーエンドは5つ、バッドエンドは5つ。
「ヨネック」と「すいかずら」は、どっちとも言いがたいので中間。
マリ・ド・フランスは、これらの作品を書いたのち、イゾペ「Isopet」を完成させる。イゾペとは、イソップ寓話の中世フランス語での名前だという。短くて、リズミカルで、キュッと締まった12の物語は、その次に来るものの前兆として、成る程と思える。




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