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投稿時間:2004/03/20(Sat) 03:26
投稿者名:摩伊都
Eメール:
URL :http://app.memorize.ne.jp/d/22/82078/2003/12/16/31
タイトル:
「ミイラ」の語源
岡沢さん、お久しぶりです。摩伊都です。

かなり迷ったんですが・・・私の拙いサイトを紹介させていただきます。
取り合えず「ミイラ」話に切りをつけました。
ネット友達・先生が私のサイトでなら情報をUPしてもいい・・・と言うことだったので、私のサイトに顛末を書いてみました。
ただ・・・岡沢さんに知られるのは大変に恥ずかしいものがあります。(だって、私のサイトは日記なので・・・)
その辺は心の中で割愛してください・・・。 ^^;

一番肝要な所だけここにUPさせていただきますね。


『阿蘭陀外科医方秘伝』という江戸時代の書物によると、
出島にやって来たオランダ船によって、1649年、江戸に薬箱が献上されたという。
そのオランダ薬(とされていたもの)の中に「ミイラ」の文字があった。
「オランダ船」が運んできた「オランダ薬」であるが、実際には一部はポルトガル語で、多くがラテン語の形であったという。
http://www.rc.kyushu-u.ac.jp/~michel/publ/aufs/54/54.html#to 

さて・・・
オランダ人が日本の海外貿易を独占する前は、ポルトガルが貿易の相手国であった。
従って、ポルトガル人が日本からいなくなっても、当時の通訳者はポルトガル語を使っていたという。
つまり、南蛮通詞というと、ポルトガル通詞のことであったらしい。
http://homepage3.nifty.com/~akasatana/akasatana14.html 

「ミイラ」という発音のもとは、
ポルトガル語の mirra(MYRRH)(ミルラ)だという。

「芳香性の樹脂・ミルラ」とは、カンラン科ミルラノキ属 Commiphora の植物から浸出する樹脂で、没薬(もつやく)として使われたという。
ヘロドトスが見ていたミイラ作りでも、このミルラという樹脂は使われていた。
内臓を摘出した後のお腹の中に、ミルラの粉末やシナモンなどの芳香剤を詰め込み、ミイラのお腹は縫合されたのだ。


某大学の珍しい語学に詳しい先生のご協力によれば・・・

ポルトガル語の「ミルラ」は、ラテン語、古代ギリシア語(アイオリス方言)を通して、最終的にはアッカド語 murr に行き着く、という。
しかし、現代ポルトガル語の mirra は主に「没薬」を意味するもので、ミイラを意味する時は通常、「mummia」という語を使う。
現代イタリア語の mirra も「没薬、ミルラ」という意味で、ミイラの意味を持たないという。


現代ポルトガル語の mirra …… 「ミイラ」の意味はないが、ミイラとして借用?
現代イタリア語 mirra …… 「没薬、ミルラ」という意味で、ミイラの意味はない
オランダ語 mirre
正則アラビア語 murr ……「没薬、ミルラ」という意味で、ミイラの意味はない
ラテン語 murra ……「没薬、ミルラ」という意味で、ミイラの意味はない

中期英語,古期英語 myrre

ラテン語 myrrha

ギリシャ語 mýrra

アッカド語 murru ……「ミルラ樹脂、没薬」という意味
          

<結論>
中世から19世紀にかけて、欧州では、
ミイラの包帯に万能薬ムミヤがたっぷり染み込んでいるという間違った見解から、ミイラの包帯を薬として使っていたが、
そのうちにミイラ自体を薬として使うようになった。

江戸時代、日本にもミイラはオランダ船で運ばれてきた。
阿蘭陀外科医方秘伝』によると、
オランダ薬として「ミイラ」が含まれていたが、ミイラのことを「ミイラ mummia」ではなく、「没薬 mirra」と表現している。
つまり、ミイラは「没薬」として輸入されたわけである。
まあ・・・
「人の死体の乾燥したもの」よりも「香料」とか「スパイス」の方が薬らしいかも・・・。

そういう訳で、「ミルラ(転じてミイラ、か?)」は本当は「没薬」という意味しか持っていないのであるが、日本では「ミイラ」を指すことになってしまったようである。

投稿時間:2004/03/20(Sat) 18:22
投稿者名:岡沢 秋
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タイトル:
ありがとうございまーす
> 取り合えず「ミイラ」話に切りをつけました。

すいません。ありがとうございます。
枕元にアヌビス神が立ったりして、うなされませんでしたか…?

ミイラという言葉は日本語だったんですね。

日本語のミイラという言葉自体はミルラから来ているが、
それはミイラが没薬として輸入された歴史に因るもので、
本国では、mirraという言葉自体がミイラを指すワケではない、と。

…ややしいのはきっと言葉で書こうとするからですね。
うむ、写真とか使えばきっと分かりやすくなるハズ。

どうも! ありがとうございました。
積年の恨み、ではない、積年の疑問が解決されました。


摩伊都さんのサイトをご紹介していただき、感謝の至りです。
その真摯な調査態度に驚くばかりです。

投稿時間:2004/03/22(Mon) 10:30
投稿者名:摩伊都
Eメール:
URL :
タイトル:
過分なお褒めをいただき、恐縮です ^^;
私のサイトは、本当に日記なのですよねえ。
一番好きなのは日本の古代関係なのですが、それすら紀行文みたいに見聞きしたことをUPしています。だから続いているのかもしれませんが・・・。

> 枕元にアヌビス神が立ったりして、うなされませんでしたか…?

いえ、残念ながら。 ^^;
アヌビス神にならお会いしたいですが、私は至って鈍感なのです。
気が向くといろいろ調へものをしたりします。
また面白そうな調べものがありましたら参加させてください。

でも、「ミイラ」は、少し調べ残したものがあります。
オランダ語に詳しいネット友達が今ボランティアで調査中なので・・・少しお待ちください。それと、ナトロンについても化学に詳しい人が少しコメントしてくださるのを待っているところです。
(いつまでも終わりませんね ^^;)

投稿時間:2004/03/22(Mon) 12:25
投稿者名:岡沢 秋
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タイトル:
あと、もう一つ疑問がありまして。
自分の頭の中でまとめようとして、ちょっと引っかかってる部分があります。
日本には、ミイラは「ミルラ」として輸入されていたのですよね?

ということは「ムンミヤが使われているから薬として使う」ではなく「ミルラが含まれているから薬として使う」という転換があったはずなのですが、それはどうしてなのでしょう?

それと、輸入されたミイラは、エジプトのミイラとは異なるものでしょうか。(…つまり乾燥した遺体一般を輸入していたのかどうか)

もし何か分かりそうでしたら。


> また面白そうな調べものがありましたら参加させてください。

是非是非。
一人で調べものをするより色んな視点を持つ人でやったほうが広がりが出て楽しいですもんね。

私の興味の方向や資料の集め方とは違ったジャンルからご意見いただけて嬉しいです。自分でやったら江戸時代の薬がどうのなんて話は意識の外ですからねえ(^^

投稿時間:2004/03/22(Mon) 23:09
投稿者名:摩伊都
Eメール:
URL :http://app.memorize.ne.jp/d/22/82078/2003/12/16/31
タイトル:
Re: あと、もう一つ疑問がありまして。
> 日本には、ミイラは「ミルラ」として輸入されていたのですよね?
> それと、輸入されたミイラは、エジプトのミイラとは異なるものでしょうか。(…つまり乾燥した遺体一般を輸入していたのかどうか)

いつもながら鋭いですね。
私も引っかかりつつも・・・適当に理由をこじつけていましたが、確かに「何故日本ではムミヤではなくミルラが必要だったのか」という疑問が湧きます。
仮説なんですが、
ミルラ(没薬)は、もしかしたら香道とかで使うのに必要だったのではないかと思うのです。で、実際のミルラはとても手に入らないけど、ミルラを腹にいっぱい詰めた(ことになっていた)ミイラならオランダから輸入できたのかも。もっとも、当時本物のエジプトのミイラではなく、その辺の死体をミイラのように処理して薬にする輩も出ていたようですので・・・日本にやって来たのがどんなのかは分かりません。
また、本物のエジプトのミイラだとしても、麝香とか竜涎香と同じくらいに
高価なものだとすれば、輸入されたのはホンのシナモン5本分くらいだったりして。^^;

案外、江戸東京博物館とかに行くと面白いことが分かるかも知れませんね。

私もミイラのひどい扱いにはびっくりしています。
死体を粉にして薬にするということを今回初めて知りましたので。
日本におけるミルラの必要性と、時代によってミイラがどのように扱われていたのか、もう少し調べてみます。
後者については手元にある本に書かれていたので、すぐ分かると思います。

それと、別の人からの情報で、
江戸時代におけるオランダ船の事情が、河出書房新社から刊行された『図説・古代エジプト1 -ピラミッドとツタンカーメンの遺宝-』という
本の最後あたりに、ちょっと出ていたらしいです。この本を探しましたが見つけられませんでした。

投稿時間:2004/03/25(Thu) 01:45
投稿者名:岡沢 秋
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タイトル:
興味深いことが。
防腐剤としてアスファルトが検出されるのは、ギリシア・ローマ時代のミイラからのようですね。それ以前はミルラや、クスノキから取れる油、ビャクシンの樹脂…など植物の成分が混じりあったものが、遺体の表面に塗られていたようだ、と。

検出されたアスファルトは、イスラエル〜ヨルダンの国境にまたがるあたりの地域のものと一致するそうです。このアスファルトというのが「ムンミヤ」のことなんでしょうかね?


それから、十九世紀に、医者のたまごたちを教育する検死用の遺体として、遺族や人権問題がややこしくない古代のミイラが使われたこともある、といった記述も発見しました。…薬として使うのではなく、バラすための実験台、と。

これはヨーロッパでの話ですが、日本では解体用に使われなかったのかどうか。気になるところですね。


日本でミルラがどう使われていたか、なんですが、
私もひとつ心当たりがあるので調べてみようかと思います。
ええ、某大学の図書館に忍び込むのですが(笑
…何か見つかったらデジカメで盗撮して逃げます、ハイ。


> それと、別の人からの情報で、
> 江戸時代におけるオランダ船の事情が、河出書房新社から刊行された『図説・古代エジプト1 -ピラミッドとツタンカーメンの遺宝-』という
> 本の最後あたりに、ちょっと出ていたらしいです。この本を探しましたが見つけられませんでした。

これは、多分、古本屋で見つけられると思います。
こちらもヒマがあったら探して見ます。

投稿時間:2004/03/25(Thu) 16:10
投稿者名:摩伊都
Eメール:
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タイトル:
私も興味深いことが。
どうもです。
今『あるミイラの履歴書』という本を読んでいます。
著者は神谷敏郎。
東大医学部卒業の比較解剖学を専攻した人ですが、東大の解剖学教室にあったエジプトのミイラ標本に興味を持ち、いろいろ調べた人で、
古代史とか歴史とかの視点ではなく、医学面から検討しているものです。
日本で初めて「ミイラ」という言葉がでてきた古文書とか、フランシスコ・ザビエルが来日して以来のポルトガル人の医療行為の話とか、ミルラが日本でどのように使われていたか・・・といったことが出典をきちんと押さえた上で、細かく書かれています。
でも・・・半分読んでみましたが、
「木乃伊」を何故「ミイラ」というのか・・・結局よく分かっていません。
でも、没薬ミルラをミイラ(ギリシア語から)と表記した人物までちゃんと特定している。
>沢野忠庵(実は拷問の末、信仰を捨てたポルトガル人イエズス会士クリストバン・フェレイラ)

急に情報が増えたので、先日の私の日記を訂正または追記しなくてはなりません。面白いけど・・・3000年の歴史を1〜2ヶ月で網羅するのはさすがに厳しいですね。^^
がんばりまっす。

投稿時間:2004/03/31(Wed) 22:50
投稿者名:岡沢 秋
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タイトル:
mummyの語源が分かった…。
いやー。色々あってようやく片方の答えが出ました。

アラビア語の医学書を翻訳していたとき、ムミヤという言葉をどう翻訳していいのか分からず、間違えたことから出来た言葉だったんスね。

・中世アラビアの医師は、ペルシアのダラブジェルト地方の山から取れる、黒い岩塩アスファルト(アラビア語で”ムミヤ”)を、様々な治療に使用していた

・12世紀、ちょうど十字軍の全盛期に、ヨーロッパ人が頻繁に中東を行き来するようになり、この「ムミヤ」に触れ、効能を知った

・しかし当時はアラビア語の翻訳知識が殆ど無かった。
12世紀の翻訳家、ジェラルド氏は、エジプトのミイラに瀝青が使われていたことを知っており、彼が「ムミヤとは、人の死体と、死体に塗られた沈香が化合して出来た物質のこと」と解釈したことから、ムミヤというのは防腐処理を施されたエジプトミイラから取れる物質だという誤解が広まった

・これを知ったロンドン、パリ、ヴェネツィアなどの薬屋が、アラビアの奇蹟の薬「ムミヤ」=「ミイラ薬」を売り始める。

…このMumiyaがMummy(ミイラ薬)に変わり、やがては、エジプトの乾燥死体そのものが「Mummy」と呼ばれるようになった。

というわけで、英語の「Mummy」という言葉の誕生は12世紀のヨーロッパ、ことに十字軍に熱心だった国々である。という結論になりました。

摩伊都さんが調べてくださった内容をもう一度なぞったカンジですが。

こういった資料が残っているということは、過去にも同じ疑問を抱いた人たちがいた、ということなんですよね。(今回の資料はサリー・ウッドコックという方がケンブリッジ図書館で調べた資料から。)


で、もう一つはコッチ。

> 日本で初めて「ミイラ」という言葉がでてきた古文書とか、フランシスコ・ザビエルが来日して以来のポルトガル人の医療行為の話とか
(中略)
> 「木乃伊」を何故「ミイラ」というのか・・・結局よく分かっていません。

ミルラとムミヤじゃ、ちゃうやろ。ってなお話ですね。
こっちは日本人で同じ疑問を持った人の書籍を追いかけたほうが良さそうですね。引き続き、探してみますです。ではでは〜

投稿時間:2004/04/01(Thu) 22:24
投稿者名:岡沢 秋
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タイトル:
はい、もう一つー
ご紹介にあった
『図説・古代エジプト1 -ピラミッドとツタンカーメンの遺宝-』

発見してきました。
アテン神の写真が良いカンジ。

てなのはともかく。
問題の「最初に日本に入ってきたミイラ」の部分。

引用が少し長くなりますが、いきます。

・日本に最初に入って来たミイラは江戸時代初期にオランダ船がもたらしたもの。

・ミイラは「没薬(ミルラ)」として輸入されており、江戸時代の将軍や大名の間に流行し、頻繁に呑まれていたが、これはまさしくエジプトのミイラを粉末状にしたものだった

・ミイラにしみこんでいた「ミルラ」は、当時のヨーロッパで万能薬と信じられており、アラブの承認たちはミルラのしみこんだ遺体を回収するため墓あらしをした




というわけで、こちらの記述は、No.1737に自分で書き込んだサリー・ウッドコック女史の調査結果と、いささか異なっております。

また、「ミルラ」が万能薬であるなら、わざわざミルラのしみこんだ遺体を発掘せずとも、純粋に植物樹脂であるミルラを取りに行けば良いのであり、説明には疑問が残ります。

とはいえ、ポルトガルから齎された「ミイラ」が西洋で万能薬として認識されていたものであることは、おそらく間違いないでしょう。

その万能薬の名前の語源が、ムミヤだったのかミルラだったのかを、実は、誰かが勘違いしてしまったという可能性も、あるかもしれませんね。

投稿時間:2004/04/06(Tue) 01:05
投稿者名:摩伊都
Eメール:
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タイトル:
進んでますねえ
>『図説・古代エジプト1 -ピラミッドとツタンカーメンの遺宝-』
> 発見してきました。

ご苦労様です。
それと・・・偶然に見ましたよ。ミイラの話のまとめ。「ミイラと私」
うわ〜、先をこされた!!

でも今忙しいので仕方ない。
私は私でちんたらとやりますわい。
私は読んでいる本の中で関係ありそうなところをメモっています。
本の中で、意味の異なる「ミイラ」・・・という言葉が複数出てきました。

ただ・・・そこまで読んだ時点でも、岡沢さんと同じ疑問を持ちました。
言葉が訛ったと言うけど、本当にこの説でいいのかなあ・・・と。

この語源の話。本当に根が深いですね。

投稿時間:2004/04/06(Tue) 22:33
投稿者名:岡沢 秋
Eメール:
URL :
タイトル:
まだまだですー
> それと・・・偶然に見ましたよ。ミイラの話のまとめ。「ミイラと私」
> うわ〜、先をこされた!!

忘れないうちに書いておかないと、自分が忘れてしまうもので^^;
勝手に引用してすいません。もしアレでしたら、そこは削除します。
それと、大意は間違ってないですよね? 何か勘違いしていたらご指摘お願いします。


> ただ・・・そこまで読んだ時点でも、岡沢さんと同じ疑問を持ちました。
> 言葉が訛ったと言うけど、本当にこの説でいいのかなあ・・・と。

原語では、どんな発音なんでしょうね。カタカナで書いて似ている場合でも、実際に耳で聞くと全く違うという可能性も。

それと一つ驚いたのは、やはり、ミイラが最初に輸入されたのが江戸時代初期だったことです。鎖国が解けた後ではなく、鎖国が完成する以前。と、いうことは、「ミイラ」という言葉の音自体は、江戸の初期には出来ていたんじゃないかと。
木乃伊という漢字は前からあって、そこに音だけ当てたんじゃないかな? とか…

資料がなくて何ともいえないですけど…。
ていうか江戸時代の民俗誌みたいな資料って、全くわかんないです。
調べるのが大変そうだ…。

> この語源の話。本当に根が深いですね。

ですね。そこが楽しいんですけども。
「定説」とされていることや、何の検証もなく信じられている「常識」みたいなのを覆そうとする瞬間のゾクゾクした興奮が大好きですねー。(オイオイ

正直、摩伊都さんにはかなり助けられてます。

投稿時間:2004/04/16(Fri) 01:00
投稿者名:摩伊都
Eメール:
URL :
タイトル:
参考文献のまとめ
>今晩は、岡沢さん。
やっと読み終わりました・・・。(--)@@@
いえね。いい本なんだけど、こ難しくて・・・。↓これ。

参考文献: 「あるミイラの履歴書」 神谷敏郎 中央新書

以下、自分の日記に書いたことをここにコピーしますね。


東京大学医学部卒業の著者は、ここの解剖学教室所蔵標本であった、フランス語の解説書がついたミイラに興味を持ち、医者の立場からミイラについて論じている。
この本に書いてあったことは実に内容が深く、専門的過ぎる部分があって・・・まあ・・・よく分からなかったりもしたのだが。
私が実際に目にすることのできないような古い医学的資料をかいつまんで紹介してあり、とても助かった。
とりあえず、書いてあったことで重要と思われる部分を要約または一部引用。


古代エジプトでは王族だけでなく、貧しい人たちも死ぬとミイラに加工され、墓に埋められた。

このミイラについて、アラビア諸国では、瀝青(せきれい)がたくさん使われていたと信じられていた。
このミイラの評判が西欧に伝わり、中世〜16世紀にかけて秘薬ミイラが常備薬として薬種商の棚に並ぶこととなった。

また、アラビアの秘薬ミイラはシルクロードを通って中国にも渡る。

日本では、フランシスコ・ザビエルの来航を機に、日本に外国文化がどっと入ってくることとなる。

ポルトガル人のイエズス会士アルメイダ(1525〜83)は、弘治元年(1555)に豊後府中で日本で初めて洋式病院を設け、治療をしている。各地で慈善救療も行い、治療薬としてミルラ(没薬) を用いていたという。

ポルトガル人のイエズス会士クリストバン・フェレイラ(1580〜1650)、後に沢野忠庵と名乗って幕府の通詞となった男がいるが、
この男が寛永13年(1636)に著した『顕偽録』の中に、「みいら」という薬が出てくる。
イエス・キリストの誕生の際、支配者ヘロデ王から派遣された三博士(マギ)が祝福のためにベツレヘムを訪れた時の記述にこうある。

「彼ノ洞内ニテ「セスキリシト」ヲ見付、ミイラ(トイヘル薬ナリ)、乳香、金ヲ捧ゲヲガマレケル也」

此処で「みいら」という薬がイエスに捧げられている。この「ミイラ」とは、「没薬」のことである。
忠庵は myrrh が植物の一種であることを知っていたが、日本語に訳す場合に「ミイラ」としたのである。
新約聖書はギリシア語で書かれているので、原典では没薬はギリシア語の myrra で、「ミイラ」と読める。
この意味は「刺激の強い」で、没薬は、アラビア医学時代から優れた薬として用いられており、没薬樹脂に香りをつけて香膏や香油として珍重されていたようである。

寛延年間(1748〜51)の記録に「みいらト云フ薬、大ニハヤリ歴歴諸大名モ呑ム」とあるらしい。
「番薬ミイラ」信仰はその後庶民の間にも広まった。

蘭学者の大槻玄沢(1757〜1827)という男が著した『六物新志・りくぶつしんし』1787によると 

木乃伊は亜弗利加(アフリカ)の阨入多(エゲプテ=エジプト)や亜蝋皮亜(アラビア)からもたらされる。
「木乃伊」は、ギリシアでは「摩蜜亜モミア」、オランダでは「摩蜜伊モーミイ」と言い、本邦では「蜜伊刺ミイラ」、中国では木乃伊と表記されている。と。

天明7年(1787年)に刊行された森島中良の『紅毛雑話・こうもうざつわ』に面白いことが書いてあるという。
この本はオランダの雑事を解説したものであるが、「木乃伊」についての解説が載っているという。

エジプトのアレキサンデリヤでは、人が死んだ後、腸を取り、その代わりに種々の薬を詰め、千年も朽ちないようにする。
これが年月を経ると上等(ごくひん)の薬になる。そこで人々は古い墓を暴き、屍を砕いて交易する、と。
蛮語で「モミイ」という。唐土で「木乃伊ものい」と書くのは音訳。「ミイラ」というのは日本の俗語である、と。

ここでは、「ミイラ」がオランダ語の「モミイ」が原語で、漢語では「木乃伊」となり、その邦訳が「ミイラ」であることが書かれている。


私論をはさまずに、参考文献の大事な部分をUPすると、まあ、こんな所か?
この本に書いてあることが全て正しいとは思いません。実際、おかしいことも書いてありました。でも日本の古い医学書関連の情報は正確だと思われます。が、やはり疑問がある。
オランダ語のmumieから来たにしろ、「もみい」が「みいら」に変化するのはいかがなものでしょうか?
やっぱり「没薬ミルラ(ミイラ)」との混同があったのではないかと思います。

それから、岡沢さんの解説「私とミイラ」を読んでいて、私が得られなかった情報をUPしてあったのが気になりました。私の方では、アスファルトがミイラに使われたのは中世以降の偽ミイラが作られた時・・・という情報しか得られませんでしたので。
そうではなく、もっと古くからアスファルトも防腐剤として使われていたのですね?

投稿時間:2004/04/16(Fri) 22:40
投稿者名:岡沢 秋
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タイトル:
イヤハヤ。
いやー。うっかり自分の書いたモノを全部消してしまい、久しぶりにショックでございます。

もう一回書くや…。しくしく。


えと、まず、一番最後で延べられていた

>そうではなく、もっと古くからアスファルトも防腐剤として使われていたのですね?

なんですが、えーと。どっか書き方間違えてますでしょうか。

私のほうの資料でも、かなり新しい時代になってからアスファルトが防
腐に使用されはじめたとなっています。つまり庶民用のミイラを安価に、大量に作る必要性から、貴重な樹脂ではなく輸入モノの代用品を使い始めたのだ、と。

瀝青(れきせい?)は、新しい時代のミイラを検分すると、確かに検出はされるようで。


日本に入ってきたミイラのほうですが、まずはミルラが薬品として輸入されていたんですね。その時点では、ミルラはまだ植物のミルラだった、と。
ミルラをちょっと日本風になまらせると、ミイラになってもおかしくはなさそうですね。

しかし摩伊都さんの持ってきてくださった資料によれば、1787年の時点で、すでにミイラという言葉の中身が摩り替わっている。
だとすると、ミイラ(実はミルラ)が植物であることが知られていた時代から、1787年までの間に誤解が生じ、言葉の中身が変わってしまったのかもしれないなと思います。

このあたりの時代って、ちょうどヨーロッパでミイラが万能薬と信じられて取引されていた時代なんですよね。
と、いうことは、「舶来もののスゴい薬があるらしい」と、いうウワサと、あとから流れてきた「ヨーロッパで、人間の死体を砕いた万能薬が大人気」と、いうウワサが、ドッキングしてしまったのかも…。

日本語でミイラを指す言葉は、本来、ムミア・マミーから来た「モミイ」だったのではないかな、なんて思いました。
そう考えると、なんだかシックリきますね。

さて問題は、それを人にうまく説明して、納得させられるかどうかだ…^^;


> イエス・キリストの誕生の際、支配者ヘロデ王から派遣された三博士(マギ)が祝福のためにベツレヘムを訪れた時の記述にこうある。

新約聖書といえば、キリストさんが死んだときにミルラが塗られているはずですね…。

投稿時間:2004/04/17(Sat) 00:16
投稿者名:摩伊都
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タイトル:
瀝青(れきせい)
> 私のほうの資料でも、かなり新しい時代になってからアスファルトが防
> 腐に使用されはじめたとなっています。つまり庶民用のミイラを安価
>に大量に作る必要性から、貴重な樹脂ではなく輸入モノの代用品を使い始めたのだ、と。

瀝青(れきせい)は、ムミア山から出てくる岩石アスファルトで、稀少でかなり高価なものと書いてありました。
ムミア山から出てくるから「ムミア」→そのうち「ムミアを使った(と信じられていた)死体」を指す→→転じてこれが「マミイ」ですよね?

新しい時代のミイラから出てくるのは、瀝青(れきせい)ではない、何処かの安価なアスファルトではないでしょうか?
今手元にないのですが、ミイラ関係の本で、この瀝青(れきせい)が岩からにじみ出てくる山は、時の支配者の手で手厚く守られていたという記述がありました。
時代がいつごろだったかは記憶していませんが、「胡桃1個分のムミアを7ポンドで売るがどうだ?」という男に対して「それは高すぎる」と断った著名人の旅人の話が出ていました。いつの時代の7ポンドだろう???
少なくともローマ時代とかではないのは確かですよね。

もう一つ、
庶民用のミイラを作る時には、ナトロンは高価なので、代わりに塩を使ったとありました。さらに・・・お金がなかったら砂?を利用だったか?さらに貧しいものはミイラにしてもらえなかったと。

アスファルトの使用についてですが、
中世の「偽ミイラ作り」の時に使ったというぐらいで、あとはアスファルトの使用についての情報は集まりませんでした。ですから、岩石アスファルト・瀝青(れきせい)は、使ったと信じられていただけで、実際には使われていなかったと解釈していました。

>新約聖書といえば、キリストさんが死んだときにミルラが塗られているはずですね…。

そうそう。
キリストが死んだ時に身体を包んでいた布から、キリストの姿が浮かび上がって見えるという話があります。それも、1枚ではなく何枚も見つかっていると。それを研究することでキリストの身長などが分かるとも。
これってキリストの身体に塗られていた香料(ミルラ?)の効果でしたっけ?

投稿時間:2004/04/17(Sat) 01:08
投稿者名:岡沢 秋
Eメール:
URL :
タイトル:
布は…
瀝青と、安価なアスファルトはちょっと産地が違いました。すんません。

えーと、瀝青はペルシアでした。アスファルトと私が呼んでたものは死海周辺の成分のようなので、ちょっとズレてます。

んで、ミイラに塩が使われたという説なんですが、これはナトロンを誤解したものだという説がありまして。

炭酸ナトリウムと、炭酸水素ナトリウムが化合したものは、塩と認知されてしまいがちなようなんですが、塩を使ったのなら、ミイラの皮膚はもっとボロボロになってないといけないらしいです。


> そうそう。
> キリストが死んだ時に身体を包んでいた布から、キリストの姿が浮かび上がって見えるという話があります。それも、1枚ではなく何枚も見つかっていると。それを研究することでキリストの身長などが分かるとも。

聖骸布(せいがいふ)ってモノですよね。
科学調査で布の成分を分析したところ、どう見ても中世以降に作られたものだったそうで。私ぁ、あんまし信じてないです。今でも様々な異論があるようで、ニセモノか本物かは謎とされていますが…。

ミルラのせいかどうかは分かりませんが、
そういった物質は検出されていないと思うし、魚拓じゃないのでまんべくなくミルラ塗って布はりつけるってのも、今ひとつ〜…

おそらく、科学的に証明するどうこうよりも信仰的なものと思われますが、ありがたいと思うか? と、いうと、私はイマイチ…。

信仰心が足りなくてすんません^^;

投稿時間:2004/04/17(Sat) 12:18
投稿者名:摩伊都
Eメール:
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タイトル:
番薬みいら
重複しますが・・・情報がいっぱいあるので、混乱を避けるため、引用しながら書いてみますね。

オランダ船によって1649年江戸に薬箱が献上され、この中にMumia(木乃伊)あり。
http://www.rc.kyushu-u.ac.jp/~michel/publ/aufs/54/54.html#top

>寛延年間(1748〜51)の記録に「みいらト云フ薬、大ニハヤリ歴歴諸大名モ呑ム」とある。「番薬みいら」信仰はその後庶民の間にも広まった。
この「みいら」という薬は「木乃伊」であり、オランダ船から運ばれてきた「番薬みいら」らしい。
番薬っていうのは漢方薬に対しての薬、つまり「洋物の薬」という意味です。時期的にも欧州で木乃伊が薬とされて取引されていた時期とかぶります。フランスの医者が警告したにも関わらず、木乃伊の粉薬は18世紀まで取引されていたようですから。

一方、没薬ミルラですが、ポルトガル人のイエズス会士アルメイダ(1525〜83)が治療薬としてミルラ(没薬)を用いていたという記録がある。
沢野忠庵ことクリストバン・フェレイラ(1580〜1650)は1636年『顕偽録』の中で没薬ミルラを「みいら」と表現。

先に「没薬ミルラ」があり、これを「みいら」と表現した幕府の通詞がいる。そしてオランダから「Mumia」・「番薬モミイ」が来る。このモミイのことを漢語では「木乃伊」と書いていた。どちらも洋物の薬。色もこげ茶色みたいなもの。このあたりで「ミイラ」が「木乃伊」と混同したのではないかと思うのですが。

粉木乃伊よりも、ミルラの方が手に入りにくかったはずですよね?
ミルラ写真入 http://www.minohonosaru.com/mirutra.html
ミルラ http://www.selfmed.co.jp/kenshoku/ma/mirura.html

オランダ語Mummie(mumia)http://app.memorize.ne.jp/d/22/82078/2004/04/0825

投稿時間:2004/04/21(Wed) 03:34
投稿者名:岡沢 秋
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ありがとうございまーす
ミルラって今でも売られているんですね。「通販」もあるのですか(笑

なるほど…だいたい時代が掴めてきたかもしれません。
時間のあるときに、ちょいちょいと整理してみます。
ども、ありがとうございます。


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