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投稿時間:2004/04/03(Sat) 05:58
投稿者名:あおい
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タイトル:
セネトについて
ツッコミ掲示板から移動してきました(笑)
私がなぜそんな細かいところにツッコミを入れたかと言いますと、実はバックギャモンに嵌っていまして。。。ネットでも生でもやりますが、そのゲームの歴史(と言うか成り立ち)を調べる過程で必ず出てくるのが「セネト」なんですね。

一介の古代エジプト好きとしては、よくわからないと言うのが正直なところですが、バックギャモン好きとしては「エジプトにも関係があったのか!」と単純に喜んでしまいました。

確かに、ちょっと検索してみただけでも使うコマの数が違っていたりで、出所があやふやな感じがしますね。

セネトについては、もう少し自分なりに調べてみようと思います。
お騒がせして申し訳ありませんでした。

投稿時間:2004/04/03(Sat) 14:21
投稿者名:岡沢 秋
Eメール:
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タイトル:
セネトの情報求む
> ツッコミ掲示板から移動してきました(笑

ありがとうございます。

…と、いうわけでセネトについても調べてみることにしましょー
ダブルヘbダーで。

セネトの語源は求めなくても分かっているので良いとして、
いまネット上に流れている「セネトのルール」、
発生源は何処だ?!

を追いかけてみたいと思います。

> 私がなぜそんな細かいところにツッコミを入れたかと言いますと、実はバックギャモンに嵌っていまして。。。ネットでも生でもやりますが、そのゲームの歴史(と言うか成り立ち)を調べる過程で必ず出てくるのが「セネト」なんですね。


遊戯王が流行ってからタロツトの発祥地もエジプトにされてるし、

エジプト神官がツボから蛇を出したりなんかしてたもんだからマジックの発祥地もエジプトにされてるし(--;

ヨーロッパのミイラの発祥地はエジプトでしょうが、
でもって錬金術の基礎もある程度はエジプトでしょうが
なんもかんもエジプトが始まりなわけではないでしょ〜
というツッコミもあったり。

> セネトについては、もう少し自分なりに調べてみようと思います。

何か情報があったら教えて下さい!
是非。

投稿時間:2004/05/04(Tue) 00:04
投稿者名:岡沢 秋
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タイトル:
久しぶりに調べてみました
セネト。「死者の書第七章に、セネトで遊ぶ死者の図がある」と聞いて探したのに無かった…。なんでやねーん!>ツッコミ

えと、セネトは30枡のものと20枡のバージョンがあるそうで、マスの数が違うのはおかしくないようです。

プレイヤー同士がコマを進めあい、最終的に「アガリ」を目指すものなので、すごろくに近いというのは正解な模様。

マスの中には「スタートに戻る」とか「一回やすみ」みたいなトラップ枡もあったとのこと。

一度に進める最大の数は5。進む枡を決めるために投げるモノはダイスではなく骨や棒だったそうですが、棒を投げて枡をどう決め手いたのか、といった詳細は不明。

また、セネトの語源「過ぎ去るもの」と、死者の書に描かれた内容(見つからなかったけど…)からするに、死後の世界=地下を通り過ぎて、最終的「アガリ」=地上へ復活する、という過程を模したゲームではなかったか、という説があるようです。

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以上、山川出版の「ナイルに生きる人々」より。

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セネトの盤は象嵌細工の施された美しいモノから、質素で升目に分けただけのモノまで色々。一つ一つののマスは「ペル(家)」と呼ばれていた。

30枡のものが一番ポピュラーで、20枡のものは西方アジアから伝わった少し違うもの。

30枡のセネトも、それ以外の盤ゲームも、ルールは明らかではない。
また、死者がセネトで遊んでいる姿が墓の壁画に描かれることもあるが、宗教的な儀式の意味がある遊びだったのか、単なる遊戯だったのかは、明らかではない。

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以上、大英博物館 古代エジプト百科事典

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と、いうことで、現在市販されているセネトゲームは、途中までは古代エジプトの「セネト」を忠実に再現しつつ、不明なルールの部分を空想力で補って作られた、「現代版セネト」と、言うべきなのかもしれません。

投稿時間:2004/05/04(Tue) 23:42
投稿者名:摩伊都
Eメール:
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タイトル:
セネト
今晩は。

この前から・・・誰のことを話題にしておいでなのかと思っていましたら・・・ゲームだったんですね。
>セネト  
哲学者の名前だとばかり思っていました。あれはセネカか?

此処に至って急に横レスしたのは、
>一つ一つののマスは「ペル(家)」と呼ばれていた
という件に反応したからです。たしか・・・「ペル・アー」とは「大いなる館」の意味があって「ファラオ」の語源であったかと?
昔「ペル・アー」(パロ)について調べたことがあったもので。。

「セネト」をネットでググッてみましたら・・・いっぱい出てきますが、大英博物館関連サイトだから、此処(↓)が一番現物に近いと思います。
似たような将棋版?をメソポタミアの遺物の中に見かけたような気がします。

http://www.nttei.com/british-museum/life/activity/act_main.html


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