過去ログ入り口へ

タイトル ドラゴンスレ>Part2
記事No 2016
投稿日 : 2005/01/12(Wed) 01:09
投稿者 岡沢 秋
長くなってきたので、スレ分けてみました。

>toroiaさん

よく見ると、確かにグレンデルやラスボスの竜も、紹介にいろんな単語使ってますね。もしかしてこれ、韻を踏むために言葉を入れ替えて使ってるのかもしれません。

>イメージがあいまいなものをことばでキチッと書いてしまうことによって、そのイメージがことばからつくりだされて新たなイメージが誕生してしまうというのはよくあることです。

というので気がついたんですが、そもそもベーオウルフはアングロ・サクソンの人が口伝にしていて、おそらく歌にして語っていたものを、どこかの段階で(おそらく聖職関係の人が)書き文字に直したのだから、その時点でイメージが変わっているかもしれないんですね。

グレンデルとそのジメっぽい仲間たちが「カインの末裔」なんて語られてるのも、伝説がキリスト教化していった痕跡でしょうし…。

>摩伊都さん

そういやネバーエンディングストーリーの犬ドラゴン!(笑)
いましたいました、そーいえば毛や耳の生えたドラゴン、たくさんいました。それを忘れてたとは。

これはもはやドラゴン進化論の話ですね?

何の変哲も無い蛇から進化して哺乳類になったという説と、哺乳類にヘビが足されたという説のドラゴン単一起源説、はたまた両方の系統が交じり合って今の状態になったというドラゴン多起源説がバトルを繰り広げるとか。

エジプトの頭がたくさんあって翼の生えてる冥界ヘビは「ドラゴン科 多頭目亜種」あたりに分類しますか。
↑ネタです^^;

ともあれ何ゆえドラゴンのイメージにいろんな哺乳類要素が加わったのかは、本当にナゾですね。エジプトには、尻尾だけヘビの哺乳類(スフィンクス)っていう図像がありますが。

タイトル リントヴルム
記事No 2018
投稿日 : 2005/01/13(Thu) 20:29
投稿者 toroia
 個人的に行き詰ってるので、ちょっとしたネタふりを

http://www.humi.keio.ac.jp/treasures/nature/Gesner-web/snake/html/normal/l077.html
コンラート・ゲスナーの『動物誌』蛇編です。
そもそも文字さえ私には読めないのばかりなんですが、
DracoとLindwurmが並べて書かれていて、
ただの蛇
羽つき蛇
脚と羽と角つき蛇
が並んでました(イラストだけで判断)。

それと 摩伊都 さんのブログからたどってみたんですが
http://www.nibelungenlied.com/HS/HSew19.html
Der Hurnen Seyfridの挿絵のようなんですが、どうやらTracheとsechtzig jung trachen(60匹の若い竜たち……でいいのだろうか)が書かれてて、
うなぎにしか見えない竜や翼も脚もある竜などが並んでました。
(前後にはメインの竜のイラストもあり)

それと、古英語ではwyrmはdracaの上位概念で、wyrmの中にdracaがいて、dracaはwyrmの一種だと考えられてたらしいです。

タイトル ドラゴン<大蛇<ヘビ
記事No 2020
投稿日 : 2005/01/15(Sat) 12:28
投稿者 岡沢 秋
古英語もそうなんですが、もともと文字を書いて記録するという概念のなかった文化地域で最初に口伝を書き文字に直したのは、キリスト教の聖職に関係する人たちであるというのは1つのポイントじゃないかと思います。

toroiaさんの「書いた時点でイメージが固定」というからそう思ったのですが、もとの口伝で持たれていた伝説のイメージが、dracoやらwurmやらの単語に直された時点で聖職者たちの持つキリスト教的なイメージに置き換わってしまったのではないかな、と…。

それでキリスト教的な竜のイメージってどんななのか、ちょっと調べてみました。

ちょっと前に出した「黙示録の竜」の話ですが、黙示録が大流行したのはイスラム勢力が拡大し、シャルルマーニュがサラゴッサでドンパチやってイスラム教徒を撃退していた、ちょうどその時代のスペインらしいんですね。(711年 イスラム教徒のスペイン侵攻)

その時代、「黙示録」の注釈書がたくさん作られて、スペインからピレネー山脈を越えたフランス側まで広まっていた。写本の挿絵を見ると、竜はヤマタノオロチみたいな首がいっぱいあるヘビ。

で原文は、

「さて、天では戦いが起こった。ミカエルとその御使いたちとが竜と戦ったのである。竜もその使いたちと応戦したが、勝てなかった。そして、もはや天には彼らのおるところがなくなった。この巨大な竜、すなわち、悪魔とか、サタンとか、呼ばれ、全世界を惑わす年を経た蛇は、地に投げ落とされ…」(12章7-9節)

というわけで、ここの竜も、蛇の一種だけど「年へた(特別な)蛇」みたいです。
昔の聖書って挿絵がきらびやかなんで、文章と一緒にイラストを見ていたはずですね。そこで聖職者のイメージは固定されていったのではないかと。

「ドラゴンは蛇に似た形状」というのは、"キリスト教的には"一般的なイメージだったと思うのです。

しかし逆に、"キリスト教的じゃない"ドラゴン、たとえば北欧に昔っから言い伝えられてたドラゴンとか、ケルト民族が持ってたドラゴンのイメージなんかは、ぜんぜん違うものだったんじゃないかな…。
(そもそも、キリスト教世界の敵だから後からドラゴンにされただけで、実際はドラゴンとは別の"人類の敵"キャラだったかもしれない)


で、ヒントになるか分からないですが、ケルトの輪廻転送思想では人の魂は次の世代で、魚になったり鹿になったり植物になったりする。それを表したものが、人と動物や植物の融合した不思議な生き物なのではないかと言われている。

教会の装飾に使われている不思議な文様や、外壁のガーゴイルのような怪物も、ドラゴンの一種とみなされることがあるようなんです。

ケルトの装飾にあらわれる怪物には、種族を超えて融合したものが多いことから、元をたどればケルト世界から来た意匠ではないかという説があるようなんです。

仮説として、「蛇に似た竜は聖書から生まれたキリスト教的イメージ」、「いろんな動物と交じり合った竜はケルト的イメージ」というのは、どうでしょう?

タイトル 美術史?ドラゴン史?
記事No 2024
投稿日 : 2005/01/18(Tue) 04:18
投稿者 toroia
>教会の装飾に使われている不思議な文様や、外壁のガーゴイルのような怪物
バルトルシャイティスの『幻想の中世』では、複雑怪奇な文様はイスラム起源かもしれない、という主張がされてます。彼によれば、悪魔の翼は中国起源だとか(これはさすがにやりすぎ)。今の美術史の専門家がバルトルシャイティスをどう思っているかは知りませんけど。
また、人と植物が融合した文様は南欧ではグロテスクと呼ばれるのですが、これは古代ローマの時代にはやったものを1500年代に画家たちが発見して流行したものらしい(アンドレ・シャステル『グロテスクの系譜』より)
http://f61.aaa.livedoor.jp/~toroia/img/grott1.jpg
http://f61.aaa.livedoor.jp/~toroia/img/grott2.jpg
もちろん、ケルトの影響があったとおぼしきロマネスク・ゴシック時代の次の時代の話ですけど。
その当時(前1世紀)のことを、古代ローマの建築家ウィトルウィウスは
「縮れた葉と軽い渦巻きのある条溝装飾が描かれている。……多くの柔らかく細い茎が、そこから根が生えているかのような渦巻きを形成し、……そこには、あるものは人間の顔をし、あるものは動物の顔をした半身像をもつ花が先に生える茎がみられる」
と表現して、「堕落した趣味」といってます。これがどの程度まで中世のヨーロッパ美術に影響を与えたのかは、知りません。

それと、「いろんな動物と交じり合った竜」のような姿の動物は以前ブログのほうにも書いたのですけど古代ギリシア・ローマのケートスという怪物をイメージさせます。
http://f61.aaa.livedoor.jp/~toroia/img/cetos.jpg
http://f61.aaa.livedoor.jp/~toroia/img/cetos2.jpg
(これなんか東洋の龍っぽい。角のようなのは耳)
この2つ以外にも色々あるんですが、ケートスは本当にさまざまな動物の合成獣として描かれていて、決まった姿はないようです。

「いろんな動物と交じり合った竜はギリシア的イメージ」という主張をするつもりではありませんが、参考までに(←スキャナを使ってみたかっただけ)


そういえば、ケルトのドラゴンってどんなのがいましたっけ?


>しかし逆に、"キリスト教的じゃない"ドラゴン、たとえば北欧に昔っから言い伝えられてたドラゴンとか、ケルト民族が持ってたドラゴンのイメージなんかは、ぜんぜん違うものだったんじゃないかな…。
>(そもそも、キリスト教世界の敵だから後からドラゴンにされただけで、実際はドラゴンとは別の"人類の敵"キャラだったかもしれない)

これには半分同意です。蛇=ドラゴンは、キリスト教の広まりが決定的な役割を果たしたのは間違いないと思います。たとえば、ドラゴンに生えてる「角」なんかは確実に黙示録経由でしょうね。
……が、正直、少し意味がよくわからないところがあります!
「ドラゴン」のさすものがギリシア語由来の「単語」ドラコーンなのか、あれこれついて発展した後の「単語」ドラゴンなのか、後にドラゴンとなったゲルマン・ケルトの「怪物」なのか、キリスト教後にドラゴンと呼ばれている「怪物」なのか、「蛇」なのか、「合成蛇」なのか……

タイトル スマセン…イラストでないっす
記事No 2025
投稿日 : 2005/01/18(Tue) 23:29
投稿者 岡沢 秋
すんません、ちょっと分かりにくかったですが、前レスで私が言ってた「ドラゴン」は「いわゆるドラゴン」、一般的イメージでいうとこの、つまり現在での「ドラゴン」です。
(特に限定してない限り、そういう使い方です。)

もしかしたらご存知かもしれないんですが、「黒い聖母と悪魔の謎」(講談社現代文庫)に、歯人間の起源についての考察がありました。

本自体が、キリスト教のなかに紛れ込んだキリスト教的ではない象徴物がテーマなので、そこで取り上げられているのは「教会装飾としての」葉人間でした。

すべてがケルトの樹木崇拝に由来するものとは呼べないようですが、キリスト教が入る以前にドルイドによる自然霊崇拝が存在した地域で、人と自然物のまじりあうシンボルが古くから使われていたというのは、言えると思う。

(余談ですが、この本には以前気にされてたクリュニーの一角獣のタペストリーについても詳しく載ってます)


イスラム起源かも、というお話なんですが、イスラム教世界との交流は、十字軍の時代でさえ、…ほとんど無い、ですよね?

前に調べてた、「ミイラの語源」に関するレポ↓で、
http://www.moonover.jp/bekkan/mummy/1.htm

「12世紀の時点で、アラビア語を正確に翻訳できる人がほとんどいなかったのが、ミイラに対するカン違いのひとつの原因」というのが出てきたんです。

てことは、よっぽど興味なかったか、江戸時代の日本とアメリカくらい、精神的に遠い文化圏だったんじゃないかと。

両者の隔たりは単なる距離以上に大きく、抽象的なシンボルが伝播するのは難しいのではないかなと思いました。



> この2つ以外にも色々あるんですが、ケートスは本当にさまざまな動物の合成獣として描かれていて、決まった姿はないようです。
>
> 「いろんな動物と交じり合った竜はギリシア的イメージ」という主張をするつもりではありませんが、参考までに(←スキャナを使ってみたかっただけ)

図画みえなかったのでナントモですが、ローマはギリシアのパクリ文化なので、ギリシア→ローマ→キリスト教のイメージ図にまじった というのも、ありそうな気がします。

> そういえば、ケルトのドラゴンってどんなのがいましたっけ?

たとえば、アーサー王伝説の。毎晩地面の下から二匹の竜が出てきて戦うっていうやつ。マーリンがそれを予言して…

あれに良く似たエピソード(というより元ネタかもしれない)が、「マビノギオン」のスィッズとスェヴェリズの物語に出てきます。

毎年、五月祭の前夜になると恐ろしい叫び声が上がる。それは何故かと物知りの弟に聞いたら、弟は、「兄さんの国に他国の竜が攻めてきていて、竜たちが空で戦ってるからさ」と答える。で、竜たちが戦っている場所を狙ってお酒の入った樽を置き、疲れた竜たちが豚の姿で地上に降りてきたところを酔いつぶして埋めてしまうという。

…なんかエジプト神話でも「猛る破壊の女神を酔わせて懐柔」なんていう話がありましたけどね。皆やるこたぁ同じっスね。

でもマビノギオンもやっぱりキリスト教時代に入ってから書かれたものなんですよね。

タイトル アドレスを直接
記事No 2028
投稿日 : 2005/01/19(Wed) 03:58
投稿者 toroia
アドレスを直接指定したら見えるようです。

>「黒い聖母と悪魔の謎」(講談社現代文庫)
現代新書のやつですね。以前買ったまま放置してたので、読んでみます。

……ああ、なるほど

タイトル イスラム←ケルト
記事No 2029
投稿日 : 2005/01/21(Fri) 05:46
投稿者 toroia
 ロマネスク美術がイスラム美術に大きな影響を受けたというのは、事実です。『黒い聖母……』の著者である馬杉宗夫さんの『ロマネスクの美術』でもそのあたりが少し言及されています。また、少し古いですが、エミール・マールの『ロマネスクの図像学』では、当時のフランス美術はオリエントの模倣ばかりであるとさえ言ってます(マールは、イスラムだけではなくバビロニア美術の影響も指摘してる)。
 こうしたイスラム美術は東地中海経由というよりイベリア半島経由で大量に入ってきたようです。この中世美術に対するイスラムの影響、というテーマはマールの孫弟子でもあるバルトルシャイティスにも受け継がれていったということになります。

 しかし、『ロマネスクの図像学』訳者あとがきに指摘されているように、マールの時代、ケルト美術というのはほとんど知られてなかったらしいです。マールの弟子のアンリ・フォシヨンの著作ではイスラムの装飾文様と並んでケルトの装飾文様について少しばかり話題が出てくるのですが(とはいえ、彼自身は文様の民族性という考えを否定して、文様そのものが主体となった広がりを持つ、としてる。『かたちの生命』)、『ケルズの書』のように、明らかにロマネスク美術よりも古い作品が中世教会美術に影響を与えた、という考えが受け入れられるようになったのは前世紀が半分終わって、しばらく経ってからのようです。とはいえ、これまで指摘されてきたオリエント・イスラムの影響は、多少弱まったとはいえ、依然として事実だとみなされてます。

 ところで、そもそもこの話題が出てきたのは、「ドラゴン」の基本要素である蛇に、なぜかほかの色んな要素が合体しているのか、それはケルト美術の、動物も植物も自由に組み合わせてしまう発想から来ているのではないか & ゲルマンやケルトでは「ドラゴン」が蛇ではなく、もっと別の生き物だったかもしれなくて、それが「人類の敵」という同じような特徴によって「蛇ドラゴン」に翻訳されたのかもしれない、ということですよね?

タイトル 疑問のとりまとめ。
記事No 2031
投稿日 : 2005/01/24(Mon) 07:27
投稿者 岡沢 秋
図象学の資料はあんま持ってないので、あまり提供が出来そうに無いです^^;

>  こうしたイスラム美術は東地中海経由というよりイベリア半島経由で大量に入ってきたようです。

そういや、アフリカ経由イベリア半島ゆき〜でしたっけ。遠路はるばるご苦労様です(イスラムの人)。

>しかし、『ロマネスクの図像学』訳者あとがきに指摘されているように、マールの時代、ケルト美術というのはほとんど知られてなかったらしいです。

そもそもケルトという概念が存在してなかったので気がつかなかった、というのは、ありそうですか?
(ケルト民族、などという民族意識は、過去に存在したことがないはずだから)

>  ところで、そもそもこの話題が出てきたのは、「ドラゴン」の基本要素である蛇に、なぜかほかの色んな要素が合体しているのか、それはケルト美術の、動物も植物も自由に組み合わせてしまう発想から来ているのではないか & ゲルマンやケルトでは「ドラゴン」が蛇ではなく、もっと別の生き物だったかもしれなくて、それが「人類の敵」という同じような特徴によって「蛇ドラゴン」に翻訳されたのかもしれない、ということですよね?

そもそも話題が出てきた理由は違いますが、今の論点は、そっちでいいと思いますよ。

そういえば、(たぶんご存知だと思うんですが…)北欧神話のミズガルズオルムも、オルムではありますが、おそらく竜の一種に入ると思います。
写本のイラスト、手足と歯と耳があって、ただの蛇じゃないんで…。

タイトル よくわからない
記事No 2042
投稿日 : 2005/01/29(Sat) 23:46
投稿者 toroia
 エミール・マールの本は1922年なんで、ケルトがなかったということはないと思います。

 しばらく色々考えていて書き込まなかったのですが、
やっぱりよくわからないです。

今後の方針を立てるなら
*中世初期(後10世紀くらいまで)のヨーロッパ各地の美術の中での動物表現を探す&変遷を見てみる*
*ゲルマンに比べて蛇=ドラゴンの地位(?)が低いように思えるケルトでは、何がそれに当たるのか調べてみる*
とかになるのかもしれませんが、どっちも難しい……。

タイトル 証明のしようが無いという。
記事No 2044
投稿日 : 2005/01/30(Sun) 14:04
投稿者 岡沢 秋
>  エミール・マールの本は1922年なんで、ケルトがなかったということはないと思います。

ああ、けっこう新しいんですね。
ケルティック・ルネッサンスより後…。

>  しばらく色々考えていて書き込まなかったのですが、
> やっぱりよくわからないです。

簡単に調べがつくような問題でないのは承知の上です。

私のほうは、別な当たり方をしてみようかと。

「キリスト教の宣教師たちが各土地にいって、現地の伝承を書き文字に直すにあたり、現地の怪物にドラゴン(やワーム)という言葉を当てはめた、実際はドラゴンじゃなかったものも居る」

という仮説を証明したい。

しかし書き文字として残されていないことは調べようが無い。
文字でないなら図像ということになるけれど、同じドラゴンでありながら同じ種族と思えないほど図像がバラバラであること自体、それらのもともとの起源が異なる、ということの証明に思えます。

結局、キリスト教伝播以前のドラゴンの姿を調べることになるだろうと思います。

>ゲルマンに比べて蛇=ドラゴンの地位(?)が低いように見えるケルト

ドラゴンって、基本的に「悪のキャラ」じゃないですか。人類のカタキ役という。

でも、悪の質は、おそらく地域ごとに違うと思う。
ゲルマンのドラゴンは、基本的に元が人間なんですよ。ファーヴニルもそうだし、ヨルムンガンドもロキの息子で、海投げ捨てられて巨大な蛇の姿になってしまった。
だから人間らしい欲望(=物欲)をもっている。

ケルトのドラゴンは、人間ではないと思う。
マビノギオンのドラゴンたちも、封印されたあとは国の守り神になっているし、どちらかというと日本の荒ぶる神の如く、暴れてるとキケンだけど鎮めて祭れば良いものになる、みたいなものだったんではないかなぁ… とか。

要するに、精霊とか、妖精の仲間… 自然霊というか。


まあ、ぼちぼちやってみましょうよ。

タイトル Re: 証明のしようが無いという。
記事No 2048
投稿日 : 2005/02/01(Tue) 00:01
投稿者 摩伊都
> 簡単に調べがつくような問題でないのは承知の上です。
本当にそうだと思います。私もなかなか進みません。。まあ、ぼちぼちやりますが、諦めたらおしまいなので、長くゆっくり、ということで。 ^^;

> ゲルマンのドラゴンは、基本的に元が人間なんですよ。ファーヴニルもそうだし、ヨルムンガンドもロキの息子で・・・・・・だから人間らしい欲望(=物欲)をもっている。
なるほど。確かに。

Das Lied vom H&uuml;rnen Seyfrid をぽつぽつ訳していますが、ザイフリートが角質化(=不死身)する元となった「龍」を表現するのにはlindtwurmもwurmもtracheも使ってあるのに、Krimhilt をさらった龍は、今のところ trache としか表現してありません。(今のところなので、この後違う結論が出る可能性もある。。)この龍、「元は人間の男で、人間に戻ったら Krimhilt を妻にしたかった」ようです。まさに「人間らしい欲望(=物欲)」を持っていますよ。

タイトル ケートス
記事No 2049
投稿日 : 2005/02/06(Sun) 17:45
投稿者 toroia
http://wwwsoc.nii.ac.jp/mediterr/geppo/231.html

なんか、学会でドラゴン=ケートス説を発表した人がいたようです。
知りませんでしたが、やっぱり私と似たような感じを持つ人はいたんですね。
具体的な論証を読みたいところですが……。

過去ログ入り口へ