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投稿時間:2002/10/13(Sun) 03:20
投稿者名:Zeb
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タイトル:
プトレマイオス家のクレオパトラ
お久しぶりです。
なんだか同性愛のスレッドがずいぶんと伸びているようで…。


(個人的には…、話の内容自体きわどいものですしね。
人間、冷静さを失うと馬鹿なことをいくらでもするものですし、
この方、男性なのやら、女性なのやら。
相手がいないところでその人のことをどうこういうのも
危険な気がしますし。)

(それにどうせ実態がどうだったかなんてわかりっこないのに(笑)
現代の実態すらわからない。)

そういうわけで(?)、悪くなっている雰囲気を和ませる
(もしくは誤魔化す)ために
同じくらいきわどい話題を出します。「いつごろから
エジプト人は兄妹婚を行うようになったのか?」

プトレマイオス家の王族がエジプト古来(?)の
風習にしたがって近親婚を行っていたことはかなり有名
な話ですけど、いわゆる遺伝学上の問題や、世代交替で
家系に受け継がれる財産が分散するのを防ぐための
(見せかけだけでも)処置を行っていたのかなどの
疑問があるのですが実体はどうだったのでしょうか?

エジプト人以外でもペルシアのゾロアスター教徒などは
近親婚を行っていたようですし、今でもアラビア人の間では
従兄妹同志の結婚が好まれるようです。

しかしこういう話をするときは冷静にならないと。

投稿時間:2002/10/13(Sun) 11:11
投稿者名:岡沢 秋
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タイトル:
ギャグですよ?
>同性愛のスレッド
 この方は、とても冷静に相手の言うことをスルーする人なのです。
 メールではご自分の本名から過去の経歴(武勇?)を延々と自慢していらっしゃいましたので、それが全てウソだとすると素敵だと思います。
 本気で怒るような相手ではありませんが。真面目に滑ってるなんて、ギャグキャラでしょう?(笑)
 久々に他人の文章に笑いましたよ。


 で、本題の
> 「エジプト人はいつから兄妹婚を行うようになったのか?」

 ですが、いちおー専門家ではないので断言は出来ないという前提のもとに語ります。

 近親婚は、古王国時代には既にあったとされてます。
 ただし本当の兄弟というのは、ごくごく稀で、実際は異母兄弟や叔父・叔母といった関係が多かったようです。
 不完全ながら王家の家系図が架けるうになるのが第4、第5王朝あたりからなんですが、ここの図で既に、親族間の近親婚が大量発生して図がこんがらかっています。

 また、近親婚といっても、は王家と庶民では事情が違うと思います。
 王家の場合、「純血を保つ」以上に、ブライドが高いので「身分の低い者と結婚出来るかァ!」…と、いうのがあったようなんですが(臣下とは結婚しない。王族のみ)、庶民の場合、遺産分配にも理由があります。

 ここで一つポイントとなるのは、古代エジプトの相続法では
 『女性にも遺産相続権がある』
 …と、いうところです。

 娘が別の村に嫁に行ったら、そのコと一緒に、村の財産も出て行ってしまう。たとえば、嫁入りのとき、ヒツジ2頭を連れて行くとするでしょ? 娘が4人いて、全員別の村に嫁に行くとなると、単純に、村からヒツジが8頭いなくなるわけですよ。古代としては、これは大きな損失です。
 そうならないためには、村の中で結婚相手を探してもらうしかない。と、なると、小さな村では、何世代か経つうちに近い親戚だけの集落になってしまう可能性があります。

 これが古代エジプトで移民が好まれた理由なのではないかとも思います。
 移民は財産を持ってくるだけで、持ち出しはしない。外国人も、エジプト人として受け入れてしまえば、それだけ近親婚が減りますし。

 さらにもう一つ、エジプト人は、相手と自分の関係をあらわす呼称に無頓着だった、というのもあります。
 たとえば、自分の母親のことを「イプエル(本人にとっては従兄弟)の叔母」と呼ぶ。
 そのようにして、実際は妹なのに、「妻」と呼ぶこともあったとか。
 ええ、まぁ、それで誤解されている部分もあるんでしょう。
 

 …ネ、全然きわどい話ではないでしょ(笑)
 ちなみにエジプト人、近親婚社会と言われるわりに、遺伝子異常の痕跡は、それほど見られないそうですよ。
 プトレマイオス王家からして、エジプト・ギリシア、あとはシリアあたりの人間の混血ですし、外から入ってくる人間を受け入れることによって、ある程度、血を薄めていたんじゃないでしょうか。

 ゾロアスターのほうの近親婚は知りませんが、エジプトの近親婚とは、理由が違うのではないでしょぅか。

投稿時間:2002/10/14(Mon) 01:39
投稿者名:Zeb
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タイトル:
啓示宗教の閉鎖性?

丁寧な回答ありがとうございます。
>
>  近親婚は、古王国時代には既にあったとされてます。
>  ただし本当の兄弟というのは、ごくごく稀で、実際は異母兄弟や叔父・叔母といった関係が多かったようです。
>  不完全ながら王家の家系図が架けるうになるのが第4、第5王朝あたりからなんですが、ここの図で既に、親族間の近親婚が大量発生して図がこんがらかっています。

家系図はこのサイトに?(あるのかな?)

>
>  また、近親婚といっても、は王家と庶民では事情が違うと思います。
>  王家の場合、「純血を保つ」以上に、ブライドが高いので「身分の低い者と結婚出来るかァ!」…と、いうのがあったようなんですが(臣下とは結婚しない。王族のみ)、庶民の場合、遺産分配にも理由があります。
>

宗教的に理由があるのでしょうか?(たしかに単に「宗教」というと
かなり微妙な気がしますけれど。古代と現代では意味が違うし)


>  ここで一つポイントとなるのは、古代エジプトの相続法では
>  『女性にも遺産相続権がある』
>  …と、いうところです。

そうでしたね。
>
>  ゾロアスターのほうの近親婚は知りませんが、エジプトの近親婚とは、理由が違うのではないでしょぅか。

今手元にきわめてゾロアスター教寄りの二次資料しかないので
完全に拠るのは不安なのですが、ヘロドトスが言うには、
エジプトを征服して末期王国を終わらせたアケメネス朝の
カンビュセス王が自分の姉妹と結婚したようで、このころから
ゾロアスター教の近親婚の慣習が始まったとか。

(カンビュセスはあまり良い王には描かれていません、といっても
ヘロドトスの客観的資料性はあまり当てになりませんけどね。)

ひとりの王のエジプトの「わがまま」でタブーに対する見方
が変わってしまうというのはちょっと考えにくいので、
近親婚の慣習はイランに元からあったというのがこの本の
著者の意見です。
(筑摩書房「ゾロアスター教」、メアリー・ボイス著)

なんでももともとゾロアスター教は(ユダヤ人みたいに?)
民族宗教として生まれて、信仰の実践を強めるために
近親婚が奨励されたとか。

(反対にユダヤ人はかなり近親婚には厳しい見方をしている
みたいですけどね。>ダビデ王の息子と娘など)

投稿時間:2002/10/14(Mon) 10:36
投稿者名:岡沢 秋
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タイトル:
家系図は、無いですが
>第4、第5王朝の家系図

 このサイトには…無いです。書くのも面倒なくらいの図です。
 まず階段ピラミッドのスネフェル王が異母姉妹と結婚しており、クフ王とヘヌトセン王妃の息子のカフラー王が、クフ王の「孫」のメルサンクと結婚してます。(王妃違い)
 第五王朝初代のウセルカフは、この王妃違いのほうの家系から出て、正統の家系の王妃を娶っています。

 文字で書くと、なんじゃらほい状態なんですが、もし古代エジプトに養子制度があったとしたら、この家系図はさらに複雑化しそうです。今のところ、養子制度は無かったことにされているのが、せめてもの救い。

 家系図は、創元社の「ファラオ歴代史」に載っていますが、たぶん他の本に載っているはずです。
 逆に、第18−19王朝のあたり(ツタンカーメンのあたりです)のほうが、家系図はシンプルです。

>王族の近親婚

 神々が近親婚をしていたから、神である王族も近親婚はOK! …と、いう考え方もあったかもしれませんが、それだけで、わざわざ自分の姉妹や叔母と結婚するかどうかっていうのは、ちょっと微妙なところですね…
 少なくとも、「近親者と結婚せよ」という戒律があったわけではないようです。「してもいい」くらいのもので。
 そうなると、むしろ本人が、近親者でもいいから王族と結婚したいと望んだのではないかとも考えられます。

 王族の相手探しの例として挙げられるのが、ツタンカーメンの寡婦アンケセンアメンのケースです。彼女は夫が亡くなると、なんとヒッタイト王に、あなたの息子を一人、夫として送ってくださいなどと手紙を送っている。
 見渡す限りの家系に適当な王族の男子が居なかったからなんですが、王族以外の若い男性は、異国の王子以下の結婚相手と見なされていたみたいですね。
 結局、この結婚は出来ずじまい、彼女は政府高官と再婚を余儀なくされるワケですが。
 (なんせ、見渡す限りの家系図に次の王となれそうな者がいない状態、アンケセンアメンと結婚した者が次の王です。)

 宗教の問題よりは、王位継承という現実の問題にも関わるものとして、王家の家系に平民の血は入れたくなかったのかも。
 

>ゾロアスターの近親婚

 あー、ヘロドトスなんかそんなこと書いてたなぁ。
 彼の言うことは、確かに、あまり正確ではない。と、いうかギリシア人がある彼は、ペルシアを嫌っていたはずなので。
 カンビュセスというと、第一次ペルシア支配時のカンビュセス2せいですね。ハイ、彼がやって来たとき、まだ末期王朝時代は終わってません。
 その後いちどエジプト人が復権して、さらに後の第二次ペルシア支配のあとにプトレマイオス朝に移行してます。

 で、そのカンビュセスの姉妹婚なんですが、エジプト側の資料には載って無かったです。ギリシア側の資料に載っていたんでしょうか。実はギリシア人のデマって可能性は…?

投稿時間:2002/10/14(Mon) 14:59
投稿者名:Zeb
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タイトル:
Re: 家系図は、無いですが
>  家系図は、創元社の「ファラオ歴代史」に載っていますが、たぶん他の本に載っているはずです。
>  逆に、第18−19王朝のあたり(ツタンカーメンのあたりです)のほうが、家系図はシンプルです。

今度本屋で見てみます。
>  神々が近親婚をしていたから、神である王族も近親婚はOK! …と、いう考え方もあったかもしれませんが、

それはないと思いますけど…。神々の系図なんて大抵枝分かれ少ないし。

>
>  王族の相手探しの例として挙げられるのが、ツタンカーメンの寡婦アンケセンアメンのケースです。彼女は夫が亡くなると、なんとヒッタイト王に、あなたの息子を一人、夫として送ってくださいなどと手紙を送っている。
>  見渡す限りの家系に適当な王族の男子が居なかったからなんですが、王族以外の若い男性は、異国の王子以下の結婚相手と見なされていたみたいですね。
>  結局、この結婚は出来ずじまい、彼女は政府高官と再婚を余儀なくされるワケですが。

たしか大臣だかに簒奪されたような記憶が…。

>  カンビュセスというと、第一次ペルシア支配時のカンビュセス2せいですね。ハイ、彼がやって来たとき、まだ末期王朝時代は終わってません。
>  その後いちどエジプト人が復権して、

これはペルシア戦争のギリシアの勝利に合わせて起きた反乱だったかな?

>ギリシア側の資料に載っていたんでしょうか。実はギリシア人のデマって
>可能性は…?

ありそうな話ですな。カンビュセスの妹・妻は後にダレイオスに娶られた
とか書いてありますけどね。

投稿時間:2002/10/14(Mon) 18:29
投稿者名:岡沢 秋
Eメール:
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タイトル:
ジェセル王でした。
 すんまへん。間違えてますやん。
 階段ピラミッドはジェセル王。クフの父ちゃんのスネフェルは屈折ピラミッドと赤のピラミッドですわー…
 えろう間違えてしまいました。(汗)

>  神々が近親婚をしていたから、神である王族も近親婚はOK! …と、いう考え方もあったかもしれませんが、

 コレなんですが、初期の王朝だと王様=神、という現人神思想が強かったので、神々の家系図と自分たちとを重ねる意識が強かったということです。
 そもそもピラミッドからして、「天に昇り」、「太陽神ラーと一体化する」ための宗教装置です。(そのため、空を航行する時に使う太陽の船をピラミッドの側に埋めていました。)

 それが時代が下っていくと、ラー信仰ではなくオシリス信仰に変わり、死せる王は「復活の神オシリスと一体化し」、「地下の冥界に暮らす」という思想に変わります。
 人と神との間の境界線がハッキリしてきたということでしょうか。

 この、信仰の移り変わりについては、死者の書のコーナーでビミョウに触れています。ピラミッド・テキストと死者の書は、実は内容が違うんですねぇ。

 第4−5王朝というのは、ピラミッド・テキストの時代なので、この時代の近親婚は王を神になぞらえたものだった、とも考えられるんです。

 ちょっと長いです。スイマセン。

 ちなみにアンケセンアメンが再婚したのは、最初はアイ(ご老人)、次がヒッタイトの王子を暗殺したんじゃないかと疑われる、ホルエムヘブ将軍です。少女漫画では悪役として有名な将軍ですが(笑)

投稿時間:2002/10/16(Wed) 08:37
投稿者名:Polifilo
Eメール:komagata@pop21.odn.ne.jp
URL :
タイトル:
Re: ジェセル王でした。
皆様、おひさしぶりです。
また、素人了見をひとつと質問をひとつ書き込ませてくだい。
何かの本で読んだのですが、エジプトでは、王女と結婚したものが、
王権を継承すると言う話だそうです。
すると、皆さんが仰るように、たとえばアンクエスエンパアテンの
ように婿捜しが劇的なことになるわけですね。
思うに、この王女の婿が王権を継ぐという制度は、
エジプト社会が母系性社会から、父系性社会への移行期の姿を表しているような気がしますが、いかがでしょうか。

 それから、近親婚の禁忌は何時頃どこから生まれたのでしょうかね。
旧約聖書でも、理想的結婚相手は片親の違う兄妹だとどこかで、
言ってたようなきがします。アブラハムとサラみたように。
エジプト王家であれだけ近親婚が行われてルのに遺伝病やら、
畸形やらという話しはあまり聴かないところをみると、
根拠の無い禁忌のような、気がしますが、、。
どうも、近親婚は男女がいつも一緒に暮らしてると、
性愛が湧かないということの結果に過ぎないと思います。
兄妹に限らず、親子や夫婦でもそうだと思います。
ま、それと家族制度や社会制度が乱れるという事も困りますよね。
えーと、ですから、近親婚の禁忌の起原を、
どなたか御存知ないでしょうか?

投稿時間:2002/10/16(Wed) 12:54
投稿者名:雲都 蒼
URL :
タイトル:
近親婚禁忌の起源
>  それから、近親婚の禁忌は何時頃どこから生まれたのでしょうかね。

 残念ですが、起源がはっきりとはしないです。
 少なくとも、哺乳動物の場合はないように工夫しているそうで。
サルやライオンの成長したオスが生まれ故郷のグループを離れて、
他のグループに行くのは近親婚を避けるためではないか?
と。

> 旧約聖書でも、理想的結婚相手は片親の違う兄妹だとどこかで、
> 言ってたようなきがします。アブラハムとサラみたように。

 片親が違うと、大体育った環境が違うことが多いので、
肉親と言う感覚が希薄なので性愛が湧く、
ということではないでしょうか?
 それに、両親が同一の兄弟より、血が薄い確立が高いので、
ど〜しても近親婚をするなら、片親違い同士のほうが
マシだという理由もあります。

> どうも、近親婚は男女がいつも一緒に暮らしてると、
> 性愛が湧かないということの結果に過ぎないと思います。
> 兄妹に限らず、親子や夫婦でもそうだと思います。
> ま、それと家族制度や社会制度が乱れるという事も困りますよね。

 あんまり親子や兄弟姉妹とか、あんまり近いと厄介ですが、
従兄妹同士の結婚はかつての日本の閉塞した地域で多かったようです。
 これもエジプトと同様に、財産の分散を防ぐ役目が
あったと思われます。
東北で、長女が家督を持つのも、働き手の獲得とともに、
同じ目的があったのではないでしょうか。
(姉妹ばっかだと支出だけになる)

 ポイントなのは、女性が母親の家系の従兄弟と結婚するケースが
多かった、と言うことです。
そこでもう1つの理由として、嫁・姑のイザコザを
抑える役目もあったと言われています。

 そのため遺伝的影響が濃いと言う説があり、
日本で先祖代代住んでいる地域の場合、
近隣の人との結婚を避けた方が良いのだそうです。

 結局は、遺伝的なバラエティが無くなり、
不利な体質を出しにくくする算段(生殖)が
損なわれる(どころか悪化する)からでしょう。
 少なくとも恋は言わば偏見の産物なので、
実態を知っている相手に恋心を抱くのは
難しいみたいですねぇ。

投稿時間:2002/10/16(Wed) 14:25
投稿者名:岡沢 秋
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タイトル:
エジプトは「母系」じゃない・・・
 ドモ。お久しぶりです。

> 何かの本で読んだのですが、エジプトでは、王女と結婚したものが、
> 王権を継承すると言う話だそうです。
> すると、皆さんが仰るように、たとえばアンクエスエンパアテンの
> ように婿捜しが劇的なことになるわけですね。
> 思うに、この王女の婿が王権を継ぐという制度は、
> エジプト社会が母系性社会から、父系性社会への移行期の姿を表しているような気がしますが、いかがでしょうか。

 ・・・ とのことですが、古代エジプトの社会は「母系社会」ではなく「母権社会」だと思うのです私は。
 言ってみれば、”母親に主要な権利を認める社会。”
 母系というのは、たとえばライオンの群れのように、女と子どもから成る集団が家族の主体で、群れに男は一人、その男は基本的によそ者である、というような状態を言うはずです。
 男女が共同で子育てをしていて、両方とも家族の主体である古代エジプト社会は母系社会では無いですねぇ。

 NHKの特集でも、多くの本でも「母系社会」と書いちゃってるんで、みんなそう思ってるみたいですが、・・・ 母系社会だったとすれば、それは王族だけじゃないかな?

 どういうことかというと、「王女と結婚した者が王位を継ぐ」というのが、正しくは「王女が生んだ者が王位を継ぐ」だということ。王の座につくのは一応、男だけれど、その王は群れのオスライオンと同じで、母と子から成る集団にとっては、よそもんに過ぎない・・・ という感じです。

 さきのアンケセンアメンのあたりの時代だと、「王が神の化身、代行者となって王妃と交わり、後継者を残す=王位継承者は神を父、王妃を母とする(まるでキリストさんのようだな)」・・・ と、いう思想があったので、神の子を宿せる「母」が王権の主体になっていたとも取れます。
 そうしてみると、王一人に対し王妃が何人もいて、王が死ぬと後宮ごと次の代に譲られるっていうのも、ライオンの群れっぽい。

 ちなみに、古代エジプトでも、すべての時代で「女性の権利」が認められていたわけではない、というのが最近の説です。戦乱の多かった中王国時代には、戦う力が求められたため、女性の活躍の場が減っていたようだ、とか。この時代は平民から力で成り上がったり、王位を奪ったりするのもアリの時代でしたから仕方ないのかも。


>  それから、近親婚の禁忌は何時頃どこから生まれたのでしょうかね。

 狩猟・採集から酪農・耕作に移った時点で経験として知るという説があります。
 家畜を見ていれば、近親婚が進むと子どもが生まれにくくなることは分かるはずだ・・・ と。エジプト人も馬鹿じゃないので、家族で結婚するのはよろしくない、と、知ってたんじゃないかな。

投稿時間:2002/10/16(Wed) 17:17
投稿者名:Zeb
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アブラハムとサラ

> エジプト社会が母系性社会から、父系性社会への移行期の姿を表して
>いるような気がしますが、いかがでしょうか。
古代が女権の強い時代だったというのは広く流布している説ですけれど、
実態がどうだったかは、現実というものの複雑さとあいまって
闇の中です。男性が血と暴力で大きな共同体を築く前のことを
想像力で補うのは自由ですけどね。

>
>  それから、近親婚の禁忌は何時頃どこから生まれたのでしょうかね。
> 旧約聖書でも、理想的結婚相手は片親の違う兄妹だとどこかで、
> 言ってたようなきがします。

アブラム(アブラハム)とサライ(サラ)は旧約の記述では
エジプトに行ったとき、
サライが妻であることを隠して「妹」だと言ったそうです、
そのせいでエジプト人たちは禍を受けることになりました。

私の記憶ではそういうことで、私の記憶と貴方の記憶のどちらかに
誤りがあるのだと思いますが…。

投稿時間:2002/10/16(Wed) 17:30
投稿者名:Zeb
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タイトル:
Re: アブラハムとサラ
あと、ディアスポラ後のユダヤ人のように、周りじゅうに
迫害されながら小規模の共同体を営んできたのなら、かなりの程度
制限された関係のみしか、必要悪として生まれなかったでしょうね。

投稿時間:2002/10/16(Wed) 18:58
投稿者名:岡沢 秋
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Re^2: アブラハムとサラ
 はいはーい旧約聖書持ってまーす。今確かめましたん。創世記20の部分ですネ。

 サラ(改名前はサライ)について、アブラハム(改名前はアブラム)はこう言っています。
 『事実、彼女はわたしの妹でもあるのです。わたしの父の娘ですが、わたしの母の娘ではないのです。それで、わたしの妻となったのです』。
 神に選ばれた人がウソつくはずがねぇ、なーんてムリヤリつけた理由とも取れますね。と、いうわけでPolifilioさんの言うことは正しいのです。

 しかしZebさんの言われる箇所も、確かにあります。
 12では、妻のその美しさゆえに自分が殺されるのではないかと恐れたアブラハムは、妻を妹と名乗らせた挙句、エジプト王の王宮に入れます。

 言っちゃなんですが、アホです。^^;

 しかもエジプト人は、アブラハムの妻を横取りしたことにされ、「神」に病気にされてしまいます。(何でやねん。)こんな理不尽なことで罰をこうむったエジプト人は、それでもグッと我慢して、丁重に国を出ていただきます。おん出されたんでしょ? っていうツッコミはナシ。

 20では、ゲラルの王に対しておんなじことやってますが、このときサラは100歳越えてたはずなので、いっくら美しいつったって後宮に入れたりしねーだろーよ…。

 旧約で近親相姦のネタが出てくるのはもう一つ、19の「ロトの娘たち」の部分っスね。ロトの二人の娘たちが、寝てる父親に夜這いをかけて子供を身ごもるシーン。 
 …あと何かあったかな。

+余談
 神がアブラムに割礼の習慣を与えるシーンがありますが、割礼ってのは元々エジプトの習慣ですから。なんせ新王国時代の壁画にあるくらい。
 なんらかの形でエジプト人が関わってるんでしょう。もしかすると、おん出された人たちの祖国への愛憎が、こういう伝承を造ったのかもしれない、なーんて。
 そいや、ユダヤ人って元々どこにいた人なのかナゾなんですよね。確か。ピラミッド設計できるほど頭のいい古代エジプト人が国を出てしまった⇒ユダヤ人になった、で、残りの庶民が今のエジプト人、とかいう可能性もあったりして?(あくまで冗談。)

投稿時間:2002/10/16(Wed) 22:39
投稿者名:Zeb
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タイトル:
姦淫とユダヤ人
たしかに旧約の解釈は難しいですが、ちょっとだけ…。
今手元に英語の聖書しかないので、間違いがあったらご勘弁を。

>はいはーい旧約聖書持ってまーす。今確かめましたん。創世記20の部分ですネ。
なんというか、個人的には旧約を悪夢と強迫観念の物語と解しています。もちろん文章のみから文化を理解するのは困難ですし、それそれの文意を汲み取ることの違いから戦争が実際に起きたりします。言葉だけで理解できることは限られていると思います…。

まずユダヤ人が常に「畜生以下の」異教徒と隣り合って暮らしていたこと、異教徒を騙したり殺したりすることは少しも悪くないのだというものの見方を受け入れることが必要だと思います。

> サラ(改名前はサライ)について、アブラハム(改名前はアブラム)はこう言って
>います。
> 『事実、彼女はわたしの妹でもあるのです。わたしの父の娘ですが、わたしの母の
>娘ではないのです。それで、わたしの妻となったのです』。

この部分は確かに理解が難しい部分ですね。

私としてはこの部分はアブラハムの(つまりはユダヤ人の)人間的な弱さを表しているのだと解釈しています。(オーソドックスな見方としてはこちらが本流だと思います。)
http://www.asahi-net.or.jp/~zm4m-ootk/8sodomu.html
きわめて一方的な意見(だが参考にはなります)
http://www.pbyk.net/minato/monthly/009.html

面白いことはユダヤ人のアブラハムへの見方(凡人たち…)と、イスラム教徒のイシュマエルの一族、イブラヒーム(英雄たち)に対する見方が全く異なることです。

また、ダビデ王の娘タマルに対してダビデ王の息子アムノンが欲望を抱いたことは、ダビデ王がバテシバを無理矢理娶ったことの神の罰でだったと思います。(記憶違いでなければ)そしてこの息子を「美しき」アブサロムが殺し、彼は後に反逆します。天罰覿面。(サムエル記2・13)


> 神に選ばれた人がウソつくはずがねぇ、なーんてムリヤリつけた理由とも取れます
>ね。と、いうわけでPolifilioさんの言うことは正しいのです。

嘘はついています。異教徒に嘘をついても罪じゃありません。
ちなみに彼の息子のイサクも創世記26で同じ嘘をついています。


> しかしZebさんの言われる箇所も、確かにあります。
> 12では、妻のその美しさゆえに自分が殺されるのではないかと恐れたアブラハム
>は、妻を妹と名乗らせた挙句、エジプト王の王宮に入れます。

> 言っちゃなんですが、アホです。^^;

いいえ、神が確実に異教徒を罰してくれます。


> 20では、ゲラルの王に対しておんなじことやってますが、このときサラは100
>歳越えてたはずなので、いっくら美しいつったって後宮に入れたりしねーだろーよ…。

まあ、神話伝説に近い話ですから、何百年も生きるんですし。

> 旧約で近親相姦のネタが出てくるのはもう一つ、19の「ロトの娘たち」の部分っ
>スね。ロトの二人の娘たちが、寝てる父親に夜這いをかけて子供を身ごもるシーン。 
> …あと何かあったかな。

彼は酒を飲まされて姦淫するのです。(汝姦淫するなかれ…)彼の妻は事実後ろを振り向いただけで塩の柱に変わってしまいます。そして彼らの娘達はこのような冒涜をすることでモアブ人やアモン人、忌まわしい異教徒どもを生み出したのです。

また酒に酔っていた父の裸を見て呪われたハムの話を見ても、聖書というのがどれだけ無慈悲で、残酷で苦しみに満ちた話だというのがわかるでしょう。(創世記9)

強迫観念の神話です。

投稿時間:2002/10/16(Wed) 23:34
投稿者名:岡沢 秋
Eメール:
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タイトル:
聖書の人たちは何がしたいのか^^;
> たしかに旧約の解釈は難しいですが、ちょっとだけ…。

 難しいんでしょうか。
 うーん私は字面どうりスナオに受け取ります。特に「創世記」部分は、なんら教訓的なものは含まない、彼らにとっての「歴史的事実」、それも実際は、厳密な歴史ではなく、いうなれば「神話」なのではないでしょうか。
 神話であるからには、「過去にこうこう、こういうことがありました。」と、いうだけの意味であって、深読みはいらない。…と思うのですが。
 
 そんなん、聖書にお詳しそうな方に言うのもおこがましいのですが、
解釈の仕方で戦争が起きるのは、新訳のほうなのでは…?

> まずユダヤ人が常に「畜生以下の」異教徒と隣り合って暮らしていたこと、異教徒を騙したり殺したりすることは少しも悪くないのだというものの見方を受け入れることが必要だと思います。

 それはユダヤ人に対する偏見じゃないですか?
 それを言ってしまうと、ユダヤ民族は世界のハミっ子、相手にしても無駄な人々ってことになっちゃいますよ。
 少なくとも「過去にそういう考え方をする人がいた、時代があった」くらいのものでは。
 創世記ふくむ旧約聖書の前半がトーラーとしてあがめられてたことを考えると、えっらい排他的な民族やなァとは思いますが、いちお、ソドムが滅亡するときは町の人々の命乞いとかしてみたり。
 んでも、助かったのは結局、身内だけですがねー…はははー…。


> 嘘はついています。異教徒に嘘をついても罪じゃありません。
> ちなみに彼の息子のイサクも創世記26で同じ嘘をついています。

 んー。ここも、もっのすっごい引っかかるんですが、裏を返せば豊かな土地への憧れと憎しみ、コンプレックス…じゃないですかね。
 豊かな土地の人から崇められて、自分たちが偉いんじゃア! 状態になって喜んでいる。実際は、定住の地もなく、豊かな土地にすむ人々が羨ましかったんだろうに。

 て、いうか現実に嘘は駄目だったことくらい分かるでしょう。
 ユダヤ人は、他の民族にウソつくんですか?^^;



 あんまし関係ないんですが、下のほうのスレでZebさんが挙げられているリンクの中に、むっちゃ文章ヘタなところがあったんですが、あれでよくご理解されました。さすがです。(私には読めませんでしたが。)
 

投稿時間:2002/10/17(Thu) 00:34
投稿者名:Zeb
Eメール:
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タイトル:
Re: 聖書の人たちは何がしたいのか^^;

> > まずユダヤ人が常に「畜生以下の」異教徒と隣り合って暮らしていたこと、異教徒を騙したり殺したりすることは少しも悪くないのだというものの見方を受け入れることが必要だと思います。
>
>  それはユダヤ人に対する偏見じゃないですか?

あのあたり、南北の交通路で殺伐としていますからそのせい
じゃないですか?(強盗やら山賊やら。)
不寛容な態度がユダヤ人だけのものだったとは思えません。
やるかやられるか。

私見ですがエジプトでは平和に暮らして軟弱になったのでしょう。
(あくまで個人的意見ですので。)
http://www2.valdes.titech.ac.jp/~hashizm/text/titech/shukyo/resume/resume02.html


>
>
> > 嘘はついています。異教徒に嘘をついても罪じゃありません。
> > ちなみに彼の息子のイサクも創世記26で同じ嘘をついています。
>
>  んー。ここも、もっのすっごい引っかかるんですが、裏を返せば豊かな土地への憧れと憎しみ、コンプレックス…じゃないですかね。
>  豊かな土地の人から崇められて、自分たちが偉いんじゃア! 状態になって喜んでいる。実際は、定住の地もなく、豊かな土地にすむ人々が羨ましかったんだろうに。
>
現代でも自動車に乗らずにラクダに乗って暮らしている遊牧民
がいるでしょうし、豊かなことが堕落だと考えているのかも。

預言者エリヤがバアルの司祭達になにをしたのかが書かれています。
http://www.gospelcom.net/ibs/bibles/japanese/doc/ot/2kings.doc
http://www.gospelcom.net/ibs/bibles/japanese/doc/ot/1kings.doc

>  て、いうか現実に嘘は駄目だったことくらい分かるでしょう。
>  ユダヤ人は、他の民族にウソつくんですか?^^;
そう思われていたから迫害され、憎しみが憎しみを増幅させたのでしょう。
以下は政治的意見になりますし、私は別にユダヤ嫌いではありませんが…

少なくとも言えることは、今イスラエルでパレスチナ人にやっていること
はかなり強引ですね。歴史家のポール・ケネディが言うには、将来的には
イスラムの人口の増加から見て、イスラエルの未来に希望はほとんどない
ようです。

投稿時間:2002/10/18(Fri) 14:07
投稿者名:岡沢 秋
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疑問・・・
 私はキリスト教徒ではないし聖書もオリエント文化の影響を受けた「文学」という感覚でしか捉えていないので、あまり深い理解は出来ないのですが、根本的なところでインターネット上に流れている幾つかの研究に疑問を持ちました。

■聖書から実際の歴史を推定するのは無理。

 神話に近い話であるのに、まるで実在のように言うのは変です。史実が含まれているとしても、ごくごく僅かでしょう。  
 たとえば「出エジプト記」の部分だと、

 ・大量の人間がエジプトから脱出したのは事実かもしれないが、それが何人だったかは分からない(単一民族ではなく、混合だった可能性もある)し、その原因が本当は何だったかなどは、推測不可能。

 ・その脱出を率いたのがモーセと呼ばれる人物だったのかどうかは不明。(実在したかどうかも)また、モーセが本当は何人だったのかも断定は出来ない。

 ・聖書では結び付けられている「出エジプト」と「災害」が、実際は別々の時代に起こった可能性もある。

 などなど。チト思い込みすぎ、というか、夢見すぎの人が多い気がします。
 伝承から歴史を推測しようとすると「必ず間違う」ということは、既にエジプトの諸々で味をもって体験致しましたし。

投稿時間:2002/10/18(Fri) 21:59
投稿者名:Zeb
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Re: 疑問・・・
ご意見に全て同意します。ただ、私の意見では、信仰は理性とそれ自体
対立するものです。(信者は決して認めようとしないでしょうけど
ね。「不合理なるがゆえに我信ず」と言ったのは誰だったかな?)

大昔に滅びてしまい、芸術や学問の題材でしかない古代エジプト
の宗教と違って、なんらかの象徴的な意味や教訓や隠喩と捉える
のではなくて、今でも字句通り聖書の出来事が実際に起こったと
信じることが信仰であると考える人が今でもいるでしょう。

ユダヤ人が周囲の文化に同化せずに生き残ってきたのは、取りも
直さず彼らが非常に排他的で、周囲の者に合わせるということをせず、
自分たちの「誇り」(ニーチェは「怨み(ルサンチマン)」と呼んで
いますけど)を常に守ってきたからだということではない
でしょうか?

投稿時間:2002/10/20(Sun) 18:12
投稿者名:Polifilo
Eメール:komagata@pop21.odn.ne.jp
URL :
タイトル:
Re^2: 疑問・・・
こんにちは。
私もお二人の御考えに共感します。
特に、
岡沢さんの、

>私はキリスト教徒ではないし聖書もオリエント文化の影響を受けた
>「文学」という感覚でしか捉えていない

ということには常々思うところです。
お話を展開させるような書き込みで無いので恐縮ですが、
一応、意見を述べておきたかったので、、。
では、また。

投稿時間:2002/10/16(Wed) 23:50
投稿者名:Polifilo
Eメール:komagata@pop21.odn.ne.jp
URL :
タイトル:
ええ〜っ!何ですってー!
そんな、馬鹿な! 私の記憶があってるなんて!(泣)
ま、腑に落ちないけど、たまにはあるのですね。
Zebさん、岡沢さん貴重な知識を本当にありがとうございます。
色々教えていただけて、嬉しいです。
では、また!

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