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投稿時間:2003/01/09(Thu) 23:02
投稿者名:仁史
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30日について質問
 別館の知恵と駄文の神殿からちょっとした疑問です。
 「歴史から見た古代エジプトの暦」に「30日というのは、月の満ち欠けが一周する日数である」という事が書かれていました。創生神話のコーナーには「30日×12ヶ月の360日」が太陽の元々持っていた時間であるとも。何となくここでは、月の周期と、一年の365日のずれを説明しているのかと思っていたんですが、月の周期はおよそ29.5日になっているので、月の満ち欠けに忠実にしているなら、30日というのは少し気になります(昔、日本で太陰太陽暦を使っていた時は合わせるために29日の小の月と30日の大の月を持って来る事で調整していました)。30日というのは、どこから出てきたんでしょうか? 
 エジプト神話を知らないので、変な事を言っていると思われたら、削除して下さい。

投稿時間:2003/01/09(Thu) 23:58
投稿者名:岡沢 秋
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12分割
 そんなんで削除したりしませんから(笑

 神話から実際の古代人の生活を考察すると、とんでもない説ばっかりになると思うので、私はなるべく切り離して考えるのがよいだろうと思ってます。もちろん、全然関係ないわけではないですが。

>  「歴史から見た古代エジプトの暦」に「30日というのは、月の満ち欠けが一周する日数である」という事が書かれていました。

 月の周期、実際は確かに29.5日です。しかし、それだと29日と30日の月を交互に入れていかなくてはならないので、面倒ですよね?
 そこで、便宜上30日にしたものがエジプトの太陰暦です。
 (太陰暦といっても、全部の月を30日にしているもの、29と30日をまぜているものがあるようです。)

 太陰暦について分かりやすいサイトを探してみました。
 参考程度に↓
http://www23.big.or.jp/~lereve/tuugaku/45.html

 古代エジプトで、どうして全部の月を30日にしたかというと、一年を12分割したかったからだ、という説があります。

 一日を昼と夜にわけて、それぞれを12等分。=一日は24時間。
 そして、それぞれの時間に、時間の名前をした守護神がいます。
 同じように、1年を12等分して12ヶ月。どうして12という数字にこだわったのかは分かりませんが、ともかく古代エジプトの時間は12等分が基本のようです。

 でも、30×12では日にちが足りないので、5日をあまり分、と設定した。そこから、よく知られた太陽神話が生まれたのだと思われます。

 なお、トト神が月から「1日の70分の1」を奪い取る、という話についても補足しておきます。

 一日の70分の1は、約0.343時間。
 もともとの一年が360日なので、0.343×360=123.429時間。
 123.429時間は5.143日間です。
 四捨五入しなければ、もうちょい現代に近い正確な数字になります。

投稿時間:2003/01/10(Fri) 04:03
投稿者名:あおい
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暦について
 前から気になっていたので、ぶら下がらせてください。

>  でも、30×12では日にちが足りないので、5日をあまり分、と設定した。そこから、よく知られた太陽神話が生まれたのだと思われます。
>
>  なお、トト神が月から「1日の70分の1」を奪い取る、という話についても補足しておきます。
>
>  一日の70分の1は、約0.343時間。
>  もともとの一年が360日なので、0.343×360=123.429時間。
>  123.429時間は5.143日間です。
>  四捨五入しなければ、もうちょい現代に近い正確な数字になります。

 以前に読んだ本で、「エジプトの暦はとてもよく出来ていたが、閏日を入れることまでは知らなかったので、洪水の始まる時が一年の始まりだったのが、だんだん実際の季節とのズレが広がっていってしまった。」と言うようなことが書いてありました。100年単位でも約一ヶ月、1000年単位になると…一回りしそうです。
 
 これを見た時はすごく納得してしまったのですが、他の本では一言もそんな事に触れておらず、暦にそって、農業を行っていたと書いてあるばかりです。
 実際のところはどうだったんでしょう?

投稿時間:2003/01/10(Fri) 06:54
投稿者名:岡沢 秋
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公用暦と民衆暦
 あー、暦の問題はみなさんけっこう気にしてらっしゃるみたいで。
 説明のページもあるんですが…^^;

>  以前に読んだ本で、「エジプトの暦はとてもよく出来ていたが、閏日を入れることまでは知らなかったので、洪水の始まる時が一年の始まりだったのが、だんだん実際の季節とのズレが広がっていってしまった。」と言うようなことが書いてありました。100年単位でも約一ヶ月、1000年単位になると…一回りしそうです。

 1470年の大周期で一回りです。
 暦は農業にも使いますから、ズレちゃ困るものです。実際は1日を余分に付け足して調節していたと考えられています。
 さきの「1日の70分の1」という思想からも、古代エジプト人が現代に近い公転周期を計算できていたことは明らかなので、わざわざ実際と違う暦を使ったとは考えにくいです。

 つまり、「行政の暦は神意に従ったため1日足りずズレていったが、実際に生活するうえでの暦は調節していたので、ずれることは無かった、人々は暦に沿って生活していた」と、いうのが正しい書き方だと。

 あくまで、そういう説が有力ということです。
 実際どのように生活していたか、日記をつけてた人がいるわけではないので、想像するしかない。

 あと、一応「民衆暦」と「公用暦」という言葉を使ってますが、本当にそういう区別でいいのか、この訳語正しいのか、とかはイマイチ信用ならない(失礼だな!)ので、「タテマエ暦」と「実際暦」とか、そういう感じで認識しとけばいいんじゃないでしょうか。

+++

 あともう一つ…
 古代エジプト暦は「太陰暦」と呼ばれていますが、実際に月の周期から導き出されたかどうかは不明。月の神トト神が時間をつかさどる、というところから想像した仮説なんじゃないかと思います。
 365日というのは、ナイル河の増水周期からも割り出せたそうですし。

 ただ、太陽の周期ではないので太陰暦…かな…と。
 天文学は無知なので、どこらへんで太陰暦と太陽暦の区別をつけているのか、いまいちよくワカリマセン。調べときます。

投稿時間:2003/01/10(Fri) 15:57
投稿者名:仁史
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Re: 公用暦と民衆暦
お邪魔します。

古典の先生からと自分で調べたネタからです。
太陽暦は一年三百六十五日(四年に一回は閏年)の太陽の周期を基準にしている暦で、現在使われているものです。何年使っても、一年単位で動いているので、何月かということと、季節がずれたりはしません。
太陰暦は月の周期(およそ29.5)を基準にしているので、教えていただいたサイトhttp://www23.big.or.jp/~lereve/tuugaku/45.html
から引用すると、一年に十一日ずつ(閏年は増えるんでしょうか? )年明けが早くなっていきます。何月かということと、季節はだんだんずれてゆくのですが、これを気にしないのが、完全な太陰暦で、イスラム圏ではこれを基準にして行事などを行ったりするそうです。月の満ち欠けと一月は完全に対応し、日本の場合だと(多分中国もそうだと思います)月の第一日は闇夜、三日なら三日月、十五夜なら十五日、となります。
上の太陰暦では、農業がやりにくいとか、他の困る事情があったとかで、一年の周期と月の周期を合わせようとすると、閏月を適宜入れて月の周期に合わせつつ、一年の周期もそれほどずれないようにします。これが日本で使われていた太陰太陽暦です。閏月が入るので、一年の日数が多少変わりますが、季節が大きくずれる事はないです。

>  古代エジプト暦は「太陰暦」と呼ばれていますが、実際に月の周期から導き出されたかどうかは不明。月の神トト神が時間をつかさどる、というところから想像した仮説なんじゃないかと思います。
>  365日というのは、ナイル河の増水周期からも割り出せたそうですし。

ナイル河から割り出した暦ではどうなるんでしょうか……。

投稿時間:2003/01/10(Fri) 21:56
投稿者名:Zeb
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60進数
バビロニアで60進数が使われていたことも原因のひとつかも。
http://www1.odn.ne.jp/kentaurus/fjshigitenmon.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~nr8c-ab/ascalcmeton.htm
ピタゴラス教団やら、数秘学についてまで言及すると、オカルトに近く
なるでしょうしね。

昔の人の課題はどうやら、農業暦と宗教暦の齟齬をどうやって解決する
かだったみたいです。

投稿時間:2003/01/10(Fri) 21:58
投稿者名:岡沢 秋
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星の周期だという説も在
 ども。解説ありがとうございます。
 太陰暦は月単位、太陽暦は年単位…で、日本のは両方まぜっこ、ということですか。
 じゃエジプトのも正確に言うと太陰暦と太陽暦のまぜっこですよ、多分。一年の日数は正確だったし、農業国である以上、季節がズレるのは困るわけで。
 (太陽神ラーが365日を支配、月の神トトが4分の1日を支配、という神話も、それを意味していると考えれば…。)

 イスラム圏はあまり農業しないからズレてもいいんでしょうか?


> ナイル河から割り出した暦ではどうなるんでしょうか……。

 ナイル河の増水は、ソティス(シリウス星)のヘリアカル・ライジングと同時に起こるというのがよく言われますよね。
 星の角度を計っていた道具が、いくつか出土してます。月ではなく、星の運行を見て一年の周期を測っていたようです。それも、もともとは農業の開始時期を決めるために行っていた観測のようなのですが。

 ちなみに古代エジプトは12星座を使ってました。
 一つの季節に12の星座×3つの季節、で、合計36コの星座です。
 一ヶ月が3週間、×4ヶ月なので12週。一つの季節を12等分して、それぞれの週をひとつの星座が守護してたというわけです。

 月が太陰暦なら、星の運行で出したものはなんと呼ぶべきかは私も知りたい。


 えー、例によって専門家ではないので、細かいところは間違ってるかもしれません^^;

投稿時間:2003/01/10(Fri) 22:22
投稿者名:Zeb
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イスラムの暦
>  イスラム圏はあまり農業しないからズレてもいいんでしょうか?
砂漠では。
ちなみにとある小説によると、レコンキスタ前のスペインでは、
ヒジュラ暦の他にユリウス暦とイランの暦が使われていたらしいです。

いろいろカレンダー
http://www.gekkou.or.jp/k-1/wcf8-1.html
イラン太陽暦
http://mcw0.mita.cc.keio.ac.jp/~fb014011/nikki/archive/20020307.html

投稿時間:2003/01/10(Fri) 22:31
投稿者名:岡沢 秋
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古代のままの暦…
 んー、参考に挙げてくださったURLにあるエチオピアの暦は、たぶん古代エジプトのと同じものかと。
 ヌビアも同じはずですよ、古代エジプト領だったときに暦も統一されたはずなので。
 エジプトはプトレマイオス朝時代に暦が変わってしまったんだけど、ローマの支配下に入らなかったヌビア辺りは、古代のまんま。

 ちなみにパピルスのカレンダーは私、持ってます。フツーにみやげもの屋に売ってたから。
 ただし、本物のパピルスではないのですね。
 パピルスは絶滅してしまって養殖モノしか無いので、安い木の皮で代用してパピルスに見せかけているんです。


 あと、Zebさんの持ってきてくださったサイト内にあった、
http://www.gekkou.or.jp/k-1/koyo-53.html
 これが、エジプトの36星座の図です。ちゃんと36あるか?^^;

投稿時間:2003/01/11(Sat) 04:45
投稿者名:Zeb
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Re: 古代のままの暦…
>  あと、Zebさんの持ってきてくださったサイト内にあった、
>http://www.gekkou.or.jp/k-1/koyo-53.html
>  これが、エジプトの36星座の図です。ちゃんと36あるか?^^;

講談社学術文庫:星座春秋によると、テーベ近郊、デンデラーの廃寺、
紀元前36年とか。一部がパリまで持って行かれたので有名になったそうです。

北斗が太腿になっているのがグロテスクだと著者は言っております。

投稿時間:2003/01/12(Sun) 06:45
投稿者名:岡沢 秋
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もうちょい古いのもありますよ
> 講談社学術文庫:星座春秋によると、テーベ近郊、デンデラーの廃寺、
> 紀元前36年とか。一部がパリまで持って行かれたので有名になったそうです。

デンデラの神殿の天井画、セティ1世の墓所の天井画など、何種類かあありましたよ、確か。…新王国時代の半ばごろには、既に存在してたってことですね。

パピルスに描かれたものが紀元前36年とは知りませんでした。
そんなに新しかったんですか。
どおりでヘタなわけです(笑)←ヒエログリフは、古代王国末期になると形が崩れてヘタになる。技術者が育たなくなって、品質が落ちたようだ。


> 北斗が太腿になっているのがグロテスクだと著者は言っております。

いやツッコミそこ? カバ座・ワニ座にツッコミ入れないの、その人?(笑
ちなみに腿は人間のじゃなく、大抵の場合、牛のです。牛の太ももは、神への供物としてよく壁画に描かれます。牛の太ももをあらわすヒエログリフもあるくらい。
と、いうか、大熊座にあたる星座全体が「雄牛」だったはず。

あと、何でか「セト神の腿」と呼ばれてる場合もあって…。
太ももがセトの腿、河馬がイシスで、イシスによって縛られたセトの足、だそうです。(ここらへんは私にはイマイチ理解出来てない思想。)


前にZebさんが持ってこられたイスラムの暦ですが、エジプトとはだいぶ基本的な思想が違うように思います。中東あたりの気候はよく知らないのですが、エジプトのように、決して枯渇しない大きな河川があって、安定して農業が行える場所は、ほとんど無かったのでは?

エジプトの90パーセント以上は砂漠ですが、その実、人が住んでいるのは残る10パーセントの緑地に限定されてます。砂漠でありながら農業国なので、やはり暦がズレるのは防がなければ生活できなかったでしょう。

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