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投稿時間:2003/01/31(Fri) 14:18
投稿者名:きよ
Eメール:kyamazak@ix.netcom.com
URL :http://home.ix.netcom.com/~kyamazak/index.html
タイトル:
フェンリス狼の枷
「ギュルヴィたぶらかし」第43章の話で、フェンリス狼を縛めるあの有名なやつですが、それについてちょっと書きます。(かなりくどい内容)

 まず三種の枷ですが:

(全角) [HTML記号]
1)レーディング/ Lae∂ing(r)[Læðing(r)]
レージング Loe∂ingr [Lœðingr]
2)ドローミ Dro'mi [Drómi]
3)グレイプニル -- [Gleipnir]

意味
----
 とあるサイトで、
 レージング=「皮の戒め」だというのは、le∂r[leðr]="皮革"からくる語だとの憶測なんでしょうが、断言できるのかどうでしょうか。
 ドローミ=「筋の戒め」というのは、「アイスランド=英辞典」によれば(http://www.northvegr.org/zoega/h096.html)単に[枷」のことです。

つづり:
-----
最初の枷レーディングのつづりは、「ギュルヴィ」の電子テキスト(www.snerpa.is/net/snorri/gylf.htm )だと"aとeがくっついたやつ"ですが、アイスランド=英語辞典(http://www.northvegr.org/zoega/h282.html)ですと"oとeがくっついたやつ"で出ています。

第2の枷ドローミについては、レーディングの2倍の強さと書いてある日本語サイトを見かけますが、英訳では1.5倍の強さという意味の表現になっています。

> fetter stronger by half [英]
>    fjo¨tur ha'lfu sterkari [原文]
>  フィエトル ハールヴゥ ステルカリ
>    枷  半分(よけいに) 強い   

 たしか、トール神が、メギンギョルドの帯をしめたときも、この「力が1.5倍増する」という表現だったと思います。(+12人力ではない(笑))

 さて、最初の2種類の枷が効かないので、「全ての父」(=オーディン)どのは、フレイの小間使いスキールニルを、スヴァルトアールヴヘイム[Svartálfaheim]に遣わして、ドワーフたちに作らせたのが、猫の跫音、女の髭、山/岩の根、熊の腱、魚の息吹、鳥の唾液を原料とした魔法の枷グレイプニルでした。

 フェンリス狼が疑り深くて、アース神のひとりが誠意の証としてに、片手をあごの中に入れなければ、この枷にいましめられることに応じないといい、ボランティアしたチュール神が手を失うのは、ご存知の方がほとんどかと思います。
  
 その後―神々はゲルギャ Gelgja と呼ばれる鎖を持って来て,狼を縛める枷(紐)の一端に結びつけ,その鎖をギョッル Gjo¨ll[Gjöll]という岩にくくりつけたとあります。

投稿時間:2003/01/31(Fri) 19:09
投稿者名:岡沢 秋
Eメール:
URL :
タイトル:
語源
> 「ギュルヴィたぶらかし」第43章の話で、フェンリス狼を縛めるあの有名なやつですが、それについて

 ドローミは枷って呼ばれてたかと思いますが、レージングの語源については覚えてないです。本めくって調べると出てくるかもしれないけど…語学の話は先生に聞いたほうが確実で早そうだ…。(人に振りたがり)

 北欧神話辞典作る予定があるそうなので、期待。


> 第2の枷ドローミについては、レーディングの2倍の強さと書いてある日本語サイトを見かけますが、英訳では1.5倍の強さという意味の表現になっています。

 和訳のその部分が、「ドローミという名の二つ目の、倍も強い足枷をつくって」に、なっているので、普通に解釈すれば二倍と読めるかと。 ただ元の文章が、「二倍くらい」になっていたんだとすれば、1.5も2倍もアリなのかな? とは思います。

投稿時間:2003/02/01(Sat) 12:29
投稿者名:きよ
Eメール:kyamazak@ix.netcom.com
URL :http://home.ix.netcom.com/~kyamazak/index.html
タイトル:
四捨五入ですか?
>  北欧神話辞典作る予定があるそうなので、期待。
 これはもしかして Jinn さんのサイトですか?「北欧神話のみ一部復活」というわりには、http://www.asahi-net.or.jp/~aw2t-itu/mednorse/medindex.htm にゆくと、英文学のコーナーが残っていたりして..(もしかして立ち入ってはいけなかったんですかね)

>  和訳のその部分が、「ドローミという名の二つ目の、倍も強い足枷をつくって」に、なっているので、普通に解釈すれば二倍と読めるかと。 ただ元の文章が、「二倍くらい」になっていたんだとすれば、1.5も2倍もアリなのかな? とは思います。

 「一倍半」っていう表現が歯切れが悪いから、簡単に「倍」ってい言ったんならわかりますけれど、ハネ満も倍満もおなじ勘定だ、という考え方にはついてけません。

 そういえば、どっかで目にしたのですが、古ノルウェーの百(hundrað)は、120なんだと書いてありました。たしか、オラヴ王・トリュグヴァソンの竜頭船である「長蛇(Ormrinn langi)」に関連したどこかのサイトだったと思うんですが。
 この船名の和訳もコレでいいもんかどうかわかりません。なんか「長蛇の列」みたいでヘンともいわれそうですし。「竜」はなるべくく"dreki ドレキ"にとっときたいから、"オルム orm(r)"には使いたくないし。瀬田貞二流に訳せば「長虫」になるでしょうし。(笑)

投稿時間:2003/02/01(Sat) 20:18
投稿者名:岡沢 秋
Eメール:
URL :
タイトル:
倍数、気にするのかなぁ…
> >  北欧神話辞典作る予定があるそうなので、期待。
>  これはもしかして Jinn さんのサイトですか?「北欧神話のみ一部復活」というわりには、http://www.asahi-net.or.jp/~aw2t-itu/mednorse/medindex.htm にゆくと、英文学のコーナーが残っていたりして..(もしかして立ち入ってはいけなかったんですかね)

 立ち入っちゃ…ダメなんじゃないかな…^^; まだ復活中とのことで、リンクあちこち切れてますけど。

 あ、ちなみに先生のサイトで神様の名前発音してるの、アレ、生ヴォイスっす。世界唯一? 発音も聞ける北欧神話辞典。


>  「一倍半」っていう表現が歯切れが悪いから、簡単に「倍」ってい言ったんならわかりますけれど、ハネ満も倍満もおなじ勘定だ、という考え方にはついてけません。

 ヴァイキングって、金勘定は細かそうですが、その他はけっこう大雑把な気がするんですが…巨人族や神々の身長が話によって違ってたり、強いことを表すのに「12倍」などキリのよい数字をあてて、実際のところどうだったのか書いてなかったり。

 原文読めないのでわかりませんが、正確に訳すると「1.5倍」なんですか? それとも、「倍ほども」というアバウトな表現なんでしょうか。
 1.5倍強い、というのがどうも中途半端なように思ってしまいます^^;

>  そういえば、どっかで目にしたのですが、古ノルウェーの百(hundrað)は、120なんだと書いてありました。

 なんで20なんでしょう…。独特の単位?

投稿時間:2003/02/02(Sun) 08:17
投稿者名:jinn
Eメール:jinnit@kyorin-u.ac.jp
URL :
タイトル:
Re: 四捨五入は十進法的な考え方ではないでしょうか
>http://www.asahi-net.or.jp/~aw2t-itu/mednorse/medindex.htm にゆくと、英文学のコーナーが残っていたりして..

すみません、横レスですが。御指摘有り難う御座いました。そこのところは、あとかたもなく消去致しました。今後の復活を目指して、ちょっと残していたのですが、アクセスできるのではいけませんものね(^^;;;
>
> >  和訳のその部分が、「ドローミという名の二つ目の、倍も強い足枷をつくって」に、なっているので、普通に解釈すれば二倍と読めるかと。 

そうですね、そこは二倍という理解でいいと思います。

>  「一倍半」っていう表現が歯切れが悪いから、簡単に「倍」ってい言ったんならわかりますけれど、ハネ満も倍満もおなじ勘定だ、という考え方にはついてけません。

なるほど、ついていけませんか。けれど、北欧の言葉の感覚ではそうなのです。英語と同じように、「半分の」とするのではなく、halfu sterkaraで「二倍の強さの」という風に理解するのですね。
言語学的にその根拠をここで挙げるのは、スペースの関係上省略しますが、意味としては上に書いたとおりです。

> 古ノルウェーの百(hundra<eth>)は、120なんだと書いてありました。

それは恐らくきよさんが用いていらっしゃるzoegaの辞書ではないかと拝察致します。一ダースが12ということからもわかるとおり、あちらは十二進法の文化なので。

投稿時間:2003/02/02(Sun) 15:11
投稿者名:きよ
Eメール:kyamazak@ix.netcom.com
URL :http://home.ix.netcom.com/~kyamazak/index.html
タイトル:
数の話
> すみません、横レスですが。御指摘有り難う御座いました。そこのところは、あとかたもなく消去致しました。今後の復活を目指して、ちょっと残していたのですが、アクセスできるのではいけませんものね(^^;;;
 おっと、立入ってはいけなかったんですね。失礼しました。私は Google からお邪魔したのですが、サーチエンジンに見られにようにするには
<meta name="robots" content="noindex,nofollow">
を入れるとよいようですよ。

> > >  和訳のその部分が、「ドローミという名の二つ目の、倍も強い足枷をつくって」に、なっているので、普通に解釈すれば二倍と読めるかと。 
>
> そうですね、そこは二倍という理解でいいと思います。
>
> >  「一倍半」っていう表現が歯切れが悪いから、簡単に「倍」ってい言ったんならわかりますけれど、ハネ満も倍満もおなじ勘定だ、という考え方にはついてけません。
>
> なるほど、ついていけませんか。けれど、北欧の言葉の感覚ではそうなのです。英語と同じように、「半分の」とするのではなく、halfu sterkaraで「二倍の強さの」という風に理解するのですね。
> 言語学的にその根拠をここで挙げるのは、スペースの関係上省略しますが、意味としては上に書いたとおりです。

何かやり込められてしまった感じですが、前ポストではけっしてBrodeur 訳だけを鵜呑みにしたポンと出したのではなく、いちおう Zoega 辞典も引いたので、それを弁明というか傍証として出させていただきます。元は http://www.northvegr.org/zoega/h187.html ですが、わかりやすいように、日本語に直します:
>(2) (中性) ha'lfu [アイスランド語] "by half"[英語]。比較形に合わせてさらなる強調を意味する。とても。はるかに。 (用例) ha'lfu verri よりずっと悪い。 ha'lfu meira よりうんと/はるかにもっと。ha'lfu si∂r よりはるかに少ない。

 この辞書によれば、英語の語感の"by half"でさしつかえないように見受けます。また、「二倍」だとの解釈はしておりません。
 しかし、ご両人ともが「1・5倍というのは、精度が高すぎるような表現で、これはもっとさじ加減の、もしくはドンブリ勘定の表現なんだ」とおっしゃりたいのならば、それはわかります。いささか自分の思考が理工系チックなのかもしれませんが、私の場合はこういうことが考えに浮かびました。もし、この挿話に「グレイプニルもドローミの"ハールヴ・ステルケリ"の強靭さの枷だった」という句が入っていたとします。その場合、おそらくどこかのサイトには「グレイプニルは累算してレージングのx4倍の強さ」と書かれていたろう―だんだんずれていく、。。と。

 また、古アイスランド語にだって、"tvi' か tveim"をつかった「二倍」という表現があるんでしょうから、「二倍」をつかうのはそちらを和訳するのに温存するべきだと思うのです。例えば、同じ作品や同じシリーズの作品のなかで、"tvi', tveim" の表現と、"halfu'"の表現のどちらも使われていたら、かたや「二倍」かたや「一倍半」のような言いまわしにして区別をのこしておくのが、訳者としてのとるべきスタンスだと思うのですが、いかかがでしょうか。これは、そも
そも意味の区別があるということが前提になりますが、私が「ついてけない」といったのは、もともとそうした区別があってもないがしろにするという考え方のことなのです。

> > 古ノルウェーの百(hundra<eth>)は、120なんだと書いてありました。
 この発言も、ぽつりともらすだけじゃ言わんとしたかったことが伝わらないようなので、咀嚼して説明します。まず、ノルウェーで「hundra<eth>」というと 120 を意味することについて「そいつは知らなかった!」という感慨。たとえば「オラヴの乗組員が"300"」と書いてあったらそれは"360"かもしれないんですね、ということです。 
あと、「十二進法の100」というのは144=1グロス=12ダースですから 120 というのは、あまり馴染みのない単位だな、と思いましたまでです。

 もしかして皆さん数字アレルギーでした?でしたら長々すみません。

投稿時間:2003/02/02(Sun) 19:40
投稿者名:岡沢 秋
Eメール:
URL :
タイトル:
ん? もしかして
 12進法を使うと「hundred」は120になるけど、10進法を使うと100になる。なので、12進法だった過去の時代には、「hundred」は120だったが、現在は10進法なので100なんだ、同じ言葉で内容が違ってるんだ、ってこと…でしょうか。

 で、古アイスランド語の「ha'lfu」は現代の英語で言えば「by half」なんだけど、古アイスランド語のほうは「2倍」を意味して、英語のほうは「半分」を意味する…っていうこと、でしょうか。

 それは日本で言う「元旦」と中国で言う「元旦」の内容が違うとか、日本語の「オタク」と英語の「otaku」の意味が違うとか、そういう話…なんでしょうか^^;


>きよさん
 ええ、私の場合ですと、英語と数学がとーてもニガテです〜。
 得意科目は生物と体育と美術でした。(笑)

 で、いっこ上の書き込みは、jinnさんのご希望で消させていただきました。ちょっと早まったそうです^^;

 きよさん、jinnさんはあだ名ではなく本当に先生なんで、英語でも古アイスランド語でもフツーに読めますよ…この教養の無い管理人と同レベルのお友達ではないっス…^^;

投稿時間:2003/02/03(Mon) 11:20
投稿者名:きよ
Eメール:kyamazak@ix.netcom.com
URL :http://home.ix.netcom.com/~kyamazak/index.html
タイトル:

>  12進法を使うと「hundred」は120になるけど、10進法を使うと100になる。なので、12進法だった過去の時代には、「hundred」は120だったが、現在は10進法なので100なんだ、同じ言葉で内容が違ってるんだ、ってこと…でしょうか。

 Zoega 辞書には、両方のタイプの百があることになっています。だから百といえば100の場合もあるようです。しかし、どこでどう使い分けられているのかまでは、私にはわかりません。
トールキンの『指輪物語』では、ビルボの誕生日に"eleventieth"=110?という架空の数詞が出てきますけどね。
 『シドレクスサガ』のテキストだと、ローマ数字(例えば iiij=4, xij =12)で数字が表されていることが多いですね。Henrik Bertelsen編(コペンハーゲン:S.L. M&oslash;llers bogtrykkeri社 1905-11年)を手にしてみましたが、紙質がボロボロの状態ですからですからコピーとるわけにはいかんのですが、手入力で写した部分があります。
>Studas er nv | gamall. Enn hann aa einn son sem Studas hiet >sem fader hans. Hann [var xij vetra gamall.
>ストゥダスは今やご老体となった。彼にはひとりの息子があり、
>ストゥダスという名だったが、父親に(ちなんでつけられた)。
>(息子)は齢十二歳だった。
(ほんとはあまり確かに読解できていないんですけれど、意味はだいたいそんなところだと思います。"gamall"は2度でてきますが="old"なはずです。

>  で、古アイスランド語の「ha'lfu」は現代の英語で言えば「by half」なんだけど、古アイスランド語のほうは「2倍」を意味して、英語のほうは「半分」を意味する…っていうこと、でしょうか。
 英語の"by half"は、「〜の半分」じゃあないんです。研究者英和辞典を調べると:
  (定義1)半分だけ
とでています。ちょっと説明足らずな気もしますが、"stronger by half"は、「半分だけより(よけいに)強い」 つまり「一倍半強い」ということなのです。

 そうですか、すると数字ネタはあんまりですか。ですが北欧人でも『ハウクの本』を編纂したハウクと言う人は、サガや『巫女の予言』の羊皮紙本を集めるほかに、自分の数学論も書き残したと書いてありましたよ。

投稿時間:2003/02/03(Mon) 12:17
投稿者名:岡沢 秋
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URL :
タイトル:
二倍でいいんじゃないでしょうか
 私としては、和訳が「二倍ほど」になっているということは二倍ほどだったんだろう、英語に直すと意味が変わるだけだ、と思います。
 信頼できない訳本ならともかく、そう書いてあるということは、何か理由があったんだろうし。

 まさか間違いや不備の多いことが知られているオンライン上の情報のほうを取るわけにもいかないし(笑)


>  そうですか、すると数字ネタはあんまりですか。ですが北欧人でも『ハウクの本』を編纂したハウクと言う人は、サガや『巫女の予言』の羊皮紙本を集めるほかに、自分の数学論も書き残したと書いてありましたよ。

 て、いうか、数字はあんまり気にしないです^^;
 神話や叙事詩に出てくる数字は、キリのいいものか、何か意味のある数字で、実際の数字ではないので。
 ハウクさんについては、何もんなのかよく分かってませんが、それが神話内に登場する数字についての考察だったら興味はあります。


 あまり関係ないですが、今は、北欧神話中に登場する植物についての考察のほうにちょっと入ってます。
 アイスランド人は、トネリコにリンゴがなると思っていたかもしれないそうです。なのでイドゥンの持つ「若返りのリンゴ」が、ユグドラシルに実っててもおかしくないんだという説があるとか。
 ヤドリギのことを一本で生える木だと思い込んでいたようだ、とか。
 たぶん、現代の常識ではなく、「当時の」常識を考えて読むべきなんでしょうね、神話ってのは…。

投稿時間:2003/02/03(Mon) 15:13
投稿者名:きよ
Eメール:kyamazak@ix.netcom.com
URL :http://home.ix.netcom.com/~kyamazak/index.html
タイトル:
ハウクの本
> >  そうですか、すると数字ネタはあんまりですか。ですが北欧人でも『ハウクの本』を編纂したハウクと言う人は、サガや『巫女の予言』の羊皮紙本を集めるほかに、自分の数学論も書き残したと書いてありましたよ。

>  て、いうか、数字はあんまり気にしないです^^;
>  神話や叙事詩に出てくる数字は、キリのいいものか、何か意味のある数字で、実際の数字ではないので。
>  ハウクさんについては、何もんなのかよく分かってませんが、それが神話内に登場する数字についての考察だったら興味はあります。

 すいません。説明たらずでした。Hauksbo'k です。『ハウクの本』というのは通用している和訳名なのかじつは判らないのですが、重要な写本の名前です。Flateyjarbo'k => フラテイ本,フラート島本なので、推測です。
 編纂したのはハウク・エルレンドソン Haukr Erlendsson (1334年没)という人です。本の多くは、この人自身による書写らしいです。
 『赤毛のエリク(エイリク)のサガ』や、『王書(codex regius)』よりもスノーリが引用しているののにより近い形の『巫女の予言』が収められています。

 また、『ヘルヴォルとヘイズレクのサガ』のテキストのひとつもここにあります。
『ヘルヴォルとヘイズレクのサガ』のテキストは、
 1) デンマーク王室図書館(Det Kongelige Bibliotek)所蔵の羊皮紙本を、"R"本(Royalの略―英語圏だけかも)
2) Hauksbo'k 『ハウク本』の羊皮紙本のものを"H"本とし、
3) 紙の写本をまとめて"h"と称すようです。

* ハウクが書いた数学論文は "Algorismus"という題名です。

 この Hauksbo'k の中の各テキストには、AM 371,544,675,410 というカタログ番号がつきますが、この AM とは アールニ・マグヌースソン &Aacute;rni Magn&uacute;sson (1663-1730年)のラテン形名 Arnamagn&aelig;an の略のようです。
 アールニ・マグヌースソンは、もともとデーン王室のために写本のコレクションをした人物でした。

 近年、アイスランドが写本の返還をもとめて『王書(codex regius)』や、『フラテイ本/フラート島本(Flateyjarbo'k)』はそちらの手に返り、アールニ・マグヌースソンのインスティトゥートという場所に保管・展覧されているそうです。
 

投稿時間:2003/02/04(Tue) 19:06
投稿者名:岡沢 秋
Eメール:
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タイトル:
数字・・・。
 えー、アホなオレにはいまいち良く分からないのですが…halfの件は、こういうことだそうです。

『アイスランド語でのhalfというのは、英語のように単位をあらわす比較級ではない。
 アイスランド語では、halfu + 比較級で、比較されるものが比較するものの半分になる。
 このhalfuというのは、形容詞の中性(形容詞中性はしばしば副 詞的用法に用いられる)の与格形で、意味としては「半分となるような」という感覚。

 中性の形容詞が副詞的に使われるときは多くの場合、主格もしくは対格形。』

 だ、そうです。
 意味…わかります…?^^;

投稿時間:2003/02/06(Thu) 20:03
投稿者名:岡沢 秋
Eメール:
URL :
タイトル:
熟語表現
分かったような、分からないような。
ジーニアスの英和辞典とかその他参考に、まとめてみました…

> fetter stronger by half [英]

by half=通常だと「半分だけ」
比較級としては「とても、非常に」という意味の副詞句。

> fjo¨tur ha'lfu sterkari [原文]

halfu+比較級=二倍。
halfurだと「半分の」という意味の形容詞。

っつーこと…でしょうか…?^^;

投稿時間:2003/02/08(Sat) 13:56
投稿者名:きよ
Eメール:kyamazak@ix.netcom.com
URL :http://home.ix.netcom.com/~kyamazak/index.html
タイトル:
Re: 熟語表現
 要するにそういうことをおっっしゃているのだと思います。つまり英語の "-er by half" と アイスルンドの "ha'lfu -er" とは語感とかニュアンス異なるのだと。
 数学的に言えば、前者は(1+1/2)で掛算する、後者は1/2で割算するのと同じだと。

 語感的には "-er by half"[英]は、「半分だけ加味した量」つまり一倍半というふうに聞こえるが、アイスランド語では、そうでないとのことですね。
 あえて「半分」という言葉をいれて駆使して説明するならば、 「それに比べるとレージングがほんの半分にしかみえないほどに、より強靭なドローミは、..」みたいなるが、それだとくどいので二倍でよろしい、と。
 ただ「〜の感覚」とのことで、「tveir, tvennr, tveim」をつかったものでおそらくあろうと思われる「二倍」という表現とは同義だとはおっしゃられてないところが微妙かな、と。

 他の男・女・中性などの性や、主・属・与・対)格の話は、アイスランド語の特色のことをおっしゃられているんだと思います。
 もともとは「半分の」という形容詞・副詞の話ですよね。

 他の言語だとふつう形容詞は、それがかかる名詞にあわせて同じ性を持ちますよね。たとえばドイツ語だと:

 (中性=Das性) ダス・キント => シェーネス・キント
「The 子供」  「美しい子供」
<子供が中性なので、形容詞も -s で終わる>
 (女性=Die性) ディー・ユンクフラウ=> シェーネー・ユンクフラウ
  「The お嬢さん」    「美しいお嬢さん」
        <お嬢さんが女性なので、形容詞も -e で終わる>

 ところが、アイスランド語では、くっつく名詞に合わせるんじゃなく、根っからの中性の形容詞とか(ha'lfu)とかがあるそうなのです。 
 あと、蛇足ですが、フェローのバラードには「ダブル」を意味する語がでてきます。
 シュールヴァルの母ヒエルディ(シグルズの母ヒェールディス)のが身重なときの「d&oslash;pul mein」つまり「2重の苦痛」という句です。
 古アイスランドにも一部"&oslash;"(斜線にくし刺しされた"o")がはいった言葉はあり、フェロー語の多くは Zoega 辞典にも載ってるんですが、こいつはありませんでした。

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