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バアル Baal/Barl

古代名:バアル、バール/ギリシア名:−/別称・別綴り:シリア名では「Baal」。「Barl」になっているサイトも見かけたが、通常は使わない
性別:男性


――――荒ぶる砂漠の嵐神

主な称号

主な信仰
カナアン系バアルもとは、西セム系の神。アナト、アスタルテなどとともに、シリアから渡ってきた神。バアル、という名は「主人」を表し、地方によって「バアル・何々」と後に地名などが続く。

シリア人が大量にエジプトに移住した時代に、シリア人とともに信仰も移り、エジプト風になったものが、エジプトにおけるバアル神だ。新王国時代には、フツーに昔からエジプトにいましたよってな顔をして登場する。
砂漠、嵐の神であったことから、エジプト神話における似た属性の神、セトと同一化され、妻までセトにとられてしまう(笑) 右図のバアルが元々のカナアン系の姿だが、エジプトでは基本的にセト神と同一視され、セト神の姿で表現されることが多い。(名前だけ"バアル"と記載される)

もともと属する神話はウガリット神話で、そこでの彼は「主神」となっている。また豊穣の神であり、死の神モートと戦って、エジプト神話のオシリス同様に死と再生を繰り返す神でもある。


神話
下部参照

聖域
本国には聖域が沢山合ったが、エレミヤなど預言者のみなさんに壊されてしまいました…。

エジプトでは、メンフィスあたりに居候。
シリア方面からの移民の神なので、移民が定住した港町に神殿が築かれた。

DATA

・所有色―赤
・所有元素―火
・参加ユニット―戦闘的家族<バアル=セト、アナト、アスタルテ>
・同一化―セト
・神聖動物―なし
・装備品―東方風の衣装

◎補足トリビア◎

バアル。
現代ヘブライ語では、夫のことも「バアル」と呼ぶらしい。

バアルはもともと「主人」という意味があるので「うちの主人は〜」というのが「うちのバアルは〜」に変化してもおかしくなさそうだが、三千年の時を経て、バアルもずいぶん格下げというか身近になったというか。

一家に一人、お父さん(バアル)。
ご近所のバアルさん。
女性は結婚すれば、あなた専用のバアルが手に入ります。(思う存分アナト様の役を果たしてください^^)


※イラストは「ふすたーと」のさくるさん画です。



【Index】



【バアルの変遷〜本来の姿とエジプトでの姿】

バアルは、もともとエジプトの神ではない。
紀元前1663-1555年ごろ(※この年代には前後50年くらいの誤差がある)の、「第二中間期」と呼ばれる時代、またはそれより少し以前に、エジプトの東方から渡ってきた人々が信仰していた神である。
…と、いうとエジプト神話のファンからすると「えー! もともとエジプトの神じゃないの」と、いわれるし、逆に、メソポタミア神話のファンの人は「うちのバアルがそんなところにも!」と、吃驚されるところかもしれない。
古代世界では、人の行き来とともに神々も移住をしていたと考えられるが、紀元前のほとんど記録も無い時代で、これほどはっきりと信仰の転移が分かることも珍しいだろう。

バアルをつれてきた人々は、侵略目的、あるいは単に新天地を目指して移住して来た人々だったとされる。
異国の神は、自らを連れてきた人々の定住とともに「定住」の道を選び、エジプトの信仰に取り入れられていった。その結果、信仰の発祥した「本国」と、「移住地」とでは、信仰の形態や、神そのものの性格も変わってしまったようなのである。

その変遷について、自分の調べられる範囲で確認してみた。


バアル<セム語での発音はBa’al>
自作。
出身地は、カナアン(カナーン)。
一時はエジプト支配下にも入っていた、聖書にも登場する古い土地である。
カナアン系神話はメソポタミア神話群に近いニュアンスを持っているようで、神話の原典はくさび文字で粘土板に書かれている。

カナアンというと、東地中海地方の少しアバウトな範囲になるのだが、バアルやアナトたち、エジプトに「移住」した神々の登場する神話は、その中でも「ウガリット系」である。
ウガリットとは遺跡の名前で、紀元前1500年ごろ、ちょうど、エジプトの第二中間期ごろに栄えていた都市国家で、地中海のクレタ(ミケーネ)文明とのつながりもあった。

地中海文明からの影響ゆえか、ウガリット遺跡から発見された粘土板の楔文字の種類には、わずか30少々の文字しか無い。シュメールやアッカドの楔文字が数百種類もあることからすれば、ケタ違いのシンプルさだ。
ただし研究者の言うところでは、文字数が少ないだけで書いている言語自体は近いとのことだ。


ウガリットから出土した粘土板に記録された神話には、バアルやアナト、アスタルテ…そして、一部のゲームで大活躍のヤム、モトなどの神々が登場する。ただ、粘土板は破損が多く、言語自体がまだ完全に解読されていないこともあって、知られている神話はごく僅かなようだ。



ここから、エジプト/カナアンの信仰の違いを項目ごとに並べてみよう。

■基本属性

エジプト神話側からすると意外かもしれないが、本来のバアルは豊穣神だったらしい。
エジプトでのバアルは、もちろん「戦いの神」。荒ぶる神、セト神と同一視され、眷属か、または同一人物とさえ見なされていた。

その原因のひとつは、どうやらエジプトの砂漠気候にあるようだ。
カナアンでの豊穣神は「雨を降らせる」ことになっている。雨は雷とともに来る。ゆえにカナアンでのバアルは雨・雷・雲、または嵐で象徴された。だが悲しいかな、エジプトは、雨が降らない国だった…。
水をナイル河に頼っているエジプトでは、豊穣の神は、オシリスやハピといった「河の神」である。雨の神はいないし、雨が豊穣の象徴となることもない。そんなわけで、バアルは雨を降らす神ではなくなり、雷や嵐の力強さに付随した戦いの神という属性だけが残ってしまったのだ。


ところで、本国のバアルには、雨の神らしく「きんと雲」ならぬ、お出かけ用の雲があったらしい。
自分用の屋敷をたてるとき、建築技師コシャル・ハシスと、こんな会話を交わしている。

「いや、宮殿に窓をつけてはならぬ。窓は必要ない。」
するとコシャル・ハシスがまた言うには、
「おお、バアルさま、あなたが雲にのって出かけるためには(なぜならばバアルは雷神ですから)、窓が必要ではありませんか。」
するとバアル神が、またも断固として言うには、
「いや。宮殿に窓をつけてはならぬ。窓は必要ない。」

−「ヘブライの神話 創造と奇蹟の物語」 矢島文夫−筑摩書房


コシャル・ハシスというのは、建築の神である。
なんでそんなに窓つけたくなかったか、というのには、笑える裏話が…いやいや、それはここでは書かず本を探していただくとして、敢えて言葉を濁しておこう。
雲に乗って、家から出かけるバアルの姿は、エジプトの壁画に登場するバアルからは、想像しにくい。むしろ、馬車に乗ってる姿のほうが想像しやすいだろう。
建築技師を雇って希望どおりの家を建てさせるなんて、そんなリッチマンな神だというのも…エジプトでの彼の地位を思えば、やや想像しにくいところがある。


■親族関係

カナアンでの父親は、全能神エルの息子・ダゴン(知名度は低いかもしれない)である。
ダゴンは海神としての属性を持っていたらしく、魚のシッポが生えている。が、それよりも何よりも、祖父がエル(=旧約聖書に出てくるヤハウェのことらしい)だということが、おどろきだ。

そんな由緒正しい神だったのか。<オイ

父親が海神、ということで、兄弟にも海に関係する者がいる。
竜の姿をした神、ヤム(兄)だ。バアルは、本来この兄が継ぐはずだった神々の王の座がほしくて、技術者に暗殺道具をつくらせ、兄殺しに挑む。
エジプトにおいて、セトと同一視されたのには、この「兄殺し」のエピソードが関係していたかもしれない。

他にも兄弟は沢山いて、妹にアナトとアスタルテ、弟(?)が、死神モト。他にもいたかもしれないが、手元の資料にあるストーリーに登場するのは、この4人だけ。と、いうことはセトと同じく5人兄弟になるわけだが…セトと違い、妻(妹)には非常に好かれていたようで。

エジプトにおけるバアルは、「ラーの息子」などと呼ばれ、アナトやアスタルテと同じく、太陽神ラーの眷属として受け入れられたようだ。
しかしながら、エジプトの神々と共演することは無く、セトと同一視されたにもかかわらず、オシリス神話には登場しない。
(※なお、解釈の仕方によって、バアルの家族関係は多少変化する。)


■偉業

…と、いうわけで、エジプトでオリジナル神話を作ることは無かったため、バアルに関する神話は、基本的に故郷の神話そのままになっている。
兄を殺して王座につくが、そのことで兄弟にあたる死の神モトと戦いになり、命を落とすも復活。
しかし、死の神であるモトは決して死なず、生を与える豊穣の神であるバアルは何度でも蘇るため、二神の争いは永遠に終わることなく、春と冬、豊穣と飢饉を繰り返す自然の周期を生み出す。

また、この神話では女神アナトが戦いの神らしいところを見せている。
兄バアルの妻でもある女神アナトは、兄の命を取り戻すためモトと戦い、モトを切り刻んで灰にして捨ててしまう。(イシスより怖い)
神話の別の部分では町ふたつ壊滅させた、などと書かれているし、実はアナトのほうがバアルより怖いのではないかという気が…しなくもない。

さて、この物語には、面白い結末がある。
バアルは、アナトやアスタルテとともにエジプトにやって来たが、彼の敵である死神モトや、兄ヤム、ヤムの眷属リタンなどはエジプトにやって来なかった。従って、バアルは「定期的に死ぬ」ことが、なくなったのである。
バアルの神話が、同じ兄殺しのセトの神話と同一視され、セトと同じく「死なない兄殺し」とされたのは、ある意味、自然なことだったのかもしれない。

本国でのバアル信仰は次第に薄れ、ウガリットの都市文明は、エジプト王国より先に終焉を迎える。(その後、他の地域で信仰されていた可能性はあるが)
その結果、東アジアのバアルと、エジプトのバアルは、全く別の道を歩むことになる。後に悪魔ベルゼブブに進化? したりするのは本国のバアルで、エジプトのバアルは、太陽神の眷属にしてセトの裏の姿となったのである。


■名前の意味

バアル、という言葉はセム語で「主人」を意味する。もう少し意味を広げると「神」ともなるようなので、信仰される神という存在の一般名詞でもあったと考えられる。(ちなみに女主人は”バアラト”)
特定の神を指定するには「バアル=○○」と、いう名前がついたらしく、そのようなお名前の神様をたくさん見かけたが正直何が違うんだか全然分からなかった^^;

エジプトに登場する”バアル”は、主に下エジプトに定住した人々の崇めた神で、バアル=サパン、または、バアル=ゼフォンという名前だったそうだ。
サパンは信仰の中心地であった山の名前、ゼフォンは「北の」を意味するという。

#ちなみにSFアニメ「ラーゼフォン」のゼフォンはここから来ているんだとか?

エジプトでの呼び名はセム語の発音に近い「バアル」(バール)で、発音的にはあまり変わっていないようだ。
名前をヒエログリフで書くと、セトの神聖動物が決定詞として、ついてくる。セトの一人格として見なされたがゆえだろうか。


■余談

バアル崇拝は偶像をともなうものであったため、ユダヤ教とはかなり折り合いが悪かったらしい。
預言者エリアやエレミアが、バアル信仰を追放したとの話もある。レヴィアタン討伐までしているのに、悪魔扱いとは、また可愛そうな。(いや、倒したのはアナトだったかも。バアルよりアナトのほうが強いしな)
結局のところ、バアルは「故郷を追われた」神だったのかもしれない。
亡命するとき妹二人がしっかりついてきてくれるあたり、兄弟仲は…女きょうだいに限定して、だけど…良かった、のかもしれない。


おおまかにまとめて、こんなところだろうか。
ウガリット神話は自分が詳しくないのと、資料があまりないのと、そもそもの問題として”研究があまり進んでいない”というのがあるため、バアルについてもアバウトで、研究者の推測によって補われているところも多い。

何にせよ、いまエジプト神話の中で見ることの出来るバアルには、色々と深い過去があったということだ。エジプト神話の中のどこかでバアルに出会ったら、「ああ、この神様もいろいろあったんだなぁ…」とか、ちょっと察してあげてください…。



【Index】