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エジプシャン・ビューティーの条件



日本で「世界三大美女」と言えば、「クレオパトラ・楊貴妃・小野小町」。なんで最後にいきなり小町やねん、というツッコミはさておき、エジプトと言えばクレオパトラを思い出す人が多いのは事実である。ところで、エジプト限定で「エジプト三大美女」と、いうものがあるのをご存知だろうか?

曰く、「ネフェルティティ・ハトシェプスト・クレオパトラ」である。
クレオパトラという名前を持つ女性は何人もいるが、ここではもちろん「クレオパトラ七世」のことを指している。一般にどれだけ知名度があるかは分からないので、ひとまずは、ぱっと思い浮かばない方のためにデータを挙げてみる。

[ハトシェプスト]
新王国時代、第18王朝
トトメス2世の妃。夫が亡くなったとき、継子であるトトメス3世が幼少であったため摂政の地位に就くが、実際には王権の全てを握り、やがては自らが王と名乗り、王権の全てを掌握するようになる。(実際にはトトメス3世と”共同統治”というタテマエのもと)
やがてトトメス3世が成長しても権力を手放さず、多くの神殿や、自らを湛える碑文を残したが、死後、それらのほとんどは破壊されてしまう。かつては、破壊はトトメス3世によって行われたと考えられていたが、実際は後世の王たちによるものだということが、現在ではほぼ判明している。

[ネフェルティティ]
新王国時代、第18王朝
アテン神という一神教への宗教改革を推進した異端の王、アクエンアテンの妃。彼女の両親が不明であることから、異国人だったという説もある。
夫と仲むつまじく手をつないだ像や、子供たちと戯れる壁画が残されている。
アクエンアテン統治時代に独特の「アマルナ美術」という形式によって作られた、彼女の美しい彫像はエジプトの遺産の中でも最も有名な部類に入るだろう。

[クレオパトラ七世]
プトレマイオス朝時代
いわずと知れた、エジプト最後の女王。ローマの権力者カエサルと、彼女のラブロマンスは有名な話。ま、実際に絨毯の中に潜んだかどうかは謎ですが。^^;
弟と結婚し王位を守るが、その弟に暗殺されそうになり国外に逃れたのち、ローマの支援を受けて軍を率い帰国。弟の軍と対決し、勝利を収め国を奪い返す。エジプトがローマに破れた時、自ら死を選んだ。


…以上。それぞれ、人物データを詳しく洗っていくだけで本が一冊書けそうなほど波乱に飛んだ人生を送った女性たちである。

もちろん本当に美女だったかどうかは、本人に似せたリアルな彫像が残っているネフェルティティ以外は不明なのだが(※…それも美人なのかどうか微妙)、エジプト史の中でも際立つ女性たちであることは間違いない。

「三大美女」という言い方が正しいのかどうかはともかくとして、まずは、彼女たちこそエジプトの伝統的な”美女”像であり、ぱっと思い浮かべられる”特別な女性”のイメージ原型であり、歴史に裏づけされたエジプトの文化的な”美の象徴”である、と定義するところから始めたい。

簡単に言ってしまうと、彼女たちが本当に美しかったかどうかはともかくとして、「美女と言ったら彼女たちなのだ」と、まずは納得してほしいということである。

さて、上記の三人から、エジプトならではの美女の条件を引き出すとしたら、どんなことが挙げられるだろうか。
彼女たちのいずれにも共通していることは、「凛々しさ」や「賢さ」、そして壁画や石碑に多く名を残すことから見られる「実績」である。

ネフェルティティについては、夫アクエンアテンの宗教改革を後押しした、だとか、夫の代理を務めた、といったこと以外、直接政治に関わったとは言えないが、ハトシェプストとクレオパトラ七世は、いずれも女性でありながら国の実権を握り、時には自ら軍を指揮している。
血筋が重視されるエジプトの古代王家の女性たちだから、美しさで王に取り入ったわけではないし、複数の男性の間で彼女たちが苦悩した、といったスキャンダルは無い。もちろん、浮気スキャンダルによって有名になった王妃がいないわけではないが、彼女は「美女」とは呼ばれないのである。

そう、容姿の美しさや、女性的魅力が優れていたものだったかどうかは、エジプト的美人に必要な要素としては、あまり問われていないのだ。「二人兄弟の物語」などの説話から推測するに、外見が美しくても心が美しくなくては意味がない、というのがエジプト人の感性だったようだ。

カエサルとのラブロマンスがもてはやされるクレオパトラでさえ、実際にはホレたハレた云々よりも、カエサルに利用価値があったために関係を持ったという説もある。(何しろカエサルの死後はアントニウスと関係を持っている。)


美しさよりも賢さを優先させ、つつましく家にこもる代わりに表に出て男と同様かそれ以上の働きをする…、そんな「美女」の像は、エジプトの神話世界にも現れている。
第一の女神であるイシスは、妻でり、母であり、夫と息子を優れた行動力と強力な魔法でサポートする存在である。また、戦の神であるセクメトやネイトは、いずれも女性であり、母でありながら、男神以上の働きをする。

古代エジプトにおける女神たちの地位は非常に高く、エジプト美女と呼ばれた女性たちの生き様と良く似た性格を持っている。神々が、その文化圏に生きる人々の共通意識を反映して生まれるものならば、古代エジプトにおける「すぐれた女性」のイメージも、女神たちと同じく、力強く、逞しい「一家(国家)の大黒柱」だったのではないだろうか。
…まぁぶっちゃけ「肝っ玉おかん」とかも入りそうな気がしますが…。


そんなわけで、エジプトで美女と呼ばれるためには、とにかく強く! そして、雄雄しい生き様こそ、美しく君を輝かせてあれ。
妻といえども、時には夫を越える実際的な働きをしなければならない。そして子を産み、立派に育てあげ、支えなくてはならない。間違っても、日本の美女のように、恋わずらいで儚くなったりはしないのだ。

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 −−さて、そうしてみると、現在の日本で「エジプト的美女」と呼べそうな人物として田中真紀子が真っ先に思い浮かぶ。…条件的にはピッタリだ。取り立てて田中さんが好きというわけではないんだけども、なんとなく。^^;
 今日から彼女を、永田町のハトシェプストと(心の中で)呼んでみたい。



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