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第十話 法廷−2、セト追放


  「エジプトの国は、ホルスに継がせよ。セトには、女神アナトとアスタルテを与えるがよい。」
戦の女神ネイトは、手紙の中でそう書いていました。
 美女姉妹を与えることで、セトの怒りを静めよ、と。ぶっちゃけ色仕掛けです。
 (アナト・アスタルテは第二中間期にエジプトに渡ってきた外国の神で、彼女たちが出てくるあたり、ここの部分はかなり新しい時代に付け足されたことが明らかなのですが…)

 全裸で出てきた、この、美しい女神たちを見て、セト神は一瞬、心奪われ、上の空になってしまいます。しかし、いざホルスが王冠を受けようとする段になると、ハッと我に返りました。

 「待て! このようなことで、私を納得させられると思うな!!」

チ。さすがセトさん、そう簡単には篭絡されてくれなかったか…って、既にこのシーンでは両脇に美女はべらせとるやんけ、意外とスケベ親父かッ?!

 オシリスの地位を継ぐのは、セトか? ホルスか?
 こうして、またも神々の審議は分かれてしまいました。セトには太陽の船を 守る力があり、国を治める力もある。しかしホルスには、それがあるとは言い難い。
 兄を殺害して地位を奪った罪は、どういうわけか、問われないのです。血筋と実力が伴えば、すべての罪は帳消しらしい。それが人の王国の正義。

 ラー「まったく… 。ホルスに王座継がせろとは、ネイトも難儀なことを言ったものだ。あやつの息子セベクには、何の問題もないのに」
 ババイ「何だと?!」
と、そのとき、一人の神が、突然、キレだしてしまいました。
 この神は、ババイといい、母親は不明ながらオシリスの息子という扱いを受けている神です。妾に生ませた子、とも、養子ともされています。

 ババイ「何故、こんな明白なことであなたは悩まれるのか。年を取りすぎて頭の回転も鈍ったとみえる。ご覧になるがいい、あなたはヨボヨボの王で、醜くよだれを垂らしているではないか。人間たちの誰が、あなたを崇めることがあろう!」

 ああ、そんな直球勝負を。みんな心の中では思ってても言わないのに…。
 皆の面前で、裁きもたらす神、ラーに対して反逆したとなっては、もう誰も、この神を庇うことは出来ません。九柱の神々はババイを追放の刑に処し、ババイは堕ちたる神となって、以後、冥界の片隅で、死者の内臓を喰らって生きるみじめな存在となってしまったのでした。

 一方、ラーは神々の面前であんなヒドイことを言われたので、相当機嫌を悪くしていました。
 ジジィ、ご機嫌ナナメです。奥の間に引きこもってしまい、出て来ようともしません。

 トト「まいったなア…。ラー様がすねちゃったよ。」
 オヌリス「まったく。なっておらぬ。責任というものがあろうに」
 トト「どうしましょう?」

 と、神々が困っていたところへ「私がご機嫌を直してきましょう」と言って立ち上がったのは、(この話ではラーの娘とされている)ハトホル女神。別の話では夫婦だったりしますが、まぁそのあたりはどうでも良く。
 ハトホル様の大人の色気と説得により、ラーは機嫌をなおし、いざ仕切り直しです。
 しかし、このとき既に争いは80年にも及んでいました。

 いや本当。80年。長い。ほぼ永遠に生きる神様にとっちゃ、年月なんかわりとどうでも良かったのではないでしょうか。
 あまりに長く続く審議に疲れて、ラーは、「どのように決めても争いは起こるのだから、エジプトを北と南のふたつに分けよう。上エジプトをセトがとり、下エジプトをホルスが治めるとしようではないか」と、提案します。
 もちろんホルスは納得いかず、怒りだします。
 イシスが後ろから口を添え、「二つの国はともに息子のもの。そうでなければ私は承知しない」とラーを睨みつけます。

 セト「…はッ。姉上が口を開くや否や、偉大な神々はもう怯えていらしゃる。これでは、法廷は姉上の言いなりだな。」
 イシス「おだまり、セト。お前の軽口など、聞きたくも無いわ。」
 セト「おお、怖い。これでは、どうやら私はここでは何も喋らせてはくれないらしい。いいでしょう。姉上がいる限り、私はここではもう何も喋らない。だが、喋らずとも、姉上につく者がいればこの棍棒で撃ち殺してくれる。」
 イシス「…それは、私に対する宣戦布告のつもりかしら?」
 ラー「まぁ、待て。お前たち。」

ラーは頭を抱えました。
 ここでケンカになっては困るけれど、イシスとセトが同席する限り、どうしても不穏な空気がたちこめてしまう。そしてセトが言うとおり、魔術の主であるイシスが口を開くたび、言霊で神々の心が揺れ動くのでした。
 いちどイシスを除いて話をつけなければなるまい、と、ラーは考えます。そこで、ナイル河の真ん中にある、中洲へ行くことにしました。

 ラー「皆のもの、場所を変えるぞ。中ノ島へ行くのだ。イシスを除いてな。」

 そして、イシスが後からついてこないよう、渡し守アンティを見張りとして置くことにしました。神々は、中洲で協議を続けていますが、イシスは、渡し守に渡してもらうことができず、島に渡ることが出来ません。
 鳥に変身できるイシスが、どうして鳥になって自力で島に渡らなかったのかは謎ですが、もしかして、結界でも張ってあったのでしょうか…。

 イシスは思案したすえ、魔法で老婆に姿を変え、アンティに近づきます。女子供と老婆は、相手を油断させるため、神々がよく使うテです。
 イシスは老婆の姿で、ここを渡してほしい、中州では息子が働いていて、お昼ごはんを届けてやらなければならないから、と、アンティに頼みます。

 アンティ「駄目だ、駄目だ。中ノ島では今、神々が協議をしている。どのような女も渡してはならないと仰せなのだ。」
 イシス(老婆に変身中)「それは女神イシスのことだろう? 私はただ、息子にこのを届けたいだけなんだよ。」

 …この会話、かなりヘンです。神々が協議してるところで働く人間の息子って一体。そして、粉を昼飯にする息子とは一体…。(焼いてパンにするのか?)
 しぶるアンティに、イシスは、自分のはめていた黄金の指輪をワイロとして渡し、こっそり中ノ島に渡してもらうことに成功します。
 そして、島に渡るや否や、次は、若い女に姿を変え、協議の合間に、ひとりぶらぶらしていたセトに近づきました。

 セトは若くて美しい女を発見するや否や、さっそくコナかけに入ります。(※こなをかける=口説く)
 嗚呼、やっぱりすけべ?!

 セト「奥さん…どうです。一緒にアヴァンチュ〜ルな一夜を過ごしてみませんか…。(男前に迫る)」 
 イシス(化け中)「だめですわ私など。私にはもう、夫がいるのですよ。」
 セト「では、せめてお茶だけでも(輝く歯)」
 イシス(化け中)「ええ…でも、私の話を、聞いてくださいますか。」

イシスはうそ泣きをしながら、訴えます。
 自分は羊飼いの未亡人であること。夫なきあと、自分には息子が残されたが、夫の弟がやって来て、その子をぶち、家畜を奪っていってしまったこと。

 イシス「だから、私たちには何も残されていないのです。どうすればいいのでしょう(さめざめ) どうか、神々のお慈悲を」
 セト「ぬう。なんてひどいヤツだ。正しい相続人がいるのに、その財産を奪おうなどというものは、国から追い出してしまえ!」

 あー。やっちゃった。
 とたんにイシスはもとの姿にもどり、高笑いしながら鳥になって空に舞い上がります。

 イシス「ほほほ、セト、あなたはたった今、自分の口で自分を裁いたのよ!」

セトは、ただ呆然としていることしかできません。正しい相続人から財産を奪おうとする者、それは、彼自身のことに他ならない、と気づいたからです。
 彼は欺かれたことを他の神々に訴えますが、「自分で自分を裁いたのだから、他にどんな不満があろう」と、相手にしてもらえません。いい加減、長く続きすぎる協議にウンザリしていたので、さっさとケリをつけたかったところへ、自分からコケてくれたのだから願ったり叶ったり。

 どうにも収まらないセトは、まず、言いつけを破ったアンティのかかとの皮を剥いでお仕置きし、ついで巨大な豚に姿を変えて、ホルスを襲いました。
 突然の襲撃に、ホルスは左の目を傷つけられてしまいます。神々の面前で行われたこの侮辱に、ラーは怒り心頭、「豚は未来永劫、忌まわしい動物とせよ!」と、叫んだとか。

 セトはそのまま南の地へ向かい、あくまで自分がエジプトの王だとして反旗を翻したといいます。
 神々の軍勢を二つに分けての争いが、どれだけ続いたかは分かりません。しかし、最終的にホルスが勝利を収め、父の座を継ぐのです。

 傷つけられたホルスの目は、トトが月の力を借りて、癒したとされています。
 「ホルスの両目は太陽と月をあらわす」と、言われているのは、こういう訳だったのです。トトが与えた月の目と、頭上に太陽円盤を抱くハトホルの与えた太陽の目と。
 そして、月は満ち欠けをすること、太陰暦には閏日があることなどから、このときトトの与えた月の目が、ほんの僅かに足りない部分のある「ウジャトの目」と、呼ばれる、特別な象徴となったのです。

 神々の争いの物語は、これでおしまい。
 オシリスの王位はホルスが継ぎ、セトは渋々、その下につきました。
 この物語には、細部の異なったものや、ここには書かなかったエピソードの入っているものも多くありますが、それは、最初に書いたとおり、まとまったテキストが存在するわけではなく、後世にプルタルコスが書き残したあらすじに沿って、各地のテキストを集めて繋ぎ合わせて再現されているものだからです。
 つなぎあわせる断片を変えれば、ストーリーもまた、違ったものとなるでしょう。
 いろんな「ホルスとセトの戦い」エピソードを集めてみるのも、面白いかもしれません。


【ワンポイント】

アナト、アスタルテは新王国時代になってから、主にナイル下流地域で信仰されるようになった、カナアン系の女神様。
カナアンがどこだか分からない人は、まぁ大雑把にメソポタミアのほうから来たと思ってくだサイ。
そっちから移住してきた人々とともに信仰が広まり、いつのまにやらセトの愛人とされたのですね。アナト様に至ってはダンナを見捨ててる感もありますが、神様にも色々家庭の事情があるのだと、あるのだと察してあげてください…。

 



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