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第二十話 難破した水夫の物語


 この物語は、エジプトの南・ヌビアへと遠征していた親衛兵のひとりが、使命を果たせず気落ちしている上官に語った過去の体験談、という形式を取っています。ひとつの物語の中で何人かが話をする、というアラビアン・ナイト形式の物語は、エジプトでもかなり古い時代から馴染まれていました。(「ウェストカー・パピルスの物語」も、そうです。)

 現在では、一番最後に話をした人のぶんしかパピルスが残っていないので、その話の内容から「難破した水夫の物語」と呼ばれているんですが、実際は、上官を慰めるために皆で体験談を語る物語なんだから、「気落ちした上司の物語」と、呼んだほうが、正しい気もしますがねぇ^^;

 …ま、そんなのは今さら直しようもないんで、この、残されている親衛兵の物語を聞いてみましょう。

 それは、かつて親衛兵が、王の命によってシナイ半島の鉱山へ向かおうとしていた時のことでした。不運にも嵐に襲われた船はバラバラになり、生き残った彼はたった一人、どこかの島に流れ着きます。

簡易図。 エジプトで船旅っつったら、大概は紅海突っ切ってシナイ半島に行くことを指してました。地中海の向こうっかわへは行きません。何でって? そりゃ、まだギリシアがド田舎だった時代だからですよ。
 この話の時代は第12王朝だろうと言われてますから、クレタ島でミノア文明が絶頂だったあたりの時代…ですか。 分かりやすく言うと、「すっげー昔」です。(笑)

 そんな昔なもんだから、南のほうは謎の国。
 エジプトの南には、「プント」という伝説の国があるとされておりました。伝説にも近い古代エジプトで、さらに伝説と呼ばれていた国ですからねー。
 プントは、貴重な没薬(ミルラ)がふんだんにあり、香木やヒョウの皮など珍しい品々が産出される国と考えられていました。いわば、楽園のイメージです。
 楽園つったら花と黄金が定番…なんですが、エジプトはハスの花が咲くし金はバリバリの産出国なので、むしろ砂漠では取れない植物や動物のほうが、貴重なものとして登場するようです。面白いですね。

 難破した彼がたどり着いたのも、まさにそんな「エジプト的」楽園。
 そこには立派な野菜がたくさん生えており、イチジクやキュウリやブドウがたわわに実っています。おなかを空かせた水夫は、抱えきれないほど食べてひとまず落ち着くと、神様に祈っていました。
 と、そのとき、どこからともなく凄い音が!
 振り返るとそこには、巨大な蛇が?!
 「誰がお前をこの島へ連れてきたのか。誰なのだ。言わなければ燃やす!
…なんだか知らないけど、めっちゃ怒っています。
 いきなり巨大な蛇が出てきて話しかけても、普通の人間ビビるだけなんですが。寝起きですか?(違う)

 水夫がガタガタ震えていると、蛇は彼をくわえて、自分の家にお持ち帰りしてしまいました…。
 あまりの恐ろしさに地面に這いつくばっている男にむかって、蛇はさらに質問を繰り返します。誰がこの島へ連れてきたのか、と。
 まるで、追っ手に怯える逃亡者のよう。(笑)

 男は必死で答えます。自分は、船に乗って海に出たのだか嵐に逢い、たった一人生き残って、この島へ辿り着いたのだ、と。
 それを聞くなり、蛇はいきなり優しくなりました。
 「おおー、それは苦労したな。それは神様のおぼしめし。(ってアンタも神ちゃうんかい)この島には不足するものは無い、4ヶ月かそこらすれば、お前の国から船が来る。それまでは、ここでしばらく暮らすが良い。」
 「はあ…。ありがとうございます」
なんだ。いい人(蛇)じゃん。
 ほっとした水夫は蛇と打ち解けて、蛇はヒマを持て余したジイさんよろしく、昔の話などしはじめました。

 むかし、この島には沢山の仲間がいました(みんな蛇なの?)。その数は全部で75匹。おじーちゃんおばーちゃんから同級生まで、てんこ盛り。
 ま、4ヶ月もありますからね。4ヶ月島でふたりっきりv ですよ。途中すっ飛ばされてますが、おそらく、75匹全員についてのプロフィールなど延々と語り続けていたのではないでしょうか。
 最後に蛇は、懐かしそうに、自分の愛するひとり娘(やっぱり蛇なのか)のことについて語りだします。
 娘は、他の仲間たちとともに、空から落ちてきた星に焼かれて死んでしまったのだ…と。
 自分は留守にしていたので一人だけ助かってしまったけれど、妻も娘も仲間たちも、みんないなくなってしまった。
 今、たった一人になってしまった自分には分かる。家族と一緒に暮らすことが、どんなに素晴らしいことなのか。帰るべき故郷があるということが、どんなに嬉しいことなのか…。(ホラここ! 泣くとこですよ?)

 そんなこんなで長くお世話になったあと、水夫は、故郷に帰り着いたなら必ずこのお礼はいたしましょう、と言いますが、蛇は、そんなもの要らない、ここには何でもあるのだから、と断ります。
 それよりも自分はエジプトの国での名声が欲しい。
 プントの支配者(土地神ということでしょうか)である自分が、エジプトの国であがめられるようにして欲しいのだ、と言います。供え物なんかより、信仰心こそ神にとってのパワーですから。

 やがて蛇の予言したとおり、たどり着いてから4ヶ月後にエジプトの国からお迎えの船がやって来ました。
 「この島は、お前が去ると海に沈む。もう二度と見ることは無いだろう。…達者でな。家族を大切にしろよ」
 いい神様だ!!
 水夫を送り出すとき、蛇は、お土産までくれました。プントの貴重な香料です。ひと財産ですよ。蛇の打ち明け話を4ヶ月聞いてるともらえます(?)。そんだけ水夫が気に入られたってことなんでしょうが。
しかも、お土産が黄金でも財宝でもなく、香料(植物性)や動物の毛皮、っていうところが、もンのすっごくエジプトチックです(笑)
 水夫は無事、故郷にたどり着いたそうです。

 …と、いうわけで、男は、蛇神にもらったお土産を王様に献上して今の地位につき、言われたとおり、家族を大切にして平和に暮らしているのでした。


 「だから、失敗してもいいことはあるもんなんだよ? どこで命を拾うか分からないんだから。」
と、この男は言いたかったようなんですが、浮かない上司は溜息をついて、一言。
 「朝には喉を切られる小鳥に、朝早く水をやるだろうか、我が友よ。(死ぬ前にそんな話聞いたって、仕方ないさ…)」
↑オチ。
 
…けっきょく上司は気落ちしたまんまなのね。


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