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第二十四話 マアトとゲレグ(前)

−うそとまことの物語−

 大雑把に日本語に訳すると、マアト=まこと、ゲレグ=うそ、という意味。だからって古代エジプト語の名前をわざわざ日本語に直さんでもいいような気がするが、直すと何故だか物語が田舎くさく聞こえるのが面白い。

 さてお立会い。かつて太陽神ラーがまだ、地上の王として現世に君臨していた頃、…時代の順序としては、ブチ切れて人類抹殺をたくらむ前のお話。
 太陽の都ヘリオポリスには9柱の神々がおわし、地上を直統治していた時代のことです。

 マアトとゲレグ、という、似ても似つかない兄弟がおりました。
 兄のマアトは名前のとおり実直、正直。弟のゲレグは嘘つきでずるい男でした。そして、真実という言葉には美しいの意味もあるように、マアトは美男子でしたが、ゲレグはあまり美しくありませんでした。

 マアトとゲレグ、名は体をあらわす、というよりは、古代エジプトでは本名とは別に呼び名、あだ名を持つことが多かったようなので、おそらく、二人の性質をあらわしたあだ名なのでしょう。

 二人の実家はそれなりに資産があり、まあ、それなりにうまくやっていたようです。
 あるとき、兄のマアトは弟にナイフを貸してくれないかといいました。兄は良い人でしたが、ちょっと抜けたとこのある人だったので、自分のナイフを無くしてしまったのです。
 地味にケチな弟は、しぶしぶナイフを貸しました。
 ところが運の悪いこと、なんとマアト兄さん、ぼーーっとしてて、今度は借りたほうのナイフまで無くしちゃったようなのです。

 弟「無くしただって! オレのナイフを無くしたっていうのかよ、兄さん!」
 兄「ごめんごめん。おわびに僕のをあげるから」
 弟「ごめんで済むかよ! あれはなあ…家宝と言ってもいいくらい高価なものなんだよ!! 刃には貴重な鉱石を使い、柄はコプトスの木から削りだしたもの。鞘は神殿のデザインに似せ、皮ひもは神牛の皮から作ったものなんだぞ!」
 兄「・・・・・・へ?

 いや、そんなナイフ普通無いです。
 日本で例えるなら、”ウチの出刃包丁はヤマタノオロチの尾から出てきたものです”と、言ってるようなものです(笑)。
 いくらぼーっとした兄さんでも、それは違うだろうって気がつきますね…。

 兄「そんなナイフじゃなかったよね…ふつうのナイフだったじゃん」
 弟「いーーやっ。兄さんはぼーっとしてるから覚えてないだけなんだ。オレはそれくらい素晴らしいナイフを貸してやったのに、兄さんはそれを無くした。このオトシマエはどうつけてくれるんだよ」
 兄「おとしまえって…。ふつーのナイフなんだから、ふつーに代わりの返せばいいんじゃない?」
 弟「それじゃつりあいが取れないだろうが! ふん、いいさ、兄さんがそのつもりなら、オレは法廷に訴えてやるからな。」

 たかがナイフ一本で裁判起こすとか言っとります、この人。ダチョウ倶楽部ですか(笑)→「訴えてやる!」
 普通ならことが露見してゲレグは物笑いの種になるはず。
 でも、マアトはあまりに人がよくて、弟がウソをついているとはっきりいえません。大してゲレグは、それこそ恥も臆面もなく、在り得ない嘘八百を堂々と述べています。
 その、あまりの堂々っプリに、在り得ないのに、神々は信じてしまったのでした。

 法廷っつったって人間の法廷ではないですよ。そこはラーさまのおひざもと。9柱の神々がおわす神の法廷です。
 嘘だって、気がつけよ神様よ。

 弟「どうですか。兄はひどい男です。こんな男は両目をえぐりだし、財産を没収して卑しい門番にでもしてしまうべきです!」(大統領演説)
 神々「…と、そなたの弟は申しておるが。マアトよ、何か申し開きをすることはあるのか。」
 兄「…あの…。やってない…(口ベタ)」
 弟「ふん、まともに申し開きも出来ないとはね。自分で罪を認めているようなものだ。もうこれ以上は必要ないでしょう? 兄に罰を!」

 と、いうわけで、ただ自分の主張をはっきりいえなかったというだけで、人のいい兄さんは不当に罰せられ、弟ゲレグの言うとおり、両目をくりぬかれ、財産を没収され、身分を落とされてしまったのでした。
 疑わしきは罰せずでしょうよ神様たちよ…。
 よりにもよって、そんな極刑…。

 こうして、たった一本ナイフを無くしただけで、罠にはめられ、盲目にされてしまったマアトは、弟の家の門番にされ、毎日、つらい番に当たらなければならなくなりました。(目が見えないのにどうやって門番出来るねん、というツッコミは無し?)
 けれど、最初は悦に入っていた弟も、あわれな兄の姿を毎日見ているうちに、だんだんと気が滅入ってきました。彼にも少しは良心があったのか。

 弟「いっそ殺してしまえばよかったな。おい、お前たち。あいつを砂漠に連れて行け。ライオンの巣に放り込むんだ」

 これを聞いて、ゲレグの召使いたちはびっくり。もとは兄マアトに仕えていた召使いたちです。マアトの財産が没収されたあと、その財産といっしょに、ゲレグのものとなった人たちでした。
 そして、もちろん、腹黒いゲレグより兄のマアトのほうが召使いたちには好かれていたのです。
 ゲレグは人選を誤りました。と、いうよりゲレグの人望のなさが原因でしょうか。

 召使いたちは、もとの主人をひどい境遇から連れ出すチャンスとばかり、ゲレグの土地から遠く離れた場所へマアトを連れ出しました。そして、わずかばかりの食料と水を持たせて、神の思し召しで親切な旅人が通りかかることを願ったのです。

 …その神様って、マアトをこんな目にあわせた神様たちとは違う神様だったんでしょうか^^;
 個人的にハトホル様あたり希望。ヘリオポリス9柱神に入ってないから。

+++
 そんなわけで、弟の魔手を逃れた正直者マアト。彼は確かに、神の思し召しによって親切な旅人に救われます。
 その旅人とは一体、どんな人?

 後半へ続く。



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