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第六話 神々の争い−オシリス暗殺


 この物語は、セトとホルスの戦いとして、エジプト神話で最も有名なストーリーです。
 まとまったテキストとしては「ベッティ・パピルス」というものがありますが、コレは新王国時代に改めて編纂されたものだそうで、実際は、断片としていろんなバージョンがあります。
 和訳として知られている物語中には、ベッティ・パピルスから直接訳したものではなく、後世にプルタルコスが書き残したあらすじに従ったものもあるようで、本によって微妙にあらすじが食い違っていたり、訳し方によって細かいところが異なったりするんですが、厳密なところまで言い出すとメンドウなので、最初から通しで流します。
 どんな話なのか、大まかにサックリ読んでください。

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 大地の神ゲブと、天の女神ヌトの話は、「創世神話 inヘリオポリス」で、もう語りました。
 この神々から生まれた5人の兄弟が、オシリス、大ホルス、セト、イシス、ネフティスです。しかし、大ホルス(ラーにクリソツだったらしい。)は、途中でどっか行っちゃったので、4人が残り、それぞれ夫婦になりました。オシリス/イシス、セト/ネフティスの組み合わせです。神様なので、兄妹で結婚してもいいんです。
 ちなみに、エジプトの王室でも近親間の結婚がOKだったのも、王様は神の化身だから、神様とおんなじことをしてもいい。と、いう宗教的な思想からだったそうです。
 …そのわりに、発掘されたファラオの遺体を遺伝子解析してみると、近親結婚の痕跡があまり無いらしいんですが、まあ、それはおいといて。

 太陽神ラーが引退したあと、神々の王の座を継いだのは長男のオシリスでした。
 弟のセトは、それが相当気に入りません。長子相続なんてやってられっかよ?! て、ゆーかオレのが優れてるだろ? なんであんなノホホン兄貴の下につかなきゃなんねーんだよ!
 オシリスさんは、世間一般の長男と同じく、世間知らずでのんびりとした、イイ人でした。

 オシリスは人間界を良く治め、イシスもかいがいしくそれを支えて立派にやってたのですが、いかんせん二人はまだ若かった。
 そんでもって、セトも血気盛んな若者でした。
 どうしても納得のいかないセトは、あるとき、自分の信奉者たちを集めて、悪いたくらみをしました。宴を開いて兄夫婦を呼び寄せ、丁重にもてなすと見せかけて、オシリス暗殺を試みたのです。後先考えず、邪魔者は消せ。無茶です。

 しかし、ここにハプニングがありました。
 なんと、宴会で少々酔って寝室に入ったオシリスさんが、イシスとネフティスを間違えちゃったのです。
 イシスとネフティスはそっくりな姉妹ですし、ネフティスもちょっと狙ってたみたいなので、仕方ないのかもしれませんが…
 ネフティス「あのひと(セト)は、満足に子供も作れない体(※深読みOK)なの。でもオシリス、あなたなら…。」
 このネフティスのささやきを、ちょうど寝込みを襲おうとやって来ていたセトさんは、こともあろうに物陰からデバガメしてしまったのです!
 「オレの…オレの女房が浮気を!! ぅおのれ〜オシリス〜〜」
やっちゃいましたね。
 こうして寝取られ男の恨みがお昼の奥様劇場と化し、バックに「火曜サスペンス」のテーマとか流れてる状態。どうしたんだセト、そんなに怒るということは、まさかネフティスの言ったことは本当なのか。そんな下ネタ(&男の恥辱)は神話として許されるのか。エジプトで割礼の儀式があるのはお前のせいか? そうなのか?
 …恐ろしくて、もはや週刊誌も追随できない際どい疑惑を振りまきながら、セトは、かねてより計画していた卑怯極まりない暗殺計画を実行に移します。

 エジプト人は、立派なお墓にこだわりを持つお国柄でした。
 それは皆さん、もうご存知ですよね。エライ人ほど立派なお墓が作りたい。そこで。
 セトは、とても豪華なお棺をつくらせて、宴の席に運ばせ、「この棺は、中にピッタリ収まる人に進呈しよう。」と、言い出したのでした。

 葬式シンデレラ(笑)

 宴の参加者たちは、我も我もとこの棺の中に横たわって見ますが、誰も大きすぎたり小さすぎたりで、ぴったり入れる者がいません。それもそのはず、この棺は、最初からオシリスの寸法にあわせてつくられたものだったからです。
 最後に、オシリスが入ってみると、お棺は見事にジャストフィット。そりゃそうですよ。あなたのための棺おけです。
 ああ、それにしても、そんな疑いもせず入るなんて、なんて素直な…。

 セトは、ニヤリとして、こういいました。
 「すばらしい、あつらえたようにピッタリですな。では、この棺は兄上に差し上げましょう。」
そのとたん、会場に潜んでいたセトの共犯者たちがわらわらと飛び出してきて、手早くフタをしめ、釘を打ち、職人技でカンペキに密閉してしまいました。
 「あーっはっはっは。墓穴に入るというか、自ら棺おけに全身突っ込みおったわ、このマヌケめ!」
騒ぎを聞きつけ、駆けつけてきたイシスは真っ青です。
 「ちょっ、セト! あなた何てことを…」
 「棺を河へ放り込めーい」
 「きゃああ!」
オシリスの入った棺は、ナイル河へざんぶらこ。
 イシスは半狂乱になって、川下へ流れていく棺を追っかけたまま、行方不明になってしまいました。

 こうして、兄オシリスから力づくで王座を奪ったセト。
 「これで邪魔者は消えたわ。たった今から、この国の王はこのオレだ!」
 高笑いするセトのかたわらからは、いつのまにか、ネフティスの姿も消えていたそうな。

***
 オシリスを探してナイル河のほとりを、さすらっていたイシスは、立派な棺がビブロスに流れ着いた、という話を耳にします。
 この「ビブロス」、エジプトから、アジア方面へ向かった先にある海沿いの町=レバノン付近であるという説と、Byblus(ビブルス)=川の中州と、いうのが誤解されてビブロスに変化したのだ、という説があります。
 地理的に言えば「中洲説」のほうが無理がなく、エジプト人ではない王が出てくるあたりは、ギリシア的だったりする話の内容からすれば、「ビブロス説」のほうがしっくりくるように思います。
 どちらが正しいのかは分からないので、保留にしておくことにして…。

 オシリスは豊穣の神だったため、陸に流れ着いた棺からは立派な木が生え、棺を抱いたまま、王宮の柱にされていました。いきなり乗り込んでいって「柱ちょうだい」と、言うわけにもいきません。ビブロスは他人様の国ですしね。
 そこでイシスは乳母に姿を変え、王子を養育してやるかわり、この柱をもらうチャンスをうかがうことにしました。
 …って、なんだかギリシア神話の女神デメテルの神話と同じですが、どっちがどっちの元になったわけでも無いと思います。
 このオシリス神話を記録したのはギリシア人ですから、同じモチーフを使って神話を作ったんでしょうね。で、イシスの場合も、デメテルと同じく、王子を不死にしてやろうとして火に投げ込む直前に人々に見つかり、女神としての本性を現して、事情を説明することになります。
 そんなんで人々が納得するくらいなら、最初ッからフルパワーで当たればいいのに。

 何はともあれ交渉には成功し、オシリスの入った棺ごと柱を貰い受けたイシスは、どうやってかそれを持って(担いだのか?)、エジプトに戻ってきました。
 当然、中身(オシリス)は、死んでしまっているわけなのですが…
 結局、死因って何だったんでしょうね。溺死? 窒息死? それとも…まさか餓死でしょうか。

 どれをとっても、あんまり美しくない…。



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