巻貝の葬送



 墓所の特定ののちに、シャーマンはこう宣言する。「ここは死の里である、ここは死の祭りの館である、ここは子宮である。私は館を開こう。館は閉ざされている。私はそれを開こうとする」。
 それから彼は、「館は開かれた」と告げ、男たちに墓穴を掘るべき位置を示し、退場する。…
 …シャーマンが重すぎるという印象を与えながら、死体を持ち上げようとする。そして、九回目にやっと成功する。死体は東を向けて安置され、「館は閉ざされる、」すなわち墓穴は埋められるのである。…

−エリアーデ「世界宗教史」1

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 まどろむような死の眠りから目覚め、新たな生の中で、少女はゆっくりと、その顔をもたげた。
 緑のこずえの奥に、青い空が広がっている。木々が指の間からはらはらと取りこぼす日の光を浴びて、彼女は、依然、そこに立ったままだった。
 「…ひどい」
彼女の目には、涙が浮かんでいた。
 こんなところに、たった一人で置き去りにされるなんて。

 エイシアは、立ち尽くしていた。患っていた病の痛みは胸から消え、腫れあがっていた手足のむくみも消えた。家族に見守られながら床で最後の呼吸を負え、数日前、葬送の儀式も無事に終わったはずである。
 なのに、自分はここにいる。死後の国には行けなかった…、と、いうことは、儀式に何か不備があったということなのだ。
 シャーマンが自分の体を、妊娠期間を意味する回数持ち上げ、母の胎内で人の姿をとった時と同じく戻して、大地の館、地の母胎へと埋め戻した時のことを、エイシアは覚えている。そのとき母と妹たちが、泣きながら低い声で唄っていたのも聞いた。
 だが父は、硬い表情で、白い布に包まれた自分から目をそらしているばかりだった。きっと父が何か失敗したのだ。冥界への旅立ちを邪魔するような何か。
 「ひどいわ、お父さん。いくら言うことを聞かない娘だったからって」
エイシアは、わっと声を上げて顔を覆った。死の国に行けなかった魂は、やがて悪霊となって、見るも恐ろしい姿になるのだ。以前、村が、どこからか流れてきた悪霊に襲われたことがあった。夜な夜な、八本のひづめで村を駆け回る三つ目の鹿を、シャーマンのばばさまが苦労して祈りで鎮めたのだった。
 きちんと葬送の儀式を行わないと、魂は生まれ変わることが出来なくて、苦しみながら、あんなおぞましい獣になってしまうのだ。
 死ぬときにひどく苦しんだのに、悪霊になるときはもう一度苦しまなくてはならない。それも、自分の名前も、生きていた頃の記憶もすべて忘れてしまうほどの苦しみを。
 そう思うと、エイシアはいてもたってもいられなくなって、自分の亡骸が埋められた、あの場所へ戻ってきた。
 まだ、埋められてから日の経っていない土はやわらかく、側に立てられた木の枝には、緑を残した葉がくっついている。周りには、とうの昔に死の国へ送りだされて、森に還って行った村の人々。自分だけが、旅立つ場所も知らず、まだここに残されている。
 少女は静かに、地面に触れて中をうかがう。埋められているもの、桃色の貝殻、これは母と妹たちを表している。細長い黒い貝は父。旅立ちのしるべとなる緑の小石。
 そして気がついた…埋められているものの中に、ひとつ、白い巻貝が、足りない。
 「ああ」
エイシアは低くうめいた。
 巻貝は死者の夫を意味する。たとえ少女であっても、未婚のままに死んだ女には、死後寂しがって、村から生きた若い男を攫わないようにと、白い巻貝をひとつ、墓に埋めておくはず。
 思い出したのだ。父はいつも言っていた。年頃になっても女の子らしく縫い物や木の実拾いをせず、男の子たちに交じって狩りに出て森を跳ね回るエイシアを、「間違えて、男の魂が入り込んでしまった娘だ」と。
 そのことで何度もシャーマンに相談しに行っていた。あの子は一生、あのままなのか? そろそろ嫁いでもよい年齢なのに、体は女でも、魂が男では、どこの誰があの子を迎えてくれるだろう、と。
 けれどエイシアは、いくら父が嘆いても、母が不憫がっても、ちっとも気にしていなかった。結婚なんてしなくても構わないと思っていたし、男だろうと女だろうと、どっちだって構わなかった。
 なのに、それが… こんなことになるなんて。
 エイシアは、今や肉体という隠すべきものの無くなった自分の姿を見下ろした。
 柔らかな曲線も、細い手足も、何もかも少女のものだった。男ではない。
 「これがわたしよ、お父さん。わたしの魂は女の姿をしているじゃないの」
呟くと同時に、またも涙が溢れてきた。
 自分は確かに女だったのに、父はそれを信じてくれなくて、男として葬られてしまったのだ。
 未婚の死者は、連れ合いを見つけるまで、この世からは旅立てない。でも誰が、死者の婿になってくれるだろう?
 行くあてもなく、とぼとぼと森を歩きながら、エイシアはひどく惨めな気持ちで生きていた頃のことを思い出していた。この森は、小さい頃からずっと、彼女の遊び場だった。嬉しいときも、叱られて落ち込んだときも、この道を通った。
 「空が飛びたかったのに…。」
生まれ変われば鳥になれるかもしれないと、エイシアは密かに期待していたのだった。死んだ者は、森の獣に生まれ変わると信じられていた。だから、死の苦痛も我慢できた。
 だが今、彼女は、鳥になれてはいない。
 それどころか、不恰好な人間のままだった。四つんばいでも、翼あるものでもなく、森の獣たちからすれば滑稽な、二本足の毛の無い人間のままだった。
 ずっと鳥に憧れていた。高い木の上や山から見下ろす風景が大好きだった。父の言うことも構わず、よく村の物見やぐらに上っては、辺りを見下ろしていたものだ。
 その、物見やぐらが、緑のこずえの向こうに姿を現していた。

 村は葬送を終えて、今は普段と変わらぬ暮らしに戻っていた。死者が戻ってきたことに気づく気配もなく、子供たちは道端で遊んでおり、母親は、そのすぐ隣でなめし皮を作るのに忙しい。
 自分の家は、すぐに分かった。死者を出したばかりの家の入り口には、忌み除けのしるしが付けられているからだ。
 「お母さん」
家の中から、かごを抱えた母が妹を連れて出て来る。エイシアは思わず声を上げて駆け寄った。
 「聞いてよ、お母さん。わたしに白い巻貝をひとつ頂戴。でないとわたし、あの世にいけないの」
けれど母には聞こえている様子も無く、妹とふたり、何事か話をしながらゆっくりと村の中央のほうへ歩いていく。二人が何を話し合っているのかは、分からない。生きているものと死んでいるものの間には壁があって、声を聞くことも、触れることも叶わないからだ。
 「お母さん…。」
エイシアは、ただ、見送るしかなかった。がっくりとうなだれて、その場にしゃがみこんだ。
 どうしよう。
 どうすればいいんだろう。このままずっと、一人でいたら、本当に悪霊になってしまうかもしれない。そろそろと忍び寄る闇が怖かった。
 でも自分で浜辺まで、貝殻を拾いに行くことは出来ない。なぜって、死者は物に触れることは出来ないから。

 と、その時、村の入り口のほうから、賑やかな声が聞こえてきた。エイシアはぱっと顔を上げる。
 弓と獲物を抱えて、笑いながら近づいてくるのは、かつて一緒に森で狩りをした、仲間の少年たちだった。
 「イオ! ルキア! スウェン!」
呼びながら、エイシアは駆け出した。
 だが少年たちは、誰も振り返らない。自分たちが森で獲った獲物のことを自慢しあっているようだ。
 「イオ、あんたわたしの体を埋めるとき何か言いたそうだったでしょ。巻貝が無いことに気がついてたんでしょ。思い出して、思い出してよ、ねえ」
少年は笑いながら、うさぎの耳をつかんで持ち上げる。
 「ルキア。スウェン。どうして分からないの? わたしたち、いつも一緒に遊んだじゃない!」
二人の少年たちは、めいめい小鳥を掴みだして、何事か言うと、そろって歩き出す。エイシアのことなど、気づきもしないようだった。死者であるエイシアには、同じ死者であるその小鳥たちが、彼らの弓矢の餌食になって、死んだ今もひどく怯えていることだけが分かった。
 「どうして…。」
両手で顔を覆い、彼女はまた泣いた。生きていた頃は、一日でこんなに泣いたことはないというくらい、泣きじゃくった。
 けれど、どんなに大声で泣いたところで、それは誰にも見られることはないし、聞こえることもないのだった。

 どれくらいの時間が、過ぎただろう。
 誰かが、彼女の前で足を止めた。「エイシア…?」
 それは、生きている者の声のように聞こえた。エイシアは泣きはらした目を向けた。
 「ヨルド?」
ひどく色の白い、華奢な少年だった。体が弱く、滅多に外に出てこない。
 皆はあまり口を利いた事は無かったが、家が隣同士だったエイシアだけは、時々、話をしたことがあった。
 「ヨルド、わたしが見えるの?」
少年は、うなづいた。体は半分、透けているようにも見えた。
 「どうして、ここにいるの? 君はもう、大地の館へ行ったはずなのに」
 「お父さんが…。」
言いかけて、言葉が喉につまった。
 「巻貝をお墓に入れてくれなかったの。」
少年には、それで彼女がここにいる理由が分かったようだった。エイシアの父が、彼女を何と呼んでいたか思い出したのだろう。
 「あんた、どうしてここにいるの。」
 「僕、また熱を出したんだよ。母さんは必死で看病してるけど、体は死に掛けている。だから…」
ああ、とエイシアは声を漏らした。そうか。
 死に掛けている生者ならば、死者と会話することも出来るのだ。シャーマンのばばさまはいつも、死者の魂と会話するとき、仮死状態に入っていたではないか。
 「お願い、ヨルド。あんたにしか頼めないの。わたしに白い巻貝をちょうだい」
ヨルドの腕はエイシアよりも細く、顔色は死者よりも青白かった。少年は、いつもこんな姿で家の奥にひっそりと横たわっていたものだ。最も健康なときでさえ、強い日差しに当たればすぐに倒れてしまう。
 「…やってみるよ。でも、熱が下がらないと」
 「あんたは悪い霊にとっ憑かれているから体が弱いんだって、ばばさまは言っていたわよね。」
少年がうなづく。
 「見せてよ。あんたの悪い霊ってどんなのか、見たいのよ。」
エイシアは、少年の腕をひっぱって、忌み除けをつけた自分の家の隣に入り込んだ。
 太い柱で支えた天井に張り付くようにして、黒い影がわだかまっていた。
 その下では、今にも死んでしまいそうな青白い顔をした少年が横たわっている。シャーマンのばばさまが祈る脇に、ヨルドの母親が泣きながら座りこんでいた。
 ヨルドの母親は、赤ん坊が生まれてすぐに、熊との戦いで夫を亡くした。残されたのは、生まれつき体が弱い、たった一人の息子だけだった。
 「見て、あの天井のところ。あれがあんたにくっついてる悪い霊?」
 「そうだよ。」
ヨルドは、力なく呟いた。黒っぽいものは、顔の部分だけ残してあとはまるで蜘蛛のように変化して、長い手足を梁にからませている。しわだらけのせいで老いた男のようにも見えるが、本当は、まだ若いのかもしれなかった。
 「悪霊は、人を恨んだまま死んだり、うまく死の国へ行けなかったりした魂が、人を恨んで変わるものなんだよ。あいつはああして、一生ひとりの人間にとりついて、取り殺すまで側にいるんだって。誰かを取り殺すと、取り殺した死者の魂と一緒に、地獄に落ちるんだ。」
 「ふうん。でも、あれじゃまるっきり人間じゃないみたい。」
エイシアは、黒々と渦巻くおぞましいものを見上げた。悪霊になるということは、あんなふうに、人間の形もなくしてしまうということなんだろうか。時々輝く、金色の瞳には、理性のかけらも無い。
 その目が、ふいにエイシアたちのほうを睨みつけた。低いうなり声を上げたかと思うと、突然襲い掛かってくる。
 「わ、わわっ」
二人は、慌てて家から飛び出した。家の中で、こんな恐ろしい思いをしたのは、はじめてだ。
 「ああ、吃驚した…何よ、わたしたちを襲ってくるなんて」
 「あいつは、他人にひどく腹をたてているからね。シャーマンのばばさまが祈って追い払うまで、僕も自分の体に近づけないんだ。」
 「だから、あんたったら、病気のときは死んだみたいに眠ったまんまだったのね。」
ヨルドの家の中は、窓も扉も締めて夜のように暗かったのに、外は明るい昼のまんまだ。でも、もう黄昏時が近づいている。
 少しずつ、影が長く伸びて日が西のほうへ傾き始めている。けれど、死んでしまったエイシアの足元には、影が無い。
 「ここに弓と矢があれば良かったのに! あんなやつ、蹴散らしてやるんだった」
エイシアが言うと、ヨルドは笑った。
 「…何よ」
 「やっぱり、男の子みたいだよ。エイシアのお父さんが勘違いするのも仕方ないよ」
 「そんな…、そりゃ確かにわたし、妹たちとは随分違ってたかもしれないけど。でも、これでも」
 「知ってるよ。」
少年は、足元に視線を落とした。
 「エイシアは…よく僕に話をしてくれた…。男の子たちは白くて細くて、僕なんか女みたいだって相手にしてくれなかったけど、エイシアだけは、遊びに来てくれた。」
 「家が隣だっただけよ。雨の日は他にすることもないでしょ。」
 「でも嬉しかったよ。エイシアが病気になったときね、本当は、僕がなればよかったと思ったんだ。僕はいつも病気だし…生きていても、死んでるのと大して変わらなかったし」
 「あんたが死んだら、あんたのお母さんが悲しむじゃないの。」
 「僕がいたら、お母さんは僕にかかりっきりで、再婚も出来ないよ。知ってるでしょ? 村長さんの三番目の息子が、自分の奥さんを亡くしてから、ずっと母さんのところに通ってきてるって。」
少年は賢しかった。病を持つものは大抵、そうだ。周囲のほんの些細な変化にさえ敏感で、人と人との間に交わされる。ひそやかな目配せも、傍らで漏らされるかすかな吐息も、すぐに感じ取ってしまうのだ。
 「あの悪い霊が消えたら、あんた元気になれるんでしょう」
 「無理だよ。あいつは、何度追い払っても戻ってくるんだ。それに、僕は、こんなに臆病じゃ一人前の男にはなれないよ。」
それっきり、二人は黙り込んでしまった。

 夕日が空を赤く染めて、やがて夜がやって来る。
 人々が家に帰り、火が灯されはじめると、エイシアはとたんに心細くなってきた。
 「怖い。…わたし、早く行かなきゃ、悪霊になってしまうかもしれない」
 「僕がいるよ」
と、ヨルド。
 「エイシアは、あいつみたいにはならないよ。」
シャーマンのお祓いは、まだ続いていた。家の中からは、低く、祈りの言葉と、たきこめる香の匂いとが流れてくる。
 「地獄って、どんなところなのかしら。」
 「分からない。でも暗くて嫌なところだと思う」
振り返ったヨルドは、思いつめたようなエイシアの表情を、困惑した目で眺めている。
 「白い巻貝がなくっても、誰かつれあいを見つければいいのでしょ。巻貝は、若い男をとり殺さないためのものなんでしょう。だったら、わたしが、あの悪い霊を連れて行けばいいのよ」
 「エイシア!」
 「わたしはもう死んでるじゃない。あんたは生きてるでしょう。」
 「でも…死んでても、地獄はきっと辛いところだよ。エイシアは何も悪いことなんかしてないのに」
 「悪いことなら、いっぱいしたわよ。」
少女は首を振って、眉をひそめた。
 「女の子はしちゃいけないこと、沢山したわ。だから、お父さんだって、わたしに巻貝をくれなかったのよ。仕方ないわよね。わたしがこうしてここにいるのだって、みんな自分のせいなんだもの。」
 「違うよ。エイシアは…ちゃんと女の子だよ。僕は…」
祈りの声が、わずかに甲高くなった。ヨルドの母親の慟哭が聞こえる。
 家の中から漏れる明かりが、わずかに揺れた。
 「僕は…エイシアのこと、好きだったよ」
 「えっ?」
青白かったヨルドの顔が、ほんのわずかに朱く染まっていた。それとも、それは、明かりに照らされたせいだったのか。
 「男の子が好きになるのは、女の子だよ。」
 「何よ。あんたは女みたいだってよく言われてたくせに。今だってそうよ、どうしてわたしが生きてるうちに男らしく言わなかったのよ。わたし、もう死んじゃってるのよ」
 「いっぱい後悔したよ。でも、…今、言えたでしょ」
エイシアは、精一杯笑って、何か冗談を言おうとした。けれどその言葉は言葉にならず、涙に変わって、ぽろぽろと目から零れ落ちてしまった。
 泣きだした少女の手を、ヨルドはしっかりと握りしめた。
 「巻貝の代わりに、僕が行くよ。連れて行ってよ、エイシア。僕が死んだら、悪霊は僕を地獄に連れて行こうとするだろうから」
 「…なによ」
エイシアはげんこつでヨルドをぶつふりをしながらも、もう片方の手で、少年の手をぎゅっときつく握り返す。
 「女の子に守ってもらうなんて、あんたやっぱり女の子みたいね。」
 「エイシアが男の子みたいだから、ちょうどいいんだよ。」
ほんの少しの間、黙って見つめ合った。
 それから二人は、硬く手を繋いだままで、家の中に入っていった。ヨルドは、やせ細った自分の体に戻った。
 「ああ、ヨルド」
 「…お母さん。」
薄く目を開いて、重い口を開いたヨルドは、覗き込む母親に言った。
 「僕は行ってしまうけど、地獄には行かないよ。エイシアが迎えに来てくれたんだ。」
 「なんてこと。ヨルド、行かないで。私の息子」
少年が体に戻っているあいだじゅう、エイシアはずっとヨルドの手を握り締めたままだった。そうしていれば、天井から恨めしそうな目でねめつけている悪い霊は、近づいて来られないと知っていたからだ。
 「お別れだよ、お母さん。エイシアのお父さんに、こう伝えて。…男の子みたいな女の子の墓にも、白い巻貝は忘れないで、って。」
それだけ言うと、ヨルドは口を閉じ、もう二度と目を開かなかった。
 力をなくした息子の手を握り締めて、母親は激しく泣き出した。
 体を抜け出した魂が静かに家の外へ出て行くとき、ほんの僅かに戸口が揺れる。
 老いたシャーマンは、ひとつ溜息をつき、天井のほうを見上げて、こう呟いた…
 「悪しき霊は去っていった。たった一人で去って行った。けれど旅立つ無垢な魂の傍らには、新しい伴侶がいる」
…と。
 大地の館に通ずる扉は開かれて、二つの魂は、静かに輪廻の輪の中に降りて言った。


 それから、どんな少女の亡骸にも、白い巻貝が忘れられることは、無くなった。
 今、森の奥には、大地の母胎に抱かれて、二つの墓が並んでいる。それは、ほぼ同じ時期に亡くなった、同じ年頃の少女と少年のものだ。
 五百年前に村のあった場所には、今はもう人は一人も住んでおらず、家の跡は朽ちてすっかり森に還ってしまっている。人々は、もうすこし入り江に近い場所に新しい町をつくって、暮らすようになっていた。
 町には、古い古い言い伝えがある。未婚の女が死ぬときは、墓に、白い巻貝を収めなくてはならない。でないと女が寂しがって、生きた若い男の魂を、攫って行ってしまうからだ。

 その貝殻は、「エイシアの貝」と呼ばれている。
 けれど、どうしてそう呼ばれるようになったのか、今は誰も、覚えていない。


◎ おわり ◎


【この作品について】

「第四回 うおのめ文学賞」というオンライン文学イベントに参加した作品です。