そして眠たげな眼をした男はおもむろに、こんな話をしていった


 お池のほとりの松の木の下でジッ、としてるとね、そりゃあ、いろんなもんが見られましたよ。

 暗くて淀んだ池の底のほうから、金色のばかでっかい鯉の影が浮かんで、すうーっと通り過ぎていく。泥の底から、ぷつり、ぷつり泡吐き出して、その上に落ち葉がひらりと落ちる。水芭蕉の陰見りゃあ、夫婦(めおと)で通り過ぎる銀の腹した蜻蛉やら、甲羅干しの赤耳亀やら。聞こえてくるのは、気まぐれに鳴き出す蝉の声に、遠くの線路を走る汽車の軋む音。夜明けの露から始まって、日暮れ、宵闇に虫の声。
 なに、今どきの若い衆にゃ「たったそれだけ」なんでしょうがね。あっしにゃあ、それで十分だったんでさ。
 第一、夏の暑っつい日は何処行ったって暑っついんだから。かりかりしながら町に出るのも、我慢して家に篭ってるのも、宜しくない。お役所が準備してくれた上等なベンチに寝っ転がって、夕方まで日がな一日ぼんやりしてるってのがね、何せほら、家庭用クーラーなんてもんは、まだ高価な時代でしたからね。
 そこは城の堀でしたよ。ずうっとむかし、江戸のはじめに阿波の殿様が、たった一年で築き上げたって話で。なんでも殿様は、豊臣のお姫様を嫁に貰うたことのある家柄だそうで、徳川の殿様とは、たいそう仲が悪かった。それで、立派な城は築けなかった、ってぇ話なんです。
 城のお堀の石組みは貧相な野面積み、石も大なり小なりてんでばらばらで、しかしその隙間に色んな夏草やら蛇やら蜥蜴らが、お殿様の許しもなしに棲みついてござる。でもねえ、ただ平らで均整取れた石組みじゃ、眺めても大して面白いもんじゃございませんでしょ。いたずらっ子が手足をかけて、攀じ登るにも丁度いい。ただ寝っ転がってるあっしら暇者も、絡み合う蔦やら日差しで変わる石の色やら眺めて、楽しんでおりましたよ。

 その、お堀からちょいと離れた、奥まったところにあるちいさなお池のほとり。これが、あっしの特等席でさ。
 水門を空ければお堀にも繋がってるンですがね、今じゃ防火水槽にするンだとかで、堰止めて別物になっちまってますが、元は一つに繋がってたンで。
 そのお池ってのがまた、よい場所でござんしたよ。やぶ蚊やら野犬やらが出るので、近所の者も、あんまり近づきたがらねぇ。おまけに手すりもない深い淀んだ池でしょ。何か謂れがあったのかもしれんのですが、鈍いあっしにゃ、トンと分かり申さなんだ。何しろ幽霊だ妖怪だ、恨みだ因縁だと言われても、見たこともなきゃ触ったことも無い。人の来ないのをいいことに、何ぞ親に仕事でも言いつけられそうな気配のした日にゃ、こそり庭から脱け出して、よッく一日じゅう隠れてたもんさぁ。
 ただね、思うンですよ。
 あのお城、正確にゃぁ、お城の「跡」ですがね。あそこには、恐ろしいもんは何もいないと思うんですよ。恨みつらみだ因縁だってのは、昔ッから変わらずそこに在り続ける変わらないもんなんでしょう。流れる水は絶えずして元のままに非ず、って言うでしょう。そこはね、かつて在った物も、人も、みぃんな風化しちまって。その名残が、淀みの中に微かに置き去りになってるような場所だったんでさ。
 あっしが好きだったのは、そんな残り滓みたいな淡白さだったのかもしれねえのす。お池のほとりに沈んでる、なんだかご立派そうな石碑だって、文字のくぼみにタニシが巣を作っちまいやがって、斜めに沈んだ岩影は、メダカの学校でしたからね。

 いつだったかも、黒いきれーな蝶々が、大きな羽根を優雅に広げてね。そりゃぁきれいな蝶でしたよ、陽射しが当たると、緑色の粒が散りばめられてね。
 そよ風に乗って、ふんわり、ふんわりと、お池の上を飛び回ってたんでさ。
 黒い蝶は気味悪いって、うちの婆さんは言ってたんですがね、そんなこたぁ無いと思うんですよ。黄泉路から来たものが、真昼間から往来を飛び回ったりするもんかね。こっちのことなんか、まるで気にしやしない。水面に映る自分の姿を、ゆっくり、確かめてるみたいで。夢見がちに、ほんの少し羽根動かすだけで、くるりくるり、上手に飛び回ってね。思わず見惚れてしまうほどでしたよ。
 白だの黄色だのの色した、ちっさい蝶はいけない。羽根の動きが忙しなくて、通り過ぎる時もサァーッて行ってしまうじゃないですか。そうじゃないんだ。黒い蝶々は、ふんわりゆっくり、池の周りを飛んで、時々休んで、物思いに耽る
みたいに池に映る空ばかり見てるんでさ。
 一夏の間ずっと、同じ木陰から現れて、夕方頃になると、何時の間にか居なくなっちまう。ありゃぁ、そういう蝶なんですかね。

 そんなふうでさ、お池の周りに棲んでるもんたちは、みんな、あっしのことなんか、いっこうにお構いなしなんですよ。あっしだけじゃない、其処にいま居る人間ぜんぶ、どうだっていいんでさ。過ぎた時代の生き物が、過ぎた時代のまんま生きてる、っていうんですかね。
 今じゃ緑のお城はそいつらが主さ。お池の真中あたりの石碑で甲羅干ししてる、でっかい亀は殿。石垣をちょろちょろしてる赤腹のイモリが家老どのだ。あの黒い蝶は、姫様てとこでしょかね。
 それから―― ああ、そうだ。なんだかふてぶてしい、鳶のことも忘れちゃいけねぇな。あっしが小さい頃からずうっと、森に鳶が住んでるんで。そいつは、我が物顔で城跡の上を飛び回って、縄張りに目を光らせてやがる。ちょっとでも鴉やら他所の鳶やらが紛れ込んで来ようものなら、大騒ぎして追っ払うんで。
 頭の毛がちょいと薄いもんで、あっしらは「坊さん」と呼んでやした。これには、ちょっとした謂れがあるんで。それだけは、何でか覚えてるんでやすよ。

 ずうっと昔に、この城跡の森が城になる前にまた森だった時、小さな庵があってね、坊さんが住んでたそうなんです。
 で、殿様は川に囲まれて、天然の要塞になるこの場所が欲しいと。坊さんは嫌じゃ、ここの土地の神さんがお怒りなさると。はじめに城が建った時ゃ、まだ徳川の世が始まる前、戦国でしたからねえ。殿様は金子を積んだり脅したり宥めすかしたり、結局、坊さんたちが立ち退かないので殺めちまったらしいんだ。
 けど、それも、ただの言伝えなんです。もう何百年も昔のお話だ。幽霊になりゃ、何百年でも遊んで暮らせるってんなら、誰だって苦労して生きちゃいねぇ。
 古い話を真に受ける年寄り以外は、坊さんの祟りなんて信じやしねぇし、坊さんたちが、その森で何を奉ってたかなんて、今じゃ覚えてる年寄りも居ねえんです。あっしだって、どこで聞いた噂だったか。ずうっと小さいわらしの時に、近所の、ひどく薄汚れた妖怪婆さんが、飴玉くれるついでに囁いたのを覚えてたのかもしれねぇ。たぶん、信じていなくたって、そういう昔に聞いたことてぇのは、どっかで覚えてて、記憶の底のほうから、ときどき、ふんわり浮かんでくるんでしょうね。

 それは、盆の最中で、遠くで祭り囃しが、ちゃんかちゃんか、ちゃんかちゃんか、賑やかに聞こえてた頃だ。
 城跡ってぇのは、祭り衆の集まり場になるもんでね。その日も、これから踊りに練りだす連中が、旗ざおやら、ぼんぼりやら、太鼓やら持って、景気付けにビール煽りながら芝生の上で大騒ぎしてやした。まだ明るいうちから飲んだくれた酔っ払いが町に溢れて、お池のほとりの特等席にも、珍しく先客がいやがったんです。酒くせぇ、赤ら顔の親父でね。ベンチの上で上機嫌に、高鼾かいてやがる。
 それで、あっしぁ仕方なく、滅多に行かない大クスのウロまで行ったんです。大クスてのは、城跡の石垣にみっちり張り付くように立ってる、ばかでっかい楠の老木でね。縄文だか弥生だかの時代から、そこにあるんだそうで。ずぅっと昔の大嵐で傾いちまって、石垣にもたれかかるみたいに、半分だけ体を起こして生きてるんでね。まるで足の悪い爺さんが、心細げに杖ついて休んでるみたいな格好で。
 斜めになってるお陰で、子供のあっしにも上りやすかった。靴は地面にうっちゃっておいて、裸足でつるつる、上のほうまで上っていって、ちょんぼり生い茂ってる一枝の影に滑り込んだ。そこが、ウロになってるんでさ。傾いた木の反対側は、壁にくっついてるから、枝葉は無ぇ。
 それから一息ついて、しばらく、遠くの祭り囃し聞きながら、ぼんやりしてた。
 そん時さ。
 ふと、石垣のそばに、見たことのない、黒い服来た上品な別嬪さんが、真っ白な顔して立ってた。これは間違いない、木陰に立ってた。見間違いなんかじゃねぇのす。まるで葬式から抜け出てきた未亡人みたいでさ。表情は、見えなんだですがね。
 いや、なんだか、祭りの時期にそんな湿気た格好なんざするもんじゃない。あっしらの田舎じゃ、盆といやぁ踊り狂う時期なんす。阿波踊りってのは、馬鹿騒ぎでご先祖を迎えようってぇ、そういう祭りですからね。盆に葬式なんざ普通はやらねぇ。踊る阿呆が溢れてる時に、オチオチ死んでもいられねぇ。
 子供心に、なんだか、見ちゃいけないもん見たような気がしてね。思わずソッと、視線を逸らした。その一瞬でさ。もう一度、見たときにゃ、その別嬪さんは綺麗さっぱり消えちまってた。
 慌ててクスのウロから滑り降りて、道のほう行って見たんですがね、通りにゃ、自転車の前後ろに子供積んだオバチャンや、虫取り網持って走ってく騒々しい子供衆しかいねぇで。辺りにゃ、祭り囃しに負けじと、頭が割れるようなセミの大音声が響き渡ってて、あっしは、狐につままれたような気分で、ぼんやり、立ってることしか出来なんだ。

 本当のところなんて分かりゃしないんです。誰にも、だって、その場にいて、両のまなこで見てたあっしにだって、分かりゃしないんだから。
 たぶん、夢でも見たんだろうと、皆言うんでさ。ほんとにね、多分そうなんでしょ。そう思うのが一番だ。
 だけどもねえ、ときどき、思い出すんで。あれは、一体、何だったんでしょうね。あの人は、今でもあすこに戻って来なさるんで?
 誰にもほんとのことなんて、わかりゃしねぇ。この世は、いつだって、あやふやなもんで溢れてますからね。まあ、どうだっていいんですよ。お城のお殿様たちゃ、明治の世になる時にサッサと江戸に移り住んじまって、今じゃハイカラな背広でも着てなさるンでしょう。

 お話は、これで終わり。そいじゃ、あっしはこれで。皆さんに、いい週末が訪れますように。


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自分の記憶ほど曖昧なものはない。本当にあった出来事のはずなのに、記憶に変換して時が経つ内に、やっぱり何処か違ってきてしまう。真実なんて幽霊みたいなもんなんですよ、普段はね。


**Folio vol.10「True story.」に寄稿

Web同人誌「Folio」最終号参加作品です。二年に渡り、色んなテーマで、色んな作家さんたちと共同で一つの「雑誌」を作っていけたのは、楽しかった。ライトノベルや、神話をテーマにした二次作品とは、全然違う世界だったしねえー。
自分ひとりだと書かないような作品にも挑戦できたな。
Folioメンバーとしての活動はこれで終わるけど、小説だのお話だのは、これからも、書きたくなったら書くと思うよ。また、どっかの文芸サークル見つけてコッソリ混じってるかもしれないしね。


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