サン・マンドニの白い砂

 薄暗い穴ぐらから這い出して、寝ぼけ眼をこすりながら、広広とした砂浜に立っている。
 椰子の葉が屋根の上に、灼けた肌に影を落として優しく揺れる。
 きみは大きな腕を振り上げて、いつものうしろ姿で、泡立つ波に、色鮮やかな貝をひとつ投げ込んだ。穏やかな波紋。魚たちの跳ねる音。僕らは立っていた、寄せては返す波を見ながら、波の彼方から生まれてくる真っ白な月が、中天でほんのり黄色く染まるまで。

 巻貝はそのまま、どこまで流れていったのか…
 あの日の浜辺の波音を、閉じ込めて。

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 サン・マンドニ島は、海のど真ん中の、―−飛行場も船着場も無い、観光客とは無縁の、隔離された場所だった。
 人の行き来など無いに等しく、島の人口は、もう何十年と、増えもしなければ減りもしない。何十世代も前から住んでいる人々が、家系を手繰ればどこかで繋がっている親戚たちとの婚姻を繰り返し、血筋を守りつづけていた。
 テレビとラジオは辛うじて在った。それらは、この島で最も新しい、時代の贈り物だ。
 だが、テレビは白黒だったし、ラジオは遥か波を越えて本島から届く、国営放送しか入らない。(それだって雑音混じりだ)
 ラジオから流れてくるのは、聞いたこともない不思議な音楽と、見たこともない都会のざわめき。そして、年寄りたちが「征服者たちの言葉」と呼ぶ、白人たちの言葉――英語――で、まくしたてるように語られる、国内のニュースと世界各国の情勢。
 年寄りたちは、変化を極端に恐れていた。新しい言葉は理解しようとせず、昔ながらの、ゆったりとした島の地元言葉だけで喋り、シャツやサンダルは身につけたがらない。征服者たちが名づけた「サン・マンドニ」という島の名前は禁句のようなもので、彼らは昔ながらに「ヨロモコ」と呼びつづけた。

 それでも緩やかに島を飲み込んで、時代は確実に流れていた。
 かたくなに「伝統」を守りつづけた老人たちが、一人減り、二人減り、いつか皆消えてしまう日
は、やって来る。いつだかは分からないけれど、そう遠くはない未来、島ががらりと変貌する日が来るのだろうと、…誰もが予感していた。

 島には異国のボランティア団体が設立していった学校があり、子供たちは皆、そこに集められていた。
 そこでは、英語を習った。
 英語の成績が良い子は、本島の観光ガイドの仕事をして稼げる。英語が分かれば、ラジオから流れてくる早口のニュースが理解できる。都会に出たい子たちは、目をきらきら輝かせて、真剣な表情で頑張っていた。
 地理もやった。世界は丸く、この島は、太平洋という大きな海のどこかにあるらしかった。年寄りたちの話では、この島は世界の中心にあって、海は平らで、船を出してあまり遠くに行き過ぎると、奈落に落っこちてしまうことになっていたのだけれど。
 数学は嫌いだった。出来ないとお金の計算が出来ないから困ると先生に叱られたが、島ではお金なんてほとんど使われなかった。
 買い物は、ほとんど物々交換で済ます。夕飯の魚を買うときに、タロイモやイノコの実を引き換えにする。必要なのはティムの店に行くときくらいだ。ティムは本島から来た人で、島で唯一、テレビやラジオの修理が出来る人だった。
 修理には金色のコイン2枚が必要だった。それがどのくらいの価値かなんて、誰も知らない。いざ修理に行くときには、カーペットや、天井に吊るしてある籠をひっくり返して、いつから家にあるのか分からない、どこから持ってきたのか誰も知らないような錆びたコインを何とか探し出すのだ。
 コインの裏には、髭のない、つるんとした聖マンドニの横顔が刻まれていた。
 ずしりと重いコインに隠された価値なんて、大人たちは誰も知らなかった。学校で習わなかったからだろう。

 あれは、スラジャワの教会で、姉さんと、隣町の人が結婚した夏の夜のことだった。
 大人たちは全員酔っ払って騒いでいた。子供は皆、ご馳走のおこぼれにあずかっただけで追い立てられるように寝床に入ってしまったけれど、大人しく寝入った子なんていなかった。皆、広場から聞こえてくるお祝いの賑やかな音楽にどきどきして、寝付かれなかった。
 島で取れる竹で作った楽器が、弾むような曲を奏でていた。姉さんは綺麗だったな、髪に白い花を飾っていた。
 そんな夜に、そっと寝床を抜け出して、ベッドの下に隠してあった壷を持ち出した。壷の中には金色のコインが5つ、6つ、誰にも気づかれないうちに、溜め込んであった。

 僕らは知っていた。
 そのコインに描かれたサン・マンドニが、この島の征服者で、布教者だということ。何百年も昔、この島にやってきたサンドニは、教会を建てる土地を買うために、島の人たちに純金で出来たコインを支払った。多分誰も、その価値を知らなかったのだろう。ただキレイで珍しいというだけ思って、仕舞い込んだ。
 本島に持っていけば、コインひとつで、頭の先からつま先まで着飾って、たらふく食べられるほどの価値があるという話だった。(だからティムは、何も知らない島の人たちからぼったくっていたとわけだ)
 その計画は、誰にも知られるはずがなかった。気づいたところで、大人は誰一人、理解しなかったに違いない。
 僕はコインを大切に袋にしまいこんで、小さな手荷物ひとつだけ纏めて、夜に紛れて外に出た。お祭り騒ぎから離れた椰子の木陰に、同じように抜け出してきた、同じ年頃の子が数人、ひっそりと佇んでいた。
 一人が沖の入り江を指さした。そこには、人数分のカヌーがある。波の穏やかな夜だ。流れに乗っていけば、夜が明ける前に本島まで辿り着けるだろう。
 カヌーは、静かに海へ滑り出した。
 冷たい夜風に悴む手を摩り、身を寄せ合って波に揺られながら、僕らは熱く語り合った。教科書の挿絵でしか見たことのない、飛行機や自動車というものが見たい。そんなものが、本当にこの世に存在するのなら。それから、いつだったか、長老の家のラジオで聞いたような、流行りのポップソングを歌う美しい人たちが見たい。ライオンやキリン、ゾウなど、もはや伝説の獣にも等しい巨大な生き物がいるという、動物園にも行ってみたい。そうだ、動物園はいい。真っ先に動物園に行こうじゃないか。…
 ほんの少し冒険して、本島の景色なんか見て、戻るつもりだったのだけれど。


 それから時が流れ、少年たちは、いつしか年を重ねた。
 幾人かは島を出て、見知らぬ都会で働き出した。僕もその一人だ。ほんの数日滞在した本島の喧騒に魅せられて、旅から戻っても落ち着かず、結局、学校卒業と同時に家を飛び出した。
 そうして、どうにかこうにか職を見つけ、薄汚れた町の片隅に住み、一人で今日まで生きてきた。
 かつて憧れに輝かせた目には曇りが浮かび、澄んだ空気に馴れた肺に、近代文明の生み出した煤や塵がこびりつく。
 一度だけ、町へ姉さんが逢いに来た。ずいぶん大きくなった息子に、カヌーを漕がせていた。
 都会に出たまま戻らない僕のことを、家族や親戚は、もう死んだものとして扱っているという。
 だけど、こちらからすれば、島に居残っている人々こそ、もう、死んだも同然なのだ。

 人だけではない。島そのものが、死に瀕して喘いでいた。
 地球温暖化というやつだ。
 海水面が上昇をはじめ、島は沈み始めていた。かつてカヌーを漕ぎ出した渚は、とっくに海の底。姉さんが結婚式を挙げた、あのスラジャワの白い屋根の教会は、半分も海水に浸かって、傾いてしまっている。聖マンドニが島人たちから黄金で買い取った、誰のものでもない土地は、今、海に返されようとしている。
 島にいた人たちは、本島か、どこかの島に移住して、ちりぢりばらばらになったと聞く。海の上に散らばった宝石を元通り掻き集めるなんて、神様でもなければ、出来はしない。
 かつて変化を嫌っていた年寄りたちの生き残りは、それでも、消え行く大地に留まり続け、年々海に飲み込まれていく土地の最後の切れ端の上に住んでいるという。

 …そんな光景を、カラーテレビの画面に映る、ニュースの中で他人事のように見ていた。
 幼い頃を過ごした家は波に消え、いつか戻ろうと思っていたその場所は、今はもう、海の一部だ。
 未練は無かった。僕は旅路に果てるのだ。そして、島から逃げ出した、他の仲間たちも。
 年寄りたちが一人残らず、失われた島の名を抱いてエメラルドブルーの波に沈む時…、波の砕け散る白い砂浜が、近代文明の生んだ変化に洗い流される時…、僕らは思い知るのだろう。
 すべての旅の終わりにあるものは、死と消滅に過ぎないこと。
 そして、世界は果てしなく、この上なく美しいと同時に、限りなく残酷なものであるということを。

**Folio vol.9「Out of...」に寄稿


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