はじまりの樹の下で


絵を自分でつけてみた。
むかし、むかし、今はもう、誰も覚えていないほど、ずっとむかしのこと、
世界の真ん中に、とても大きな樹がありました。

その樹は、空に届くほど大きくて、枝は、先が見えないほど大きく張り出していました。
幹はごつごつして岩のよう、太さは、人が百人、手をつないで、ようやく一周取り囲めるほど。
根元に立っても、生い茂った葉で空は見えず、日の光も届きません。
そのため、樹の下は、朝が来ても、夜のように真っ暗なのでした。

大きな、丸みを帯びたぶ厚い葉は、冬になっても、色あせることも、落ちることもありません。
雨が降っても、生い茂った枝葉にさえぎられ、樹の下は一年中、乾いて、他の木や草の育たない土地でした。

その樹は、たいそう大きくて、遠くの島々からも、はっきりと見ることが出来ました。
曇った日は、上のほうが雲を突き抜けて、まるで大きな山のように見えました。
雨の日は、葉に溜まった水滴が、大粒の宝石のようにきらきら輝きました。
雪の日は、枝がみんな真っ白になって、空に続く階段のように見えました。
そして、晴れた日には、大きな、大きな影が出来ました。
影は、遠くはなれた海の上まで、長く、延びていたのです。

樹が根をしっかりと張っていたのは、広い海の真ん中に、ぽつんと浮かぶ名も無い大地の上でした。
島と呼ぶには大きすぎ、大陸と呼ぶには小さすぎ、人は、ほんの少ししか住んでいませんでした。
大地のほとんどは、樹の枝が覆いかぶさって、夜のように暗かったものですから、人々は、枝よりさきの、大地のはしっこに住んでおりました。

樹が、いつからそこにあったのか、誰も知りません。
千年生きる、オオウミガメのおじいさんが子ガメの時には、もう、そこにあったといいます。
大地に住む人々は、ときどき樹を見上げては、変わることのないその姿を、眺めました。
朝が来て、昼になり、また夜になって、季節がめぐっても、樹だけは、変わることなく、いつも同じ顔をしてもそこにずんと立っていました。
そして、何十年も、何百年も時が流れても、樹は、大きくなりもしなければ、小さくなりもしなかったのです。

けれど、ある年のこと、樹の下に住む人々は、枝に、ちいさな白いものがたくさん、見えることに気がつきました。
全ての枝に、いくつも、いくつも、数え切れないほど。
それまで一度だって花の咲かなかった樹に、はじめて、つぼみがついたのでした。


半年もかけて大きくなったつぼみは、やがて、初雪のような、真っ白な花になりました。
それは晴れた日にも、樹に、雪が降り積もったようでした、
ふもとに住む若者たちは、一週間もかけて樹に登り、大きな、大きな花をひとつ持ち帰りました。
その花は、花弁ひとつが家のように大きく、あふれ出る蜜は、ばけつ一杯になりました。
そして、不思議な、よい香りがいたしました。
女の人たちは戯れに、、その花から取れた蜜で、お菓子をたくさん作りました。
甘い、おいしい蜜でした。

花がすべて咲くまでに二年が過ぎて枯れはじめるまで、およそ五年もかかりました。
花びらが色あせるころ、人々は、樹に、たくさんの実が出来始めていることに気がつきました。

薄みどり色をした実は、丸っこくて、硬いカラに包まれて、ひとつが子供ほどの大きさもありました。
それがびっしり、何千、何万も、大きな樹の枝になっているのです。
もしも、実が熟れて、落ちてきたらどうしよう。
人々は急にこわくなりました。
ずっとずっと高い空の上から、大きな実が数え切れないほど落ちてくるのです。
大地は穴だらけ、家はぺしゃんこになってしまうでしょう。

そこで、樹の下に住む人々と生き物たちは、寄り集まって、どうしたらいいかを相談しました。
誰かが言いました、”樹を弱らせて、実を、みんな枯らしてしまったら、どうだろう”。
けれど、どうすれば樹が弱るのか、誰にも分かりません。

根っこを掘ってみました。
けれど、その根はあまりにも太く、深く地面に差し込まれていて、みんなで一生懸命掘っても、何十年もかかりそうでした。
樹の表面を傷つけてみました。
けれど、その表面は岩のように硬くて、とても、奥まで切りつけることは、できませんでした。
鳥たちが実をつついてみましたが、そんなにたくさんの、しかも一つがとても大きな実では、世界中の鳥たちが集まっても無理でした。
りすやねずみたちが枝を齧ってみましたが、一本齧り終えるまでに、みんな、あごが痛くなってしまうのでした。

さあ、どうしたらいいでしょう。
みんな、途方にくれてしまいました。

その間にも、樹の実は日に日にふくらみ続け、太陽の光を受けて、つやつやと輝いておりました。
遠くから見たその実は、まるで、枝に無数の宝石が連なっているようにも見えました。
けれど、その実がふくらむにつれて、大地の上の、ほかの植物は、つぎつぎとしおれて、しおれてゆくのです。
やがて、大地のまわりの海のさんご礁でも、赤や黄の鮮やかな、さんごの色や、黒っぽい海草の色がぜんぶ消えて、まっしろになってしまいました。
あの樹が、ぜんぶの栄養を吸い取っているせいだ、と、誰かが指さして言いました。
人々はいつしか、天をつく大きな樹を、にくむようになっていたのでした。


ある時のこと、遠い海のかなたから、灰色の帆を張った船に乗って、毒草の研究をしているという、一人の男がやってきました。
男は、大地に住む人々に、ひとつの小瓶をさし出しました。
瓶の中には、透明な、水のようなものがゆれていて、それが、どんな樹もたちどころに枯らしてしまう毒だというのです。

新月の夜、人々は、手に手にくわを持ち、樹の根元へ行って、できるだけ深い穴を掘りました。
そして、樹が、弱ってしまうようにと願いながら、瓶の中の毒をそそぎこみました。

月が巡っている間に、樹の下のほうの枝は茶色く色あせはじめ、枝についていた実が、しわしわとしぼんでいきました。
人々は最初は喜んだものの、やがて、恐ろしくなってしまいました。
樹の枯れるのはあまりに早く、それまで、一度だって変わったことのない景色が、あっというまに別なものになっていくのを、見たからです。

やがて、月がひとめぐりして、また、新月の夜になりました。
樹は、もう、ほとんど枯れてしまっていました。
色あせてちりちりになった大きな葉が、風に吹かれて、どこかへ飛んでゆくのが見えました。
樹の葉は、ほとんど無くなって、下から見上げると、枝のむこうに空が見えました。
そして人々は、はじめて、樹の下に立って、月の光を浴びることが、できたのです。

そのとき、ひからびた実は、こどもの頭くらいの大きさにしぼんでいて、落ちてきたとき、片手で抱え上げられるほどの重さになっていました。



それから、すこし経ったあとのことです。
嵐がやって来て、たくさんの雨が降りました。
雲のあいだに雷が走り、雷は、火となって、枯れた樹の上に落ちました。
火はまたたくまに燃え上がり、乾いた大きな音をたてて、太い樹の幹を、真っ二つに割ってしまいました。

それはそれは、大きな音でした。まるで、大地が悲鳴をあげたようでした。
樹は、燃え盛る巨大なたいまつになっていました。
眠っていた獣たちは、真夜中にいっせいに飛び起きて、真っ赤に染まる空を見上げました。
人々も、みな肩をよせあって、ただただ、ぼうぜんとするしか、なかったのです。

たくさんの鳥たちが、炎と煙にまかれて、落ちてゆきました。
空は、真っ赤に染まり、風に乗ってたくさんの煤が飛び散り、あたりの海は真っ黒に染まりました。
樹は何日も、何週間も、燃え続けました。
家はみんな燃えてしまいました。
行き場をなくした人々は、岩の陰に身をひそめて、ずっと隠れていました。

何度も、何度も雨が降り、やがて、空にかかっていた灰色の煙が消えるころ、
人々は、おそるおそる、外に出て、樹のあった場所を、見上げました。

そこには、もう、何もなくて、日の光が、ただ、静かに降り注いでいました。
地面のそこかしこに、真っ黒に焼け焦げた樹の燃えさしが、ばらばらに落ちているだけでした。

樹がなくなったあと、大地はゆっくりと、沈み始めました。
人々の住んでいた、その大地は、樹の根元に集まった土で出来ていたのでした。
樹がなくなってしまって、根っこがみんな枯れてしまったので、支えがなくなってしまったのです。

人々は、燃えのこった樹の枝をあつめて、船をつくり、泳げない獣たちや、家族を乗せました。
海の水がゆっくりと大地を飲み込んで、さいごに残った人々が船を海に浮かべるころ、水の上に出ている土は、すっかりなくなっていました。

船に乗った人々はみな、ちりぢり、ばらばらに、どこか遠い海の向こうへ行ってしまいました。
そこにも大地があって、樹が生えていましたけれど、その樹は、以前見ていたものほどは、大きくはなりませんでした。


このお話は、遠い、遠い海のむこうから来た、年よりのかもめが、私に話してくれた物語です。
年よりかもめはさんご礁の黄色い魚から、黄色い魚は深い海の大きなくじらから、くじらは小さな釣り船に乗ったおじいさんから、おじいさんは、おじいさんのおじいさんの、そのまたおじいさんから、そのお話を聞いたのだといいます。

樹と、大地を飲み込んで、
何もない、青い青い海は、ただ静かにゆれるばかり。

ずっと、ずっと、むかしのことです。
今は、もう、そんな大きな樹は、どこにもありません。


「Folio Vol.3」(テーマは"童話")に出品した作品です。
今回は締め切りまで時間をもらえたのでわりと余裕を持って…というのはウソです…
「おはなしポトフ」のサンタ企画と思いっきり締め切りがバッティングしました^^;

ただ、この話は前々からイメージとして持ってたものの中からチョイスしてきたものなので、下書きを仕上げるまでは数日でした。
問題は童話らしく皿によそうところですよね…。童話らしくなってますかね。
どうでもいいんですか自分の中では「童話」と「絵本」の区別がイマイチつきません。
文章がちょい長くなったら童話、文がほとんどなくて絵が多かったら絵本なのだと勝手に思っている…。



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