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―追加テキスト「"10年後の自分へ"」

 
自分がWebサイトを作り始めたのはヒマを持て余していた大学生の頃だった。
それから10年以上が経過した2013年の冬に、これを書いている。

人は、生きていれば進化も退化もする生き物だ。
10年前の自分に出来たことで、今はできなくなっていることは沢山ある。(例えば徹夜とか。笑)
10年前の自分が知らなかったことで、今は知っていることもある。

10年前の自分とは考え方や好みが変わっている部分もある。

人は変わっていくものだ。当たり前だと思う。ましてやこのサイトを作り始めた頃は10代の非社会人だった。そりゃー、今と同じわけがない。中の人も、流石に多少は大人になりましたよ…。

だから、というわけではないが、ここに置いているテキストの幾つかは、「今の自分ならこんなことは言わないなー」と思うものがあるし、「もっと上手い言い方があるだろう」と思うところもある。
ならどうしてテキストを置きっぱなしにしているのかというと、「自分のよく知っている他人」のテキストとして読むと、非常に面白いからだ。
人によっては昔の自分の書いたものを読むと赤面して消したくなるのだろうが、私は半分他人のような感覚でけっこう面白い。昔の自分は、自分によく似た別の誰かのような感じがする。今は大分なくしてしまった、剥き出しの情熱みたいなものも、ちょっと感じる(笑) 良い意味でも悪い意味でも、昔の自分は青臭かったな。まあ今も、あんまり変わってませんが。


ちぅわけで、ここのテキストに、「すごくためになりました。」とか「むっちゃ腹が立ちました。」とか言われても、お返事するのは10年以上経過した後の中の人なので、「あ…ああ、うん? うん…。えーと…そうですか」みたいな感じになっちゃうのですよ。

しかし正の方向でも負の方向でも、人にメールを書く労力を払わせようと思わせられるのは、それだけ文章に力があるということ。いまだに半年に一回くらいは、どっちかの反応が来るということは、ここに残したテキストは、やっぱり「面白い」テキストなんだと思う。

人の心を動かせる文章は、狙ってもなかなか書けないのです。

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もうひとつ断っておくならば、ここに残したテキストは、このサイトが辺境の個人サイトだった頃の残骸であり、読み手をほとんど意識せずに書かれている個人的な代物である。

このサイトを作りはじめた頃は、まだ検索エンジンすらなく、手動で検索サイトに登録するのでなければ自分の作ったWebページが見知らぬ誰かに発見される可能性はほぼゼロだった。相互リンクやWebリングといった個人の作成したリンク集を辿っていく以外に同じジャンルのサイトを回る手段もなかった。個人のWebサイトは、ほぼ身内に閉じられた環境だった。
今では考えられないだろうが、ホームページは実名でやるのが当たり前で、人によっては連絡先として住所や電話番号まで堂々と書いていた時代でもある。

今は、ある作品を褒めると、その作品の関係者にリンクを貼られる。批判すると、その作品名で検索してきたファンに睨まれる。テキストを書いていた当時の中の人は、身内むけの日記の感覚で書いていたのに、時代が変わって、今はインターネット上に公開されたテキストは全世界に向けてシャウトしているのと同じ状態になってしまった。Twitterのちょっとした個人の独白ですら、運が悪ければ、見知らぬ多数の人間から袋叩きにされる時代なのだ。

そんなわけで、言葉の選び方や表現が身内向けなところがあり、書いていた当時の若さとあいまって多少過激な表現もあるが、そこを変えちゃうと面白さも無くなるので、敢えてそのままにしてある。各ページに対する後日の注釈や追記については、それぞれ下の段に別セクションとして付け足した。


人は、生きている限り変わっていく生き物だ。
このサイトがあと10年続いて、中の人がそれまでサイトを閉じる労力を払わなかった(放置とも言う)場合、今から10年後の自分は、今書いているテキストに対してどういう感想を抱くのか。その頃の個人サイトの流行はどんな風になっているのか…。

今から楽しみでならない。

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