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「ニーベルングの指輪」あらすじ

序夜 ラインの黄金



あらすじを述べるものに、舞台を見た経験の無いことをお許し願いたい。DVDとCDを確認し、シナリオを本から起こした。
この、上演時間15時間、四日間にも及ぶ物語を、これから私は、極力簡単に語りたいと思う。



第一場 ラインの川底

ライン河のほとり。父なるラインに隠された黄金を守る、3人の水の乙女たちが登場する。
彼女たちの名は、ヴェルグンテ、ヴォークリンデ、フロースヒルデ。水の中に住まう3人の姉妹たち。彼女たちの美しい姿を岩陰から盗み見た醜い小人アルベリヒは、情念の炎を燃やし、彼女たちを捉えようと近づく。小人は、深い霧に包まれた闇の国、ニーベルハイムからやって来たのだった。愛を求める醜い小人を相手に、乙女たちはさんざんからかいの言葉を浴びせ、あざ笑う。

と、そのとき朝が来て、川底に眠っていた黄金が目を覚ます。辺りは黄金の輝きに包まれ、小人はそのまばゆさに心を奪われる。
あざ笑う水の乙女たちは、口を滑らせ、小人に教えてしまう。この黄金は眠ったり目覚めたりするラインの宝、この黄金から指輪を鍛え上げたものは、世界を手に入れるのだ、と。ただし、黄金から指輪を作り上げられる者は、愛の悦びを断つ者のみである。

彼女たちは、情欲にかられたアルベリヒをあざ笑い、お前のような色ボケに愛への焦がれを断ち切ることなど出来はしない、だから秘密を喋ったのだと言う。
だが、それは間違いだった。
乙女たちは、愛のもたらす精神的喜びと、肉体的悦びを取り違えていたのだった。

黄金の秘密を聞くや否や、アルベリヒは、ならば愛など要らぬ、世界を手に入れればどんな女でも思いのままではないか、と呪いの言葉を吐き、黄金を力任せにむしりとる。
 乙女たちは悲鳴をあげ、逃げ惑うが、輝きはもはや闇に住む小人の手の中。アルベリヒの逃走と共に、第一場は終わる。



<注釈>
ドイツに流れる大きな川はいくつかあるが、部フランス国境に近いのがライン川。
「ライン」という川の名前は男性形である。対するドナウは女性形。この2本を両親として、水の乙女たちの言う「お父様」とは、おそらく川そのものという設定だろう。
川に住む乙女たちは、「ニーベルンゲンの歌」では、ハゲネに運命を告げる役としても登場するが、「歌」の乙女たちが北欧の運命の女神ノルニルの役目も持っていることに比べ、「指輪」の乙女たちは、単なる精霊のようで、運命に干渉する力は持たない。歌声で男をだます役割からして、「ローレライ」伝説の影響を受けているようだ。



第二場 山の頂

次に登場するのは、神々の長ヴォータンとのその妻フリッカである。
彼らの前には、今しがた建ったばかりの、立派な城が見える。しかしフリッカは心配だった。ヴォータンは、この城を建てさせる代わり、巨人たちにフリッカの妹、美の女神フライアを約束してしまったからだ。
家は、婚姻の女神であるフリッカが、夫を繋ぎ止めておくために欲したもの。しかし、その家を立派に建てるため、男神たちは勝手にフライアを担保としたのだった。
城を建てた巨人たち、ファーゾルドとファーフナーは、報酬としてフライアを受け取りにやってくるが、ヴォータンは、どうすればフライアを渡さずに済むかを考えるのに忙しい。ヴォータンの主神としての地位は、契約のもとになりたっている。彼の槍にも、契約のルーネが刻まれている。だから、約束を破るということは、彼の王としての地位を危うくしてしまうのだ。

ヴォータンは他の報酬を、と言うが、巨人たちは、最初に約束したフライア以外の報酬は受け取ろうとしない。そこへフライアの兄、フローとドンナーも飛び込んできた。彼らは妹を守ろうとするが、ヴォータンは契約を破ることは出来ないと時間を稼ぐ。
と、そこへ、火の神ローゲがやって来た。彼はのらりくらりと本題をそらし、神々を苛立たせるが、フライアの代わりとなる報酬を探してきたのだった。

それはラインの黄金より作られた、全世界の王となれる指輪と、ラインの黄金だった。黄金は、そのままの形では大した価値は無い。だが、ひとたび指輪の形をとれば、その指輪を手にした者に全知全能の力を与える。
指輪を作るには、愛を否定しなければならない。誰かを愛すること、誰かに愛されることを望まない者はいない。だが、たった一人だけ、その喜びと縁を断ち切った者がいた。それが宵闇のアルベリヒ。指輪は今、彼の手にある。
話を聞いた巨人たちは、ではその黄金とフライアを引き換えだ、自分たちのために小人たちから黄金を取り上げて来い、と、フライアを攫っていってしまう。

フライアがいなくなると、彼女の庭に成る神々の食べ物である、永遠の若さをくれる黄金の林檎も萎び始め、神々は老いを感じるようになる。彼女を失うことは神々にとって死に等しい。ヴォータンはやむを得ず、ローゲを連れて地下世界へと降りていくことにした。




<注釈>

北欧神話でも女神フレイヤを抵当に入れた城築きが行われるが、神々の城を建てたのは巨人の鍛冶屋と、怪馬スヴァルディルファリである。この馬の働きは凄まじく、約束の期日までに城が出来そうになってしまったので、最後の仕上げのときにロキが雌馬に変身して、この馬を誘惑する。そのために城は完成間近で建造が止まってしまい、契約は遂行されない。古代北欧でも契約は大切なものだったはずだが、フレイヤを渡したくないために、巨人はトールに叩き殺されてしまう。(馬はロキにたぶらかされていずこかへ?)
それに比べれば、こちらの物語の神々はまだ良心的だし、理性もある。

北欧神話の神々は、爽快なほど自己中心的である。それではバイロイトで演じられるような芸術作品にはならないのかもしれないが、その自己チューで、手段を選ばぬやり口に慣れてしまっていると、この第二場の神々が軟弱に(良い言い方だと紳士的に)見えてしまうかもしれない。
ただし、この場面での神々は、北欧神話の神々には無い醜悪さを備えている。権力のために、或いは夫をつなぎとめておくために…黄金の持つ魅力に魅せられ、欲する神々は、人間のそれと同等な欲望を持ち合わせている。戦って手に入れるのではなく、盗んで手に入れることを良しとするさまは、既に神々の司る契約が意味を成さないことを暗示している。



第三場 ニーベルハイム

ヴォータンとロキの向かった先、地下の世界ニーベルハイムである。
アルベリヒは指輪の魔力で、暗い洞窟の世界の王となり、新しい鉱脈を突き止めては、財宝へと鍛えさせていた。まさに無限の富である。その地下世界で、アルベリヒの実弟である鍛冶屋・ミーメの前に、ヴォータンとローゲが現れる。
ミーメは彼らに語りだす。元々、地下の世界は鍛冶屋の世界。装飾品を作るなどして気ままに過ごしていたところ、指輪の強大な魔力を身に着けたアルベリヒが恐怖によって支配しはじめ、自分のために小人たちをコキ使い始めたのだ、と。今やアルベリヒは地下の世界、ニーベルハイムの独裁者であり、ミーメのつくった魔力を持つ変身頭巾、タルンカッペまで持っている。

鍛冶には炉の火が必要だ。ローゲはかつて、火の神としてアルベリヒたち小人の側についていたが、今はヴォータンら神々の仲間となっている。アルベリヒはローゲを信用せず、世界はわが手に落ちるのだ、と豪語し、神々とさえ対決の姿勢を見せる。

と、そこへローゲが割って入る。たいそうな自身だが、アルベリヒよ、どうすればその指輪を誰にも奪われず守ることが出来るのか? この問いにアルベリヒは、自分にはミーメにつくらせた魔法の頭巾がある、これがあれば、どんな姿へも思いのまま、姿を消すことも、姿を変えることも出来るのだ。と、大蛇に変身してみせる。
さらに調子に乗ったローゲは、ならば小さなものにも変身できるのか、おびえたカエルが岩の隙間に逃げ込むように、とけしかける。アルベリヒは言われたとおり小さなカエルへと変身。そのとたん、ヴォータンはカエルをひっとらえ、変身頭巾を剥ぎ取ってしまった。

まんまと誘いに乗ってしまったアルベリヒは、今や囚われの身である。その身の代償として、うずたかく積み上げた、地下世界の財宝を差し出さねばならない。



<注釈>

北欧神話には、オーディン、ヘーニル、ロキが旅するエピソードがあるが、ここでは二人きりである。北欧神話の地下に住む黒い小人、デッグアールヴをイメージの根底に置き、タルンカッペはドイツの伝承に多く見られるアイテムだ。
大いにローゲの悪知恵が発揮される場面であり、ロキにあたるローゲがオーディンを食ってるシーン、とも言えるだろう。カエルに化けさせるところなどはまるで日本昔話みたい、というツッコミはさて置き、ここの部分は元になる神話が無い。おそらくワーグナーの創作だろう。



第四場 山の頂き

こうして囚われたアルベリヒは、辺りに霧の立ち込める山の頂へひきずりだされた。身代金として、彼が地下で蓄えた黄金をすべて引き渡せ、と迫るヴォータン。
苦々しく思いながらも黄金を運び出すよう小人たちに命じたアルベリヒは、指輪があればまた宝などいくらでも手に入るのだから、と自らを慰めるが、最後には、その指輪さえも最後にはヴォータンによって奪われてしまう。
絶望し、身を振るわせた小人は、ヴォータンの手にした指輪にむけて、恐ろしい呪詛を吐く。

  おれに一度は無限の力を与えた黄金よ、
  今度はその魔力で、おまえの所有者に死をもたらせ!
  指輪を得て、心楽しむ者はなく、
  そのまばゆい輝きを浴びて、幸せを味わう者もいない。

誰からも愛されない、誰も愛せない呪いによって指輪を鍛え上げたこの小人が指輪にかけたのは、指輪を所有した者は不幸に身を蝕まれ、必ず死に至るというもの。その呪いは、指輪がアルベリヒの手に戻るときまで決して解けることない。

だがヴォータンは、そんな呪いを気にしなかった。指輪を手にしたことで、さらなる権力を手に入れられると考えていたのだ。
ヴォータンは、妻フリッカおよびその兄弟たちと合流する。巨人たちがフライアを連れて戻ってくると、神々はまた若さを取り戻していく。
フライアと引き換えに黄金を差し出したものの、フライアをどうしても諦めきれないファーゾルドは、フライアの姿が見えなくなるまで宝を積むことを要求する。神々はそれに応じて奪った黄金を積み上げていく。その中には、例の魔法の頭巾も含まれていた。
最後にファーゾルドは、彼女のきらめく眼を隠すため、とヴォータンのはめていた黄金の指輪も要求する。
神々はヴォータンに指輪を手放すことを欲求するが、既に指輪に魅入られているオーディンはなかなかそれを手放せない。フライアを連れて行こうとするファーゾルド、女より黄金をと求めるファーフナー。どちらも譲らず、立ち尽くすばかり。

と、そこへ、大地の奥から青白い女性の姿が浮かび上がり、ヴォータンに「指輪を手放しなさい」と、告げる。
彼女は運命の女神たちの母にして原初なるヴァーラの女神、エルダ。運命を告げる三人の娘たちに代わり、指輪は世界を滅ぼすことになる。それを手放さなければ、神々は黄昏ていくことになると告げる。

エルダの忠告を聞き入れたヴォータンは、ようやく指輪を手放し、巨人たちからフライアを奪い返した。だが巨人たちは、指輪を手にした途端、それを奪い合い、弟ファーフナーは神々の目の前で兄ファーゾルドを叩き殺してしまう。
指輪にかけられた呪いの恐ろしさを知り、エルダの不吉な予言に心を奪われたヴォータンの表情には、もはや明るさは無くなっていた。

しかし他の神々はみな、ことが済んだと晴れやかである。今や神々のものとなった立派な城には虹の橋がかけられ、ヴォータンはその館に「ワルハラ」(戦の館)の名を与える。
ラインの黄金を奪われた水の乙女たちの嘆きの声の中、神々は偽りの栄光に酔い痴れて、館へと歩を進めだす。



<注釈>

”エルダ”は、ワーグナーのオリジナル女神。年上を意味するelderから来ている。運命を語るものとして、ここでは彼女と、娘である運命の三女神だけが登場するが、元となっている北欧神話では、オーディンの妻フリッカの他、未来を見通す力を持つ女神たちが沢山いる。運命を知る彼女たちは、未来を知りながら、その未来を口にすることはなく、もっとも重要な未来を変えることは出来ない。北欧神話には、オーディンが、巫女に運命を語らせるため死者の国に赴くエピソードも存在する。こちらから無理をして遭いに行くならともかく、人前に堂々と姿を現し、未来をあけっぴろげに語ってしまう運命の女神の姿は、少々格落ちなような気がしなくもない。

この場面の最後は、偽りの栄華に酔う神々の姿と裏腹に、いずれ訪れる暗い破滅を予感させる。エルダは「神々が他費枯れていく薄闇の日」を予言していく。北欧神話にも「神々の黄昏」、ラグナロクは存在する。しかしそれは神々に訪れる終焉は指輪ひとつで左右されるようなものではなく、神々自身に明確な非があったために発生したものともされていない。運命、神、といった大きなものに対する捉え方が、古代北欧とワーグナーでは大きく異なっており、ワーグナーは運命を舞台の上に小さく押し込めたような気がしなくもない。
もちろん逆に、運命を取り込むことによって、有限な舞台の上に無限の世界を広げた、という視点もあるのだろうが。

元となるエピソードは、北欧神話のニーベルンクの黄金を手に入れる下り、またはヴォルスンガ・サガのファーヴニル殺しの下りをモチーフにしている。ただし、いずれも、ファーフナー(ファーヴニル)とファーゾルドは元の伝承では兄弟ではなく、ファーフナーが撃ち殺す相手も兄ではなく父となっている。


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