マビノギオン-Y MABINOGION

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エルビンの息子ゲライントの物語


 「ほんとうに、ゲライント殿に殺されようとも、警告してさしあげることにしよう。
なんの準備も無くあの方が殺されてしまうのを見るよりは、
むしろあの方に殺されたほうがましだわ。」 −イーニッド



 のちにクレティアンの筆を経て、ハルトマンの「エーレク」へと至るストーリー。主人公ゲライント(Gereint)はもちろん、エーレクのことだが、綴りは似ていない。
 「エーレク」は妻の貞節、理想的な夫婦の関係などをテーマにした物語なのに対し、この「ゲライントの物語」では、ほぼ同じストーリーでありながら、主人公の迷いと成長を、冒険を通して語ることが主題の物語となっている。
 妻の不貞を疑いながら、その妻の貞節によって何度も命を救われるゲライントの葛藤。
 これは一人の若者の成長と、「マビノギオン」の最後をしめくくる、伝承時代の終わりを意味する物語である。


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 アルスル王は、他の物語と同じくカエル・オン・アル・ウィスクに宮廷を構えて聖霊降臨節を迎えようとしていた。アルスルの家臣たちもみな集まっている。
 そこへ、森番の男がやって来て、森に堂々とした真っ白い鹿が現れた、と言う。王はさっそく狩りに行くことを決め、王妃グウェンホヴァルも同行することになっていた。
 だが、次の日の朝、グウェンホヴァルは寝過ごしてしまい、おいてけぼりを食らってしまった。しょうがないので、ひとりの侍女だけを連れて後から森へ行くことに。途中、同じく寝過ごして後からやって来たゲライントとも出会い、三人は連れ立って、先をゆくアルスルの後を追うことにした。

 その道中のこと、小人と、美しい貴婦人とを連れた騎士が目の前に現れる。
 この騎士が何者なのかを問うべく、グウェンホヴァルは侍女を遣わすが、小人は近づくことを許さず、手にしたムチで彼女を強く打ち据える。今度はゲライントが問いにゆくが、またも同じようにムチで打たれて傷を負ってしまう。
 彼は、その無礼な仕打ちにかなり腹を立てるのだが、いかんせん、狩りに出るため軽装で、鎧も武器も持っていない。その場で戦いに持ち込むわけにもいかない。
 しかし腹に据えかねるゲライント、武器と防具はどこかで調達することにして、生きていれば明日の夕方には知らせがあるはずだとグウェンホヴァルに言い残して、騎士のあとを追うことにするのだった。


 さて、騎士を追って辿り着いた街は、これから馬上試合があるということで、熱気に溢れていた。誰も彼も、自分が戦いに出るための武器や防具を他人に貸す余裕がない。がっかりして街から少し離れた場所まで来たゲライントだったが、そこで、思いがけず古い館を発見する。
 この館は、かつてこの辺りの領地を治めていたインウニル卿の館だが、卿は、今では甥にすべての領地を奪われて、みじめな暮らしをしているのだという。
 インウニルは、ゲライントに、この街で行われるトーナメントについて語ってくれる。。
 これから行われるのは、最愛の婦人を連れた騎士たちの試合で、最も強かった騎士が、賞品の鷹を婦人に送ることが出来る。三年連続して勝利した者は、もう戦う必要は無く、永遠に<鷹の騎士>と呼ばれる誉れを得るのだ。
 そして、ゲライントが追ってきた、あの騎士こそ、このトーナメントに二年連続して優勝した騎士なのだった。今年優勝すれば、彼は永遠に誉れを得るのである。

 ゲライントは、インウニルに馬と武具を借り、インウニルの娘イーニッドを伴って、この試合に出場する。前回優勝者の騎士は恐れられ、誰にも挑戦されないのだが、恐れをしらぬゲライントだけが、この騎士に向かっていく。
 戦いは激しく、最後の槍が折れた後の接近戦では、ゲライントも危うく倒れかける。
 だが、インウニルの、『小人から受けた侮辱を思い出しなされ』という言葉で、彼の萎えかけていた闘争本能は蘇る。そして、渾身の力をこめた一撃で、勝利を勝ち取るのだった。


 騎士は、ニッズの息子エデルンと名乗った。
 負けた騎士は、命を助けてもらうかわりに身代金を払うか、勝者の出す条件を飲まなくてはならない。彼はゲライントの命により、アルスルの宮廷へと送られる。そして、グウェンホヴァルに挨拶し、前回の非礼を詫びて許され、丁重に傷の手当てをしてもらう。
 一方、ゲライント自身は、インウニルに本来彼のものであるべき領地を取り戻してやってから、イーニッドを伴って帰路につく。
 アルスルが狩りで得た白鹿の首は、城に戻ってきたゲライントに贈られ、ゲライントとイーニッドは結婚する。
 その後、ゲライントは激しい果し合いを幾つも潜り抜け、王国中に名声を広めるのであった。

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 だが、そんな彼のもとに、運命の転機が訪れた。
 年老いた父からの使者が訪れ、国に戻り、父に代わり国を治めよというのだ。ゲラインは渋々ながら国へ帰り、国を治め始めるが、冒険も、心躍る戦いも無く、平穏すぎる毎日に退屈して、しばらく経つと執政を省みなくなってしまう。
 ゲライントが美貌の妻とだらだら過ごすばかりになり果てたある日のこと。息子を心配するゲライントの父・エルビンから相談を受けたイーニッドは心を痛め、眠っている夫の側で呟く。
 「ああ、わたくしのために、この両の腕と胸とが、当然それらのものであるべきはずの名声と誇りとをなくしかけているのだとしたら。」
これを耳にしたゲライントは、てっきり妻が不貞を働いているものと思い込み、怒りのあまり妻を引き立て、二人きりで旅に出ると言い出す。

 イーニッドは惨めな格好で馬に乗せられ、夫の前を行き、決して振り返って口を聞いてはならない、と厳しく言い渡される。
 だが、彼女は、行く手に待ち受けている騎士や盗賊たちを見つけては、何度も夫に警告を発する。それは、彼女が不貞を働いておらず、夫に死んで欲しくないという真実の現われであった。
 だがゲライントは、それに気づかない。いや、気づいていながら、気づかないふりをしようとしているのだった。そのために苦しみ、健康さえ損なうようになっていく。

 二人ともにぼろぼろになりながら旅を続けるうち、ゲライントは、カイと出会う。近くにアルスル王たちが来ているのだという。だが、今の状態でアルスルには会いたくないゲライントは、相手が誰なのか知りながら邪魔だと打ち倒し、先へ進もうとする。
(カイはペレドゥルの時にも、邪魔だと殴り倒されていた。つくづく可哀そうな方である…。)
 次にグワルッフマイが訪れ、ようやく足止めに成功する。
 なおもアルスルのもとへ行くことを固辞するゲライントだったが、弁舌巧みなグワルッフマイは一計を案じ、わざわざゲライントの行く手に天幕を張らせて待ち伏せをする。目の前にアルスルがいるのでは、挨拶せずに素通りすることは出来ないのだった。作戦成功。
 かくてゲライントは、いやいやながらアルスルのもとに参上する。そのひどい格好のゲライントとイーニッドを見て、アルスルは、命令として、十分な休息をとり、回復した後で出発せよと申し付ける。

 だが、回復した二人は、再び、旅に出てしまうのだった。

 次にゲライントたちは、泣いている貴婦人と出会う。貴婦人は、夫である騎士を三人の巨人に殺されたために泣いているのだという。これを聞いたゲライントは、イーニッドを残し、巨人を退治しに行くが、さすがに三人同時に相手をするのはキツかった。最後の巨人によって深い傷を負わされてしまう。

 いつまで経っても戻らない夫を心配して探しにやってきたイーニッドが見たのは、死んだように横たわっている夫の姿だった。彼女は悲鳴をあげるのだが、その声を、通りかかったリムリス公爵が聞きつける。彼は美貌のイーニッドを見て、夫が死んだあとは自分のものにしようと、邪な思いを企てた。
 公爵は、まだ辛うじて息のあるゲライントを城に連れ帰り、棺台の上に載せる。イーニッドは着替えるように、また、食べ物をとるようと言われても、夫が目を覚ますまではそうしない、と言い張り、リムリス公爵を苛立たせる。公爵は、ゲライントはもう死んだも同然なのだからと彼女に迫り、拒否されるや否や、力づくで従わせようとする。

 貞節を守りたいイーニッドは、必死の悲鳴を上げた。
 愛する妻の声で、生死の境をさまよっていたゲライントは目を覚ます。突然復活。そして突然元気に。…愛の力か?

 彼が既に死んでしまったものと思いこんでいた城の人々は吃驚して逃げ惑う。その大混乱の中、ゲライントは、イーニッドを連れて脱出することに成功する。

 こうして、彼はようやく、自分が間違っていたことに気がついた。
 妻は決して不貞など働いてはいなかった。そして今、彼女の美貌がこんなにも衰えてしまったのは、自分のせいなのだ、と。
 深い傷を負っていたゲライントは、死も覚悟していた。だが、彼らを追いかけてきたブレニン・ベハン(アルスルの宮廷の場面で登場する医者)のお陰で一命をとりとめ、一ヶ月半に及ぶ休息の後、元通りに回復するのだった。


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 ハルトマンの「エーレク」では、ここで話は終わっている。
 だが、この「マビノギオン」での物語は、終わらない。ゲライントはさらに、ブレニン・ベハンを伴って、オウァインの館へと向かう。その領地の側には、魔法にかけられたトーナメントの行われる、深い霧に包まれた森があった。霧の中に入れるのは、挑戦者である騎士ただ一人。このトーナメントに、ゲライントは自ら挑むことを決める。

 霧の魔法をかけている騎士との戦いに打ち勝ったゲライントは、霧の魔法を解く角笛を高らかに吹き鳴らす。
 その途端、霧はすべて晴れた。マビノギオンのクライマックス。神話時代の終わり。

 国へ戻ったゲライントは、妻とともに、それ以後はずっと国を良く治めたということである。


 −−この物語は、「マビノギオン」の最後に添えられている。角笛によって魔法の霧が晴れていくシーンは、ブリテン島の神話時代の終わりを意味しているのかもしれない、と、人々は語る…。




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