ニーベルンゲンの歌-Das Nibelungenlied

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ディエトリーヒ

Dieterichen von Berne/Dietrich von Bern
(現代読み:ディートリッヒ・フォン・ベルン)


【作中の役割】

叔父の陰謀により国を追われた、ベルネ(ベルン)の王。別の伝承で有名なためか、この物語の中では、ほとんど彼について語られていない。国を取り戻すまでの期間、主だった郎党と共にフン族の国に食客として滞在していた、という設定のもと、「ニーベルンゲンの歌」にゲスト出演しているようなものである。

もともと戦いには無関係のため、序盤ではクリエムヒルトの企みをブルグント勢に忠告するなど好意的に振舞うが、恩義のあるリュエデゲールが倒れたことを知った家臣が暴走し、ヒルデブラントにも止められないまま戦いへと突入する。これにより、ブルグント勢の主だった面々と、ディエトリーヒの家臣たちが全滅。戦いが始まったとき、ディエトリーヒはその場におらず、家臣が全滅したこともヒルデブラントから知らされるなど、完全に蚊帳の外である。気がついたときには、己の意思に関係なく、戦わざるを得ない状況になっていたと言える。
グンテルとハゲネを捕らえたことでクリエムヒルトから礼を言われても、嬉しくもなんともなかったのは、当たり前だろう。

戦いが終わった後のことは語られていないが、彼自身が主人公のサガの筋書きによれば、片腕ヒルデブラントとともにベルネに戻り、奪われた国を取り戻すことになっている。


【作中での評価】

何びとの惜しみなき施与といえども、ディエトリーヒ王のそれに比べては物の数でもなく、ボテルンクの息が彼に与えたものは、すべて施しつくされた。(1372)
−クリエムヒルトがエッツェルの宮廷に嫁いだ際、歓迎として行われた模擬試合のシーン

そう言われてエッツェルの妻はひどく羞恥を感じた。
彼女はディートリッヒに対して少なからず畏怖の念を抱いていたのである。
それで彼女は仇敵に対して物凄い一瞥を投げたのみで、ものもいわず、すぐに彼らから離れていった。(1749)
−エッツェルの宮廷において、ディエトリーヒがクリエムヒルトの企みをブルグント勢に忠告したのは自分だと名乗ったシーン


【名台詞】

「わしがあの勇士たちに友情を誓ったのを聞いていながら、おん身はわしが彼らに約束した和平を破ったのだから、そういう目に会うのも至極当然だ。わしに恥をかかせるためには、命を捨てればよかったのだ。」(2312)

ヒルデブラントから、自分の家臣たちとブルグント勢が戦ったことを知らされた際の怒りの台詞。彼はブルグントの人々に警告を与え、クリエムヒルトがハゲネを討つよう頼んだ時も断っている。にもかかわらず部下が戦いを挑んでしまったことを恥じ、恨みではなく、むしろ悲しみをもって事実を受け止める姿が描かれている。


【解説】

ディエトリーヒ、またはディートリッヒ、シドレクと呼ばれる人物は、東ゴート族の王、テオドリクスをモデルとして作られた伝説的キャラクターである。ドイツ・イタリアのアーサー王だと思って欲しい。
名前に von Bern とあるが、これはテオドリクスが晩年に住んだ、ラヴェンナの町の古名。また、いったん国を追われて亡命するが、帰還して国を取り戻すという展開も、テオドリクスの経歴に基づいている。

テトオ゛リクスは、テオドマー王の庶出の王子で、6歳にしてローマ帝国の人質になり、17歳で国もとへ帰還、故国を東ローマとの隷属関係から解放せんと兵を率いて立ち上がったという人物だ。勇敢で人気の高い王で、コインの顔にもなったが、実際には、当時の諸侯と同じく戦争による略奪や騙まし討ちも行った。歴史は伝説のように英雄的所業だけで成り立つわけではないのである。

彼は「詩のエッダ」にスィオーズレクという名で登場し、グズルーン(クリエムヒルト)と男女の仲になったのではないかと疑われているが、この「ニーベルンゲンの歌」では、二人の仲は悪く、ディートリッヒはクリエムヒルトを「鬼女」呼ばわりし、クリエムヒルトのほうも恐れている。
また、彼が主人公の「シドレクス・サガ」には、異教的な要素が含まれるが、「ニーベルンゲンの歌」でのディエトリーヒは正しくキリスト教的に人物として描かれている。

ディエトリーヒは、争いを望んでいない。皮肉な運命によって戦闘に出ることになり、クライマックスではヒルデブラントとともに、グンテル王とハゲネの二人を相手にするが、二人を殺さず、ともに生け捕りにする。クリエムヒルトが彼らを生かしておくことを信じ、殺さぬよう執り成しさえする。

相対するのは短い間だが、彼は本当に、ブルグントの人々と友情を感じ、いつか自分の国を取り戻した暁には、友情を持って関係を続けたいと思っていたのだろう。その願いが叶わなかったのは残念なことだ。




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