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「フェーデ」という言葉で知られる戦いは、アイスランド・サガの中では非常に多く、また繰り返し語られる。人々の関心を集める主な要素だったと言ってもいいだろう。一般に血讐と和訳されるが、意味は「私闘」でもある。国家としての中心機能が存在しない古代アイスランドにおいて、殺人はすべて個人対個人の「私闘」であり、国家によって強制されるものではない。また、アイスランドが外敵に攻められたとはなく、国家間での戦争というものも存在しない。これはアイスランドが大陸からはるか西の海上に孤立した島であることにも由来する。
血讐は私闘の中でも特に「復讐」「報復」のための殺人を指す。自分や、自分の一族に向けられた侮辱や損害に対し、その血縁者は必ず復讐しなくてはならない、という「義務」である。たとえば、ある人物が殺されたとき、その人物息子は父親のかたきを殺さなくてはならない。また娘しかいなかった場合は、娘が結婚して生まれた子が復讐の義務を引き継がなくてはならない。殺された者に直接の息子や娘がいない場合は兄弟や親族が義務を引き継ぐ。
これは、一族の結束を固めるためであるとともに、名誉の項で書いたとおり、「自分や自分の一族の権利は、自分たちで守るしかない」という社会が生み出した、秩序を維持するためのシステムである。
復讐の義務を果たすため、人々はしばしば、ためらいもなく自己の命を危険に晒し、多くの犠牲を払った。場合によっては復讐の対象を追いかけてノルウェーやロシアなど国外まで行かねばならなかった。義務が果たされないうちは心休まらず、何十年もかかってようやく義務を果たして心休まることすらあったという。血讐は勢いや興奮にかられて行うものではなく、時期を待ち、冷静に行うものでもあった。
殺人すべてが肯定されたわけではないが、血讐による殺人は英雄的な行為とされ、讃えられるものだった。
参考:「アイスランド・サガ 血讐の記号論」東海大学出版会