中世騎士文学/パルチヴァール-Parzival

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ヴォルフラム名(迷)言集

ich entates niht decheinen wîs (ez was dô manec tumber lîp),
ich brahte ungerne nu mîn wip in alsô grôz gemenge:
ich vorht unkunt gedrenge.(Partival 第4巻 216節)

↑人ごみの中に妻を連れていったら、妻が誰かに誘惑されるのが怖い。とボヤいた師匠の言葉。


【建前】
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ
騎士文学華やかなりし頃の騎士詩人。ドイツで最も研究されている稀代な名作文学、「パルチヴァール」と、聖杯を守る一族のついての一連の作品を記した。18世紀に、巨匠ワーグナーにより戯曲化されたものが世界中で上演され、多くの人に知られている。

【実情】
自作の中でひたすら恋愛の失敗について語る自虐キャラ。正直に自分の貧しいことをボヤき、作中に登場するきらびやかな食卓についての羨望の言葉を書きこむような、お方である。また、同時代の他の作者たちへの鋭いツッコミ心も忘れない。読めば読むほど、遠き名匠ではなく、身近なおいちゃんである。(これが、後世に伝えるべく計算され尽したキャラであれば、逆に凄い。)


(第1巻 2節)

不誠実のやからの心は、地獄の業火にこそふさわしく、高い栄誉を打ち砕く雹である。こうした不誠実のやからの「誠実」なるものは、たとえば牛が森の中に入っていったとき、あぶに三度刺されても、その短いしっぽで追い払うことのできないさまに似ている。

ツッコミ
 「師匠! 分かりやすくしてるんだか分からなくしてるんだか分かりません!」


−解説−

ヴォルフラムは、こういう動物モノの比喩を使うのが好きなようだ。…良く言えば自然派詩人。
しょっぱなから「不実とはかささぎのように白に黒が入り混じること。」と書いたあと、「この喩えはかささぎのように速く飛び去るので、愚かな人には分からない」と書き、上記のような比喩表現を連発。うーん、奥の深い方である。


(第2巻 115節)

ところで女性について私よりもっとうまく説明する人がいたら、その方にかならず喜んでお任せします。婦人の方の喜びが大きいと聞くのは私には嬉しいことだ。しかしただ一人の婦人に対してだけは、誠実な奉仕をするつもりはない。私はその婦人の不実を見てからは、いつも彼女に憤りを覚えている。
私はヴォルフラム・フォン・エッシェンバハ。詩作についてはいささかわきまえている。私はある婦人に対しての怒りの思いをつかんで放さない「やっとこ」なのだ。

ツッコミ
 「師匠! 全世界メディアで昔の女に恨みを告白しちゃダメです!」


−解説−

何があったんでしょう、この方は(笑) ちなみに、ここに挙げた文のあとも、ひたすら一人の女性についての恨みつらみが書き記されています。しかもその恨み書きの中で自らフルネームを名乗る。これはその女性に対する脅しでしょう…か…。
しかし逆に言えば、昔何かあった女性のことが未だに忘れられないというわけで、一途な人とも呼べるかも?

(第2巻 116-117節)

多くの詩人たちは、「書物」からパン種を取っているが、この物語はそうした「書物」のかじの力を借りずに進んでゆくのだ。私の物語が「書物」だと思われるくらいなら、(蒸し風呂の)湯殿でタオルを持たない全裸の姿を見られる方が、まだましだ。もっとも(前を隠す)柴の束が無いと困るが。

ツッコミ
 「師匠! 分かってない読者がいたからって、ヤケになって脱がないでください!」


−解説−

柴の束とは、当時の人が風呂に入るとき垢すりに使ったもの。今でいう健康たわし。
相変わらずの独特な比喩表現で、誤読されることは、騎士様がすっぽんぽんで出歩くよりも恥ずかしいのだと力(リキ)を入れて解説してくださいました。
小枝の茂みで股間を隠しつつ、裸で仁王立ちしたヴォルフラム氏が読者にゲキを飛ばす姿を思い描いて微笑んであげてください…。

(第3巻 114-115節)

ところでアウエのハルトマン殿、あなたの女王ギノヴェーア様とあなたの主君アルトゥース王の館へ、これから私の(物語の)主人公が客として参上いたします。この客人が侮辱を受けぬよう配慮していただきたい。<中略>嘲笑のために私の口を使えというのなら、嘲笑でもってわが友(パルチヴァール)を援護することにいたします。

ツッコミ
 「師匠! 最終的な発行部数はハルトマンに勝ちましたッ!」


−解説−

ハルトマン・フォン・アウエは、ヴォルフラムと同時代に、同じくアーサー王伝説を題材とした作品を発表していた騎士詩人。
ヴォルフラムは、自ら語るところによると低学歴・低収入、ハルトマンは高学歴・(おそらく)高収入、ものの考え方や性格も対照的な人物である。そのせいか敵対関係にあった。
このシーンは、主人公パルチヴァールが道化の格好をしてアルトゥースの宮廷に出かける部分。ヴォルフラムが「パルチヴァール」を発表するより前に、ハルトマンは「エーレク」を発表していたので、相手を牽制すべく書いたものと思われる。
ヴォルフラムが言っているのは、「オレはその格好を嘲笑したりしないから、お前も笑うなよ。お前の作品に出てきたエーレクの妻エニーテだって、最初はみすぼらしい格好だったじゃねーか。」…と、いうこと。

(第4巻 185-186節)

彼らの(取っ手つきの)かめややかんに蜜酒が溢れることはなかった。鍋がトリュヘンディングの菓子を揚げて叫び声をあげることもなかった。その楽しい音を彼らは久しく聞いていない。だが私がそのことで彼らを責めたとしたら、私は大馬鹿者であろう。なぜなら私がいつも馬から下りるとご主人様と呼ばれる場所、つまりわが家では、鼠どもが食べ物を盗もうとしても、奴らを喜ばすものはなに一つないのだから。

ツッコミ
 「師匠! 貧乏が目に沁(し)みます!」


−解説−

この時代に印税なんかあるわきゃないので、詩人が詩作で稼ぐとしたら、パトロンとなるお金持ちの王侯貴族から生活費をいただくしかなかった。しかし他の同時代の詩人たち同様、ヴォルフラムもまた、ビンボな詩作生活をしていたようである。ちなみに本職は騎士なので、主君からの俸禄はあった…ハズだが、それが少なかったのだろう。涙。

(第4巻 216-217節)

私は自分の妻をこんな大勢の中へ連れて行くのはいやだ。面識のない人が大勢たむろしているのがこわいのだ。彼らの中には妻に向かってこう言う者もいるだろう、「あなたへのミンネが私の心に刺さり、喜びを曇らせてしまいました。もしこの愛の苦しみを救ってくださるなら、いつまでもあなたにご奉仕いたします。」そんな場合、私なら、妻を連れて逃げて行くだろう。

ツッコミ
 「師匠! 奥さんはそんなに美人ですか?!」


−解説−

アルトゥース王の開いた、聖霊降臨祭の描写で、「いかに多くの婦人たちがそこに来たか」を書き記したのちに続く言葉。
もしも自分がそこに出席していたら…と、夢想して楽しむのはともかく、妻が誘惑されるのがヤだから逃げるというあたり、妙に現実的といいますか。
これが字義通り、「いつか自分が結婚したら」の話ではなく「今いる奥さん」との話だとしたら、のろけとも取れるが…。(過去の失恋の痛手は何処へ?)

(第5巻 241節)

さらにこの城主ならびにその居城や領国については、後ほどその時がくれば、明瞭に、疑う余地なく、回り道をせず話すつもりだ。私は弓(の彎曲部)のようではなく、弦のように話を進めて行こう。もちろん弦というのはたとえだ。あなた方は弓は速いものだと思っておられるが、弦がはじき出すものは、それよりもっと速い。このことが正しければ、(わき道にそれず)直線的に進む物語は、弦に似ていると言ってよく、このような物語なら人さまも満足してくれるだろう。反対に弓の彎曲部のような話をすれば、あなた方を遠回りさせることになる。ところで<以下略>

ツッコミ
 「師匠! 思いっきり回り道しちゃってますよ!」


−解説−

ヴォルフラムによる物語哲学その1。
ぐだぐだと小難しいことを並べ立て、物語の本筋をぼやかしてはならない。ということが言いたいらしいのだが、いつもの不思議な比喩表現に加えて、ちょっぴり語りに熱くなった師匠がカッ飛ばしているのが分かる。(もちろん「ところで」の後にも、ヴォルフラムの語りがしばらく続く。)
ちなみにこれは、聖杯城の描写と、城のあるじについての説明を省いたシーンでの言い訳である。物語の伏線上、ここで城のひみつを書くわけにいかなかったのは分かるが、何も言わずにサラリと流せばいいものを…。

(第6巻 282節)

私が聞き及んでいるように、「五月男」のアルトゥースについて語られることはすべて、聖霊降臨祭か、五月の花の季節に起こっていた。ああ、なんというさわやかな薫風がアルトゥースのせいにされていることだろう。しか我々の物語は様相を変えていて、(五月なのに)雪が彩りを添えているのだ。

ツッコミ
 「師匠! あまりにもナイスな表現です!」


−解説−

アルトゥース(アーサー王)の宮廷に起こる不思議(RPGで言うとこのイベント)は、聖霊降臨祭の最中に起こるというお約束がある。
アーサー自身、「何か不思議が起きるまで宴会はじめないから。」と、言い出すエピソードも、あるくらいだ。
しかしだからと言って、天下のアーサー王を「五月男」と言い切った表現は流石である。…「しかしウチの話では五月なのに雪なんだよね。残念! …皐月だけに殺気斬りッ!」
いつでもどこでも誰に対しても、ツッコミを忘れない芸人魂溢れる師匠なのであった。

(第6巻 287節)

ところで、このミンネなるものはしばしば私の心を狂わせ、私の心を苦しく揺り動かすのだ。ああ、一人の女が私を苦しめている。あの女がこんなにも私を苦しめておいて、助けてくれようとしないのなら、すべてを彼女の責任にして、慰めをあきらめて逃げ出すことにしよう。

ツッコミ
 「師匠! 過去に何があったんですかッ!」


−解説−

主人公パルチヴァールが、遠く残してきた妻コンドヴィーラームールスを思うシーンにソッと書き込まれたヴォルフラムの過去への悔恨。
…よほど、過去に手厳しく振られたようだ。

(第6巻 291節-293節)

ミンネ夫人よ、どうしてあなたは悲しんでいる人を、束の間の喜びでうれしがらせるのですか。すぐにもその人を死に追いやってしまうくせに。
ミンネ夫人よ、雄雄しい心、猛く勇ましい心を打ちのめして、いかが思し召されるか。
卑しい人も高貴なる人も、なべてこの世の人はあなたに立ち向かえば、たちどころに征服されてしまいます。
<中略>
あなたが私のために振ったさいころは負けの目が出て、私にはなんの分け前もくださらなかった。だからもうあなたを信用しません。私の苦しみはあなたにはどうでもいいのです。あなたは貴いお生まれだから、私のかぼそい怒りでは、あなたを告発することはできません。
<以下略>

ツッコミ
 「師匠! 正気に返ってください。師匠ー!」


−解説−

上下二段組A5版のたっぷり1ページ半を使って書き記された、師匠の恋愛についての恨みつらみ。ミンネ夫人とは、中世の騎士文学にしばしば登場する、擬人化された「恋愛」の化身、愛の女神だと思って欲しい。
ちなみに、力いっぱい恨みをブチまけたのち、はたと我に返った彼は、「さて、アルトゥースの元で何が起こったかというと…」と、何事も無かったかのように話を戻している。天晴れです、師匠。




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