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中王朝時代 第12王朝

アメンエムハト2世

Amenemhat U

在位年代;前1878−1843年
誕生名;アメンエムハト(アメン神を頭上に掲げる)
即位名;ネブカウラー Nebukaure' (ラーの魂はすべからく黄金色)
治世;36年

王朝の首都;イチイタウイ 埋葬地;ダハシュールのピラミッド 出身地;イチイタウイ?

家族構成;父/センウセレト1世 母/ネフェル? 妻/ケミヌブ、カーネフェル 息子/センウセルト2世、アメンエムハトアンク 娘/イタ、イタウェレト、クネメト、ネフェレト2世、クネメトネフェルヘジェト1世、スィトハトホルメリエト

Data;


Background;
ナイル中部のファイユーム地方が農耕、狩猟、漁業などに適していることが知られるようになり、この地方へ水を送るための大規模な灌漑工事が行われた。ファイユームは、現在も巨大な湖が残され、エジプトの穀倉地帯として機能している。

紅海遠征、南方のプントへの遠征などを積極的に行っていた。また、父の存命中にヌビアへの出兵も行っている。
広い範囲で活動していた一つの証拠が地中海の向こうビブロスで発見されたアメンエムハト2世のカルトゥーシュつき装飾品。また、エジプト側からも、貢物と思われるメソポタミアのラピスラズリやエーゲ海の銀製カップ、バビロニアの円形印章など多数の品が見つかっている。

この時代、召使として雇われていたらしいレバント人の名前が、記録に多数登場する。エジプトは国際化の時代に入っていたようだ。